バーレッスンなしで踊るダンサーはいません。しかし、歌はバーレッスンなしでも歌えます。
もちろん歌の訓練にも音階練習があったりヴォーカリーズなどがありますが、ここでのバーレッスンとは、踊り、うたなどの総合的な身体運動を、、練習の初期段階で、いったん個々の筋肉に分解し、それらを単独で鍛えることを意味します。
踊りの場合は、普通の人間が日常で行う動きからかなりかけ離れた複雑な動きを要求されるので一つ一つの筋肉を特別に鍛えておかないとあのような動きをすることは不可能です。
ではなぜ、歌手は、踊りに相当するバーレッスンなしで、結構上手く歌えるのでしょうか?踊りだと、例えばプリエのような単純な動きを正確に訓練するように、声帯を正しく合わせるだけの訓練をやらないのでしょうか?
その答えは、人間は言語を習得するために0歳児から訓練を始めているからです。我々は訓練をしたという意識など全くなく普通に話をしていますが、様々な身体部分の連携作用によってそれが可能となっています。話すという行為をメカニカルに分解してみると、実はすごいことをやっているのです。
例えば、言語には母音がありますが人はそれをどのように発音し分けているのでしょうか?
人間は2足歩行をするようになり喉頭の位置が低くなった為に、喉頭の上の容積が大きくなり様々な形に変化させることが可能になりました。チンパンジーやオラウータンにはその能力はありません。人はいくつかの母音を発音できるからこそ言語を習得できたとも言えます。また子音を発音するには、有声子音では声門を閉じて声帯を振動さながら唇、舌、軟口蓋などを所定の位置に置かなければならず、無声子音では声門を開いて息を摩擦させたり破裂させなければなりません。
人は1秒間に7音節ぐらいの早さで、上記の操作をしながら、息がなくなれば自分でも気づかないうちに補充し、喋る内容によって、強さ、スピード、音色、音高を変化させてはなしているのです。しかも、それらの超絶技巧を何の準備もなしで実行しています。
もちろん、その人の環境や話している言語によって個人差はありますが、その時点ですでに相当なテクニックを持っているのです。

一般的に、歌の専門的な訓練は16歳前後から始めますが、それまでに無意識で培ったテクニックを忘れて、全く新しい事をやり始めるのは合理的ではないし、往々にして自然の理に反したことすら平気で行われています。例えば、舌根を下げて軟口蓋をあげるとよくいわれますが、それは腕の関節を逆方向に曲げなさいというようなものです。
そのような拷問に近いような事をしなくてもすむように、我々がごく普通に話している総合的な筋肉の動きを観察し、部分部分の連携作用と全体の関連を考えるという発想をもたなければなりません。
時計は様々な歯車の組み合わせで動いていますが、たった1個の小さな歯車が壊れるだけで全てが動かなくなります。バーレッスンとは時計の歯車の一つ一つを精度良く磨き上げることです。

では、実際に歌のバーレッスン(歯車)にはどのようなものがあるのでしょうか?
(喉頭音源)アタックの3つのパターン;ハードアタック、ソフトオンセット、バランスオンセット。
(呼吸)呼気時、または、発声時に胸を開く。声門下圧を感じる。呼気筋吸気筋を同時にそれぞれ独自にコントロールする等々。
(共鳴・調音)声道の形成;それぞれの母音によって、舌と後壁との接近場所の確認。喉頭蓋の傾斜。因頭部の拮抗作用等々。

上にあげたそれぞれのバーレッスンは、一つ一つは非常に単純で簡単なもので5分間も続ける必要はありません。ミリ単位の筋肉をむきむきにしても意味がありません。難しくなるのはそのそれぞれの筋肉をコーディネートすることです。それ故鍛えると言うよりはよくコントロールすることが重要です。

具体的なやり方とその目的は、一つ一つ説明されなければなちませんが今日のレッスンはここまで。