第11章

The Acoustics of Belting
ベルティングの音響効果

この20年ほどの間、世紀の移行を通じて、西洋のクラッシック歌唱を第一のものとして、または、排他的に訓練されてきた発声教師達は、ますますより広い種類の歌唱スタイルについて述べるように求められるようになった。本書は西洋クラッシック歌唱の実践の音響効果に集中するものでが、1つの有力な、代わりの筋肉と音響の戦略が、歌唱の他の多くのスタイルの基礎 ― または少なくともかなりの部分 ― であるようにおもえる。ミュージカル界で、ベルティングと言われるその発声スタイルが、以下で簡潔に述べられる。
ベルティングについての研究と結論は、まだ進展中である。この本の出版時点で、ベルティング(音響的に話すこと)は、我々がここでyellと定義したものの巧みなフォームであると、支配的なパラダイムは述べる:該当する母音達のための、F1の通常の振動数を上回るH2の強いF1追跡。この発声方式がミュージカル・シアターだけでなくポピュラー音楽(ワールドミュージック)の中のごく一般的な戦略であることは、意外なことではない。その不器用な形 ― イェーリング ―(yelling, 叫ぶこと)は、 人間の間で広く行われている。それは強力で、大抵明るくて、高いエネルギーで、自己表出的で、感情的に強い。不器用に実行されるならば、その高いエネルギーと潜在的に高い圧力レベルのため、健康的なリスクも高い。それにもかかわらず、この発声フォームに必要な技術をマスターする歌手達が、長くて健康的なキャリアの維持を成し遂げることは明らかでもある。
まず生の叫びであるイェールの音響特徴を概説しよう:

Yellの特徴の検討(Yell Characteristics Reviewed):
イェール音色と機能は、第1フォルマントを徹底的に上げることによって達成される:
1)短いチューブ(高い喉頭)、
2)狭い咽頭、そして、
3)広い口;
4)すなわち、拡散的な共鳴体の形をつくることによって。

これらの操作の最初の2つは、一般的に、喉咽頭部を上げて、収縮させる嚥下筋を起動させて、のどを狭くして、シンガーズ・フォルマント、キアロスクーロ音色を用いないで、振動体機能を、押した発声の方へに促すことによって通常達成される。
さらにまた、イェールすることは、一般的に/ɑ/、あるいは、/ɛ/のような開いた母音でなされる、なぜならば、それらの高いF1の位置と本質的に拡散的な形はそれらを叫び声の音響の必要条件と矛盾しないからだ。叫び声は、必然的に胸声区(TA)またはモード1優位である。

ベルティング:上手なYellあるいはCall(Belting: The Skillful Yell or Call)
(意味論的な違い/ベルティングとイェーリングを参照、80ページ。)
イェーリングの、どのような特徴がベルティングにとって必要か、そして、生のイェーリングのどのような修正が上手なベルティングのために必要とされるのか? その問題の大部分は、どのようにして持続可能で健康的な、呼吸圧、息の流れ、そして声門の抵抗レベルに応じてイェーリングの音響効果を達成するかということである。
現時点では、以下の原理に対して一般的な合意がなされているようだ:
1)ベルティングは、音質においてスピーチのようである。
2)ベルティングは、基本的に拡散的声道戦略を必要とする。
3)したがって、上記のイェーリングの3つの特徴(高い喉頭、狭められた咽頭、広く開かれた口)が、ある程度必要と思われる、
4)モード1の振動が、より高くまで押し上げられる― 少なくともクラッシックの女性の歌唱より ― 、しかし、いくぶんより薄い声帯の形(やはりモード2より厚いが、いくぶんより厚くない ― 十分に高いとき、何人かは「ミックス」と言う)で成し遂げられる場合もあり、それは、大部分の「胸声区」の音色を保持するが、重過ぎず、無駄のない呼吸力、そして、空気流を伴う。
5)ベルトは、実際に通常のF1/H2交差(特に中間から開いた母音で)より上だけで始まり、そこで、イェーリングの可能性も始まる。言い換えると、ベルトは主として開いた音色である、しかし、すべての開いた音色がベルト・モードにあるというわけではない。
ポイント3は、H2のF1追跡を成し遂げ、維持するために必要である。しかし、持続可能なレベルで、呼吸圧と特に声門の抵抗を減らすためには:

1)喉頭を上げることと咽頭狭小化の程度は、おそらくいくぶんかは修正されるだろう(一部のベルト指導者はさらに、喉頭がベルトのために降ろされないとき、喉頭を上げる必要はないと主張する);
2)仮声帯の収縮/内転は、何とかして阻止する(「笑をこらえる」のような戦略によって、(Estill));(訳注:ジョー・エステル自身は「喉で笑うように」という言い方をしていた)
3)息の流れは、かなり減らされる;
4)披裂喉頭蓋括約筋は、リングまたは「トゥワング」を達成するために、かなり狭くなる、(クラシカルな音のシンガーズ・フォルマント・クラスターに類似したより強い高い倍音と強い高いフォルマント成分によってつくられる耳障りな音質、しかし、補完的な深さはない)。この戦略は、効率を良くする:より少ない圧力入力によるより豊かな音響出力。

ベルトの専門家の間で、以下の戦略が使用される:

1)音域を通して、クリーンで、堅固な、持続可能な声門閉鎖を達成すること、
2)表現されている性格の範囲内で、リング/トゥワングを最大にすること、
3)このより明るい美学のために西洋の古典的な音色の深さと丸みを犠牲にして、全ての音域に渡って明るい、スピーチのような母音形成と音質を伸ばすこと。クラッシック歌唱のキアロスクーロ(明るい/暗い)音色への比較において、それはキアロキアロ(明るい/明るい)音色と呼ばれるかもしれない。
4)結果として生じる音が押された発声の方向に移って、西洋のクラッシックの音色に慣れている耳には、押したように聞こえるかもしれないが、高い倍音とフォルマントを強調する音響の戦略によって、実質的な機能は達成される。そして、クリーンで強いが、それでいて快適で、持続可能で、酷使されない声門閉鎖レベルに結びつく。

ベルティングにおける筋肉の要因(Muscular Factor in Berting)

声帯、声道、そして、巧みな、持続可能なベルトを伴う呼吸管理に関係する筋肉、或いは、生体力学的要因がある。

声帯要因(Vocal Fold Factors)
上記のように、振動モード1(胸声区)のより厚い声帯の形は、男性の高い声まで維持され、女性の中声全体まで拡張される。実際に女性はこのモードをどれぐらいまで広げることができるかに関して意見は分かれる、しかし、より高くないにしても少なくともC5まで達することができる。しかし、ある信頼できる情報によると、ブロードウェイ・キャスターは、一般的に以下の期待値を能性を示すとリポートしている:「Dまでは、ベルトでなければならない、Fまでは、ミックスの必要があり、Aでは本式のベルトでなければならない。」(Lovetri、2012)

ミックス(Mix)
「ミックス」の問題は論争の的である。我々が、それ自身の独自の音色を持つ別々の喉頭筋の機能を声区とするならば、実際のところミックスのための独立した声区はない。多くの教師 ― そして、ブロードウェイのキャスティング・エージェント ― は、それにもかかわらずその語を使用する。おそらく「ミックス」という用語が意味するであろうものは、以下の通りである:

1)甲状披裂筋を、短くすることと厚くすること、そして、輪状甲状筋を、伸ばすことと薄くすることの間の協力作用の領域;それにもかかわらず
2)基本的にモード1(そして、その基本的な音色を保持する)にとどまる;、しかし、
3)加減された厚みで;、そして、
4)持続的に低い圧力レベルを可能にする音響戦略。

より最近の調査は、イェール音色を拡張するための音響戦略が観察されると報告する:音色においてH2の優位を持続するための、F1とF2の集積。F1とF2が十分に接近しているならば、それらの間の倍音― この症例においてはH2ーはさらに強く共鳴することができる 。(Donald Miller 2013)

声道要因(Vocal Tract Factors)
通常のより拡散的な声道の形に加えて、大部分のベルト・スペシャリストは比較的均整がとれた(poized)安定した(stabilized)声道の必要性と、最大の鳴りのために、声道を調音して、変えることで一致しているようだ。これには、以下のもが含まれる:

1)堅く引き上げられた軟口蓋は、音色を暗くしたり閉じたりすようにではなく、むしろ鳴りを増加する方法でなされる;
2)トゥワング/高い倍音を最大にする、狭くされた披裂喉頭蓋括約筋;
3)仮声帯の圧縮を回避する、仮声帯の圧縮は雑音成分をもたらし、より高く、持続不能な息の圧力レベルを要求する
4)西洋のクラッシックな音色にとって典型的なものより、より多く唇を横に開く。

これらの成形、位置決め要因の全ては、できるだけ楽に達成されなければならない。成形に関係する筋肉はたるむ(lax)のではないが、きつく(tight)感じられるものではない。そのような位置決めに対する確かな自発性は、望み通りの反応を刺激するいろいろな強い情動を含む。共鳴体の最適チューニングに達すると、出される音には最大の声帯の快適さと最小の息の流れが生まれる。

呼吸管理要因(Breath Management Factors)
ベルティングのための呼吸管理は、他のスタイルに共通の良い機能の特徴を共有しているが、特に高い活発化、低い気流量といくぶん高い圧力レベルを必要とする。これらの違いを達成する胸部(バルサルバ法での力み)の活発な収縮は推薦されないが、より強い腹部の萎縮の自覚があるだろう。過剰な胸部圧迫は、ある程度胸郭を固定させることによって避けることができる。たとえば、外肋間筋がそうするように、肩の両側を下げて、外に引く筋肉が、肋骨に付着し、拡大する、そして、それらの、下・内側へ圧迫を防ぐ。感情の刺激(例えば興奮)でこの高い胸の拡大に動機づけすることは、逆効果となる堅さの危険性を減らすことができる。全身が関与する感覚、そして、表現に対する充分ではあるが強制されない関与は、ベルティングの高いエネルギー準位が必要とする過剰労力を拡充するのを助ける。歌手は、声帯のすぐ下に配置されるより高い圧力レベルを認めてはならない、むしろ、心からの表現によって最もうまく準備される全身のより高いエネルギー関係の感覚がなければならない。

[以下は、本書の第12章p.80から]

ベルティングとイェーリング
このテキストは、定義上ベルティングをイェーリングの上手な形と呼ぶ。これは、軽蔑的でも、有能なベルターが、たとえばスポーツ競技で見られるように、ただ叫んでいるだけであると示唆するつもりにもない。これは、基本的に音響の観察である。叫び声で使用される同じ基本的な音響の戦略は、ベルティングでも使用される:第2倍音の第1フォルマント追跡。しかし、しばしば健康リスクをはるかに増やす雑音要素を伴う、不器用なイェーリングは危険な圧力レベルでなされる。そして、その両方はしゃがれ声になる可能性がある。ミュージカル劇場産業の忙しいパフォーマンス・スケジュールでさえ、適切に演奏されたベルティングは持続可能で、しゃがれ声または他の不健全にはならない。どんな高エネルギーの 発声法(オペラの歌唱を含めて)でも、不完全で、かなり長い時間、短すぎるタイム・スパンで、そして、十分な回復時間なしで歌われるならば ― 疲労、炎症と更なる健康問題につながることがありうる。

しかしベルティングをイェーリングと関連づけるもう一つの正当な理由がある。ワールド・ミュージックの多くの種類に於けるベルティングとその同類のものが非常に説得力をもつ表現力豊かな理由の1つは、まさにイェーリングへの自然なつながりである。我々は、高いエネルギー、高い感情に関係するときに叫び声をあげる。ベルティングは、その自然の関係をフルに活用する。もちろん好ましいベルティングを教える人は誰でも、その技術と、生の有害なイェーリングを区別する際に、非常に注意を払わなければならない。何人かは、「イェーリング」という用語に付きまとう乱暴な力を暗示させることを避けるために「call」という用語を使用するのを好むかもしれない。それにもかかわらず、純粋に音響学の観点から、ベルトとイェールを定義する主な要因は、F1/H2追跡である、それゆえに、声の音響についてのこのテキストにおいてそれらは関連するつながりがある。しかし、ベルティングは、イェールの音響戦略の変更された、巧みな ― 適切に出されるとき ― 健康的なフォームである。

 

2018/03/28 訳:山本隆則