Respiratory Function in Singing
歌唱における呼吸機能

chapter 8
singing
歌うこと

INTRODUCTION
序説

この章は、呼吸現象としての歌唱の性質を考える。取り上げられる論題は、比較的広い分野の対象を提示し、歌唱中の仕組みから換気とガス交換にわたる議論を含む。演奏に関係するそれらの機能が強調される。

MECHANICS
力学

2種類の歌唱がここで検討される、一定に伸ばされた歌唱(最大限の長さに伸ばして歌われるフレーズ)と連続歌唱(異なる長さで歌われるフレーズの流れ、多くの場合楽曲による)である。これらの二つは、それらの教育的な重要性のため、そして、それらの演奏の根底にある原理が別の歌唱の形を想定することができるために選ばれた。議論は、直立した体の姿勢(呼吸機能のある面は体の姿勢に依存している)に限定される。

Extended Steady Singing
一定に伸ばされた歌唱

一定に伸ばされた歌唱は、呼吸器のゆっくりと変化する調整を必要とする。これらの調整の性質はここで記述される。そして、Hixon(1973)の概念化にならい、HixonとHoit(2005)の推敲から多くを引用する。

Volume, Pressure, and Shape Events 
ボリューム、圧力と形の現象

図8-1は、肺活量のほとんど全体を通じて生み出される一定に伸ばされた歌唱のための、量、圧力と形の現象を例示する。発声は、通常の音量、ピッチと声質で歌われた母音である。このデータは平均値であり、音節の繰り返しなど、比較的安定した発声の場合に得られるであろう値の代表でもある。

図8-1で分かるように、肺気量(lung volume)は一定の率で減少する、ところが、肺胞内圧(alveolar pressure)は発声を通して一定である。胸郭壁量(rib cage wall volume)と腹壁量(abdominal wall volume)は、フレーズが進行するにつれて一定かつ等しい率で減少する。胸郭壁と腹壁の体積を合わせると、胸壁(chest wall【訳注:胸部だけではなく腹部も含む胴体全体のこと】)の形状がわかる。

図8-1。歌われた母音の量、圧力と形の現象。

Relaxation Pressure and  Muscular Pressure
弛緩圧と筋圧

一定に伸ばされた歌唱の生成には、弛緩圧(呼吸器に内在する反動圧【訳注:Ingo R. Titzeの音声生成の科学、新美成二監訳では、弾性復元圧】)と筋圧(能動的な呼吸筋による圧力)の両方が必要とされる。

弛緩圧とは、呼吸器によって与えられる受動的な圧力を意味し、呼吸器の安静時レベル(resting level)より大きい肺気量でプラスに、安静時レベルより少ない肺気量でマイナスになることを思い出しなさい。


<伸びないイマジネーション>

多分、あなたは 、肺を満杯に近い状態にして歌うと、肺の中の空気が少ないときよりも息が漏れるような音になることにお気づきかもしれませんね。なぜでしょう? 脳が、呼吸器により多くの空気を送り出すように命じるからでしょうか? いいえ違います。では脳が喉頭に収縮を緩和するように命じているからでしょうか?それも違います。では何でしょうか? ストレッチ。何のストレッチ?さて、大きな肺気量では、通常横隔膜は平らにされて気管を下向きに引っ張ることになります。この引き(「気管引(trachea tug)」として知られている)は、喉頭に達する気管に沿って伸縮力を生み出します。声帯の下の弾力のある裏張りは、下向に加えられたいかなる力も外転(切り離して)させ、喉頭の気道を開くように作られています 。空気の大量の流れ、そして、大きな肺気量での息の多い声は、単に横隔膜の気管引きの2つの結果なのです。


また、弛緩圧からの解放は筋圧を用いることにより、どんな肺気量ででも成し遂げられることができることも思い出しなさい。弛緩圧より低い圧力は、正味か単独の負の筋圧で、そして、弛緩圧より高い圧力は正味または単独の正の筋圧である。弛緩圧と同じ圧力は、筋肉に圧力がかかっていない状態(弛緩)、または筋肉に負と正の圧力が等しくかかっていてそれが打ち消されている状態から生じる。弛緩圧からの解放は、胸壁によって発生する筋圧の徴候(負または正)と大きさ(強さ)を示す。

図8-2. 弛緩圧、目標とされる肺胞内圧、その他に関する圧力
と歌われた母音のための胸壁構成部分の時間的活性度。

図8-2は、図8-1に示した歌唱母音の筋圧を示したものである。図8-1からの肺胞内圧(肺の内側の圧力)は、肺気量(肺器官の空気の量)に対して図面上に表したのが図8-2の上のパネルで、弛緩圧とともに表示される。歌われた母音の肺胞内圧は、8cmH2Oである。この圧力は、大肺気量領域では弛緩圧より低く、中肺気量領域のある点では弛緩圧と同じであり、小肺気量領域では弛緩圧より高くなる。肺胞内圧と弛緩圧の差は、筋圧を意味する。

この違いは、図8-2の中央のパネルで表示される。横軸は筋圧を表し、負の値は吸気筋圧、正の値は呼気筋圧を表している。肺気量が大きい場合は、弛緩圧に筋の負圧を加え、目標とする肺胞内圧を発生させる。この負の筋圧の大きさは、肺気量が減少するにつれて小さくなる。肺活量の約60%では、筋圧はゼロになる。さらに肺気量が減少し続けると、目標とする肺胞内圧力を発生させるために、筋肉による正圧が必要となる。この正の筋圧は、発声の残り時間を通して増加する。

図8-2の発声では、呼気活動(伸ばした定常歌唱)中に負の筋圧が発生している。そのような圧力は大きな肺気量で高い正の弛緩圧を打ち消すために必要で、胸壁によるブレーキ活動(braking action)【訳注:Zemlin 日本語版p. 96では、Checking action, 制御活動】を意味する。

中間の肺気量(およそ60と40%VCの間)で、弛緩圧は発声の必要条件を満たすには不十分である。したがって、正の筋圧が、弛緩圧を補うために用いられなければならない。このように、中間の肺気量の範囲内では、弛緩圧と筋圧の両方が正となる。

呼吸器の静止レベルより少ない肺気量に対して 、負の弛緩圧を乗り越え、発声の必要条件を満たすためにさらなる十分な圧力を提供する正の筋圧が要求される。少ない肺気量で、正の筋圧は非常に高い。

図8-2に示されたものより弱い発声は、肺胞内圧の要求が低くなる。したがって、肺気量が大きいときには弛緩圧に対抗するためにより多くの負の筋圧が必要となり、肺気量が小さいときには弛緩圧を補完するためにより少ない正の筋圧が必要となる。対照的に、図8-2に示されたものより大きい発声では、より高い肺胞内圧が必要となる。したがって、肺気量が大きいときには弛緩圧に対抗するために少ない負圧が必要となり、中・小肺気量では弛緩圧を補うために多くの正圧が必要となる。大音量で歌うときなど、目標とする肺胞内圧力が非常に高い場合は、歌唱フレーズのほとんどまたはすべてにおいて、正の筋圧が必要となる場合がある。

Actions of the Rib Cage Wall, Diaphragm, and Abdominal Wall
胸郭壁、横隔膜と腹壁の動き

一定に伸ばされた歌唱の間に発生する筋圧は、胸壁のさまざまな部位が関与する。Bouhuys、Proctor、Mead(1966)、HixonとGoldman (1976)による研究からのデータがこの件について報告している 。後者の研究から得られたデータは、図8-2の下段に示すようなグラフィック表示に集約される。このディスプレイは、筋圧の発生に関与する胸壁の4つの構成要素の時間的な活動を表している。この構成要素には、横隔膜(唯一の吸気筋)、胸郭壁の吸気筋、胸郭壁の呼気筋、腹壁(唯一の呼気筋のグループ)が含まれる。実線のバーは、一定に伸ばされた歌唱時にそれぞれの成分が活性化するタイミングを示す(バー内の濃淡が濃いほど、筋圧の大きさが大きい)。図中の破線の縦線は、胸壁による負の筋圧の発生から正の筋圧の発生に切り替わる、肺活量内のポイントを示すものである。

このように、横隔膜、胸郭壁の吸気成分、腹壁はいずれも肺気量が非常に大きいときに活性化することがわかる。このような肺気量では胸壁の筋圧は負圧となり、前述のように高い正の弛緩圧に対するブレーキ作用を構成する。これらの肺気量で働く筋圧は、横隔膜と胸郭壁の吸気寄与が腹壁の呼気寄与を上回る正味の負圧となる。【山本解説:歌うためにたくさん息を吸った時は、決して息を押し出そうとする(呼気筋の作用)のではなく、息を出さない努力(吸気筋の作用)をしなければならない。ランペルティの lutte vocale に通じる。】

横隔膜の活動は、弛緩圧が必要な肺胞内圧力を超え続けているにもかかわらず、肺気量が大きくなると停止する。肺気量に応じた筋圧は、胸郭壁の吸気寄与が、腹壁の呼気寄与を上回る、正味の負圧のままである。胸郭壁の吸気成分および腹壁の呼気成分の活動は、正味の 負の筋圧がかかる肺気量範囲の残りの部分を通して継続する。胸郭壁の吸気活動は、正味の正の筋圧がかかる肺気量の範囲でも続く(図 8-2 の破線垂直線の右側に広がる胸郭壁吸気活動プロットの部分に相当)。

注意:図8-2の筋圧ゼロ点は、胸郭壁の吸気成分と腹壁の呼気成分が等しく逆で相殺される正味の筋圧ゼロ点である。このように、0筋圧は、この場合胸壁の筋肉の弛緩を反映しない。したがって、この場合の筋圧ゼロは、胸壁筋の弛緩を反映したものではない。

胸郭壁の吸気成分が活動を停止した瞬間に、胸郭壁の呼気成分が活動を開始する。その後、胸郭壁呼気成分と腹壁呼気成分の活動は、小肺気量域まで継続する。

図8-2は、呼吸器が一定に伸ばされた歌唱を通して、継続する能動的なコントロールのもとにあることを明らかにする。弛緩圧と筋圧は、連続的に共同で使われる。

伸ばされた定常歌唱の間、生み出される肺胞内圧は、各々の肺気量で異なる筋圧を要求する。したがって、胸壁の4つの構成要素の活動も、それぞれの肺胞内圧力が発生するごとに異なることが予想される。これは確かに本当である。肺胞内圧が低い場合の伸ばされた定常歌唱では、胸壁の呼気成分による制動が多く、活動が遅くなり、肺胞内圧が高い場合の長時間の定常歌唱では、胸壁の呼気成分による制動が少なく、活動が早く、大きくなることが求められます。

Hixonほか(1976)によってなされたある種の観察は、直観に反した物のように思えるかもしれない。その1つが、肺気量が多いときに発声される母音の歌唱時に、横隔膜の活動が胸郭壁の吸気筋の活動から切り離されるという観察である。吸気ブレーキが必要なときに、横隔膜を使わない理由はなぜか?その答えは、直立した体位における腹腔内容物の油圧特性 (hydraulic properties)にある。

胸郭壁が吸気筋圧を生み出すとき、胸郭は通常の肺気量で弛緩しているときのサイズと比較して拡大する。この拡大により、胸膜の圧力と腹圧が低下する。このとき、腹圧の低下により、液体で満たされた腹部内容物は横隔膜の下面に下向きの油(水)力的な引き(hydraulic pull)をを生じさせる。この油(水)圧による引きは、吸気側の胸郭壁の筋肉を引き上げる土台となり、横隔膜を活性化する必要がなくなる。言い換えれば、胸郭壁筋の上向きの吸気引きは、横隔膜が収縮しなくても、横隔膜の下面の下向きの吸気引きへと変換されるのである。【山本注;ここでのhydraulic pull(油(水)圧引き)と上記のコラムにある、気管引(trachea tug)の違いを確認しよう。】

この油圧機構(hydraulic mechanism)がなければ、胸郭壁の吸気筋は単独で作用し、その力の一部を椎骨に沿って胸郭を上方に引き上げる(呼吸器を拡大させるのではなく、ある場所から別の場所に移動させる)ことに使ってしまうだろう。Bouhuyほか(1966)が指摘したように、立った姿勢で、このブレーキ・メカニズムを用いることによりさまざまな有効性が得られる。腹腔内容物の油圧特性のため、胸郭壁の1組の筋肉(吸気筋)が、胸郭壁と横隔膜の両方の働きを同時にコントロールすることが可能となる。


<下に、下に、そして消えた>

腹腔内圧は、リスクなしで直接測定されることはできない。したがって、呼吸生理学者は、間接的にそれに達する方法を考案した。人は、鼻または口を通して胃に風船をのみこむことが必要である。風船はゴムでできていて、カテーテルに取り付けられる。私は、残り2時間の予定の調査で、そのような風船をのみこんだ。その結果、勤務時間の大半は風船が沈んだままになってしまった。引き上げた時には、その一部が消えていた。胃液が壁を食い破って、その一部が運ばれてきたのだ。私は、何を期待すればよかったのか?私の胃袋は、カテーテルの上の風船をつかんでいるのか、紐でつながれたサマーソーセージをつかんでいるのか、知る由もない。マスタードをつけすぎたのかもしれない。


p.85

Hixonら(1976)によるもう一つの観察は、直感に反すると思われるかもしれないが、胸壁による正味の負圧発生時に胸郭壁の吸気と腹壁の呼気を同時に行うことである。大きな肺気量での歌唱時に、ブレーキ作用を与えることが目的なのに、吸気筋と呼気筋の両方を同時に使うのはなぜなのか?その答えは、吸気筋と呼気筋を同時に活性化することで、吸気胸郭壁筋のみの活性化よりも経済的かつ正確に胸壁をコントロールすることができるためと考えられる。HixonとWeismer、1995)。

横隔膜が静止しているとき、胸郭壁と腹壁は共に同一の経壁圧(transmural pressure)(各々の壁にかかる圧力)の変化を受ける。したがって、胸壁の各部位(胸郭壁と腹壁)の動きは、その部位の優勢なインピーダンス(抵抗)に応じた動きとなる。2つのパートで同時に活動しないと効率が悪くなる。

このような非効率性の一部は、首(喉頭)にスクイーカーを装着した長く膨らんだ風船(呼吸器官を表す)で簡単な操作を行うことで実証することができる。胸郭壁の容積が減少していく様子を再現するため、スクイーカーに近いバルーン半分(胸郭壁に相当)を絞ると、バルーン内部の圧力(肺胞内圧力)が上昇し、バルーンもう半分(腹壁に相当)が外側に膨らむようになる。しかし、バルーンの両半分を同時に絞ると(胸郭壁の容積と腹壁の容積の減少を表す)、同等の圧力調整を達成するために胸郭壁を表す半分をより小さくかつ低速で動かす必要が生じる。これはさらに、バルーンの半分の非生産的な外向きの(逆説的な)動きが同時に中へ動かされることを意味し、バルーン内部に圧力に対するコントロールのより大きな精度を持つことができる。(Figure 2-29 は、Hixon のPreclinical Speech Science p. 48 からの転載)

Hixonら(1976)のもう一つの観察は、直感に反すると思われるかもしれないが、非常に大きな正の筋圧に直面して、非常に小さな肺気量(図8-2に示されないが報告されている)で時折横隔膜が再活性化するということである。なぜ、そのような時に横隔膜を再活性化させるのか?それは、このような戦略によって、よりきめ細かいコントロールを得ようとするためかもしれない。つまり、肺気量が非常に小さく、腹壁の筋肉が著しく短縮された状態では腹部駆動が大きくなることから、この駆動に横隔膜で対抗することで、より正確な制御が可能になると考えられます。横隔膜は、肺気量が非常に少ないときに高度にドーム状になり、腹壁の駆動を「調整」するのに最適な位置にある。非常に小さな肺気量でトランペットを大音量で演奏しているときにも、同様のメカニズムが働いていることが示唆されている(Draper、LadefogedとWhitterride、1960)。

ここで注意すべきは、上述した伸ばした定常歌唱のメカニズムが、胸郭壁、横隔膜、腹壁の機能の通常のパターンを表していることである。しかし、意のままにこのパターンから離れることは可能である。つまり、胸郭壁、横隔膜、腹壁による様々な作用の組み合わせで、肺胞内圧の目標値を達成することができるのである。それでも、図8-2に描かれたパターンが歌手の間でも一貫していることから、伸ばした定常歌唱における好ましい機能のパターンが存在することがわかる。

ここで提案されるメカニズムは、胸郭壁、横隔膜と腹壁によって発生する筋圧の測定から導き出されたものである。筋圧の観察は、個々の筋肉の寄与は特定されない(横隔膜を除く)。個々の筋肉の動きに関するデータは、筋電図記録法によって得られる。 筋電図は、筋肉の上に置いたり、中に入れたりした電極を通して、筋肉の電気的活動を感知する技術である(Hixon, 1973)。この種の利用可能なデータは少なく、伸ばした定常歌唱については断片的である。したがって、個々の筋の作用を包括的に説明することはできない。この点に関してより詳細に知りたい読者は、Hixon and Weismer (1995) の報告書を参照されたい。

上記の議論は、伸ばした定常歌唱における横隔膜の主要な役割を示唆するものでは ない。Bouhuysら(1996)は、気道開口部(口と鼻)の圧力を下げる特別なテクニックを使うことで、これを変え、横隔膜を働かせることができたのである。その結果、この圧力を-15cmH2Oまで下げると、(それによって優勢な弛緩圧が機能的に15cmH2O増加し)横隔膜は大きな肺気量でブレーキ装置として作動することがわかったのである。この圧力をさらに-25cmH2Oまで下げると、横隔膜は大きな肺気量でのブレーキ活動力を比例して増加させた。このように、横隔膜は通常、ブレーキ作用に大きく寄与することはないのだが、このように、横隔膜はブレーキ作用に大きく寄与することがわかった。

Continuous Singing
連続歌唱

連続歌唱(様々な長さの歌唱フレーズの実行)には、伸ばした定常歌唱について述べたものとは全く異なる呼吸器への要求がある。ここでは、これらの要求について考察する。

Volume, Pressure, and Shape Events
容量、圧力と形状

連続歌唱に関係する、量、圧力と形の事象は、一定に伸ばされた歌唱に関係するそれらより通常より多くの変化を必要とする。そのような変化の特徴は、歌のタイプ、技術的な要求、フレーズの要求、音韻の内容、韻律の特徴、声質など多くの要因に依存するものである。さらに、楽曲の性質、演奏する素材への慣れ、演奏者の熟練度、演奏に伴う不安などが変化をもたらす。

Volume Events
容量

連続歌唱は、吸気と呼気の両方向で、肺気量の変化を必要とする。そのような変化は、バイオリンのボウイングと似ており、弓の全長の動き(弓の長さ)は、肺活量を表し、異なる弓の位置は異なる肺気量を表す。下げ弓と上げ弓の動きは、それぞれ、吸気と呼気方向での容量変化を表す。

連続歌唱中の吸気は、その静止レベルから、または、前の歌唱フレーズが終わった 肺気量レベルから呼吸器のサイズを増大させる。そのような吸気の継続時間(そして、大きさ)は、比較的長い(ほとんど満杯の吸気のように)か、比較的短い(中程度の部分的吸気のように)か、極めて短い(息継ぎ(catch-breath)の吸気のように)かのいずれかである。

呼気は、前の吸気調整によって課された開始レベルから呼吸器官の大きさを減少させる。このような呼気の持続時間(および範囲)は、比較的長く(ほぼ完全な呼気のように)、比較的短く(中程度の部分的な呼気のように)、または極めて短く(非常に短い発話に関連する呼気のように)することもできる。連続歌唱における呼気には、発話を伴わない区間があることもある。

連続歌唱は多くの場合、肺活量の中間から大きい肺気量の範囲内で生み出される、そして、すべてのタイプのほとんどの歌唱は、安静時換気終末吸気レベル(resting tidal end-inspiratory level)より大きい肺気量で起こる(WatsonとHixon(1985); Watson、Hixon、StathopolousとSullivan(1990); Hoit、Jenks、WatsonとCleveland(1996); Thorpe、Cala、ChapmanとDavis(2001))。
カントリー・ソングは、通常、大声の話声として観察された典型的な肺気量で歌い始められる(Hoitほか、1996)。対照的に、大音量の歌唱や多くのクラシック音楽の歌唱では、安静時の潮汐呼吸の典型的な肺気量をはるかに超える、大きな肺気量での歌唱を開始するのが一般的である。(WatsonとHixon(1985); Watson et.al.,1990; ThomassinとSundberg(1997))。大きな肺気量からの歌唱には、2つの演奏上の利点がある。1つの利点は、喉頭と上気道をドライブするのを助けるために、プラスの弛緩圧の使用を可能にするということである。もう一つの利点は、それがに新たな吸気のために中断する前の使用に、より大きな肺気量供給(より大きな弓の動作)を提供できることである。作品でのいくつかの接合点で呼吸をすることは、肺器官の中に残っている空気の供給量によって影響される(WatsonとHixon. 1996)。


 

<ただのランチはない>

歌唱における呼吸機能を考えるとき、最も費用対効果の高い方法は、高い弛緩正圧がかかる大きな肺気量で過ごすことだと思われるかもしれません。つまり、肺気量を大きくして歌うと、肺胞内圧を上げるために筋肉に力を入れなくて済むので、コストがかからないという考え方です。うん、その通り。 しかし、ちょっと待てよ。あなたはそもそも、どのようにそれらの大きな肺気量を得たのですか? なんと! あなたは、そのために吸気筋圧を使わなければならなかったのです。ただのランチなんてありません。あなたは、反発力が小さくて、強く「絞り出す」必要がある少ない肺気量にとどまることも出来ますし、あるいは、吸気側面に5セント硬貨【訳注:昔から激しくしぼるときに、ニッケル、5セント硬貨をひねりつぶすという言い方をしていた】を使って、あとで激しく「絞り出す」必要がないようにもできます。いずれにせよ、このシステムには勝てません。私が提案したように、物事は単純明快ではありませんが、行政機関の仕事には十分近いものがあります。


もちろん、歌唱フレーズは、小さな肺気量で開始することも、小さな肺気量範囲で継続することも可能である。このような容量が呼吸器の安静時の容量より小さい場合、優勢な負の弛緩圧に打ち勝つために呼気筋圧を用いなければならない。このため、肺気量が非常に少ない場合には、かなりの労力を費やさねばならない。また、非常に小さな肺気量で歌うと、押し殺したような声質や緊張感のある声質になることがある。したがって、非常に小さな肺気量で歌うことは、呼吸器の観点からは経済的でなく、聴衆の観点からも好ましくない。

歌手には、もちろん、演奏中に使われる肺気量を決める自由がある。歌唱フレーズは、個々の演奏の求めに応じて、大きいか、中程度であるか、少ない肺気量で始めることができる。音量の増減(弓のストローク)も歌手によってなされるもう一つの選択である。音量の増減はまさに、歌い始めと歌い終わりのタイミングによって決められる。1回の呼気で1つの歌唱フレーズを生成することも、フレーズ間に息止め(一方向の弓のストロークで休止)を入れて1回の呼気で複数の歌唱フレーズを課すことも可能である。楽曲の中の歌唱フレーズの演奏パターンを一度身につけると、高度な訓練を受けた歌手は、そのフレーズを非常に安定して繰り返し演奏するようになる傾向がある (ThomassonとSundberg、1999)。

歌唱時の音量変化の聴覚・知覚的相関が最も強いのは、知覚されるフレーズの長さである。フレーズの長さは、1つの歌唱フレーズを作るのにかかる時間、或いは、フレーズの間に生み出される発話量(音節数)として定義することができる。一般に、歌唱フレーズの長さが長く感じられるほど、肺気量の変動は大きくなる。

音量調整は、WatsonとHixon(1996)が実験的に示したように、学習によって変化する可能性があるだろう。 彼らは、高度に訓練されたクラシック歌手が演奏する新しいアリアを学習する際の、歌唱時の呼吸行動を研究した。彼らの観察は、技能習得の4つのステージにわたった:(a)歌手による、初めてのアリアの客観的な冷静な演奏; (b)短い期間の自主練習の後の演奏; (c)歌手が楽譜を見て、公開の観衆のために準備した演奏; そして、(d)歌手が暗譜で、 公開の観衆のために準備した演奏。歌手の知らないオリジナル曲が使われた。5分間で、(a)多様なアリアスタイル、(b)多様なダイナミックマーキング、(c)多様なフレージング、(d)多様なスピード、(e)多様な技術的要求、という特徴があった。

初めてのアリアでの演奏や学習過程では、歌手は適切なテキストと音楽のフレーズの境界で適切に呼吸をした。しかし、歌手の技術習得の最後の2段階(人前で歌う準備をしたとき)では、最初の2段階(冷静なときと短時間の練習後)に比べて、約10%少ない呼吸回数で歌っていた。そして、最初の2段階よりも最後の2段階で、息を取る回数に関しては変化しなかった。また、歌唱者は技能習得の最後の2段階において、最初の2段階と比較して、より大きな開始時と終了時の肺気量を用い、より大きな肺気量の変動を利用していることがわかった。

なぜ、歌い手は、演奏している素材への習熟度が上がるにつれて、異なる肺気量戦略を採用するのだろうか?ひとつには、このような肺気量戦略によって、声の強弱や声質のバリエーションが増え、より柔軟な演奏が可能になったという可能性である。ピアノの演奏に例えることができるだろう。熟練したピアニストでも新しい音楽を初めて演奏するときには全く柔軟性がない(Shaffer、1980)。しかし、音楽を学び、よく知るようになるにつれて演奏もずっと柔軟になってくる。

Pressure Events
圧力

連続的な歌唱には、肺胞内圧の負と正の両方が関わってくる。このような圧力は、それぞれ呼吸器の減圧と圧縮の結果である。肺胞内圧力は、呼吸器の瞬間的な駆動力と考えることができる。それは、残気量(residual volume )での最大吸気努力と全肺気量(total lung capacity)での最大呼気努力の両極端な範囲になる。負圧の変化は、呼吸器を引っ張って大きくする呼吸筋の調整の結果であり、正圧の変化は、呼吸器を圧迫して小さくする呼吸筋の調整の結果である。引張りも圧迫も、呼吸器のバネのような反動力(弛緩圧)を背景にして行われる。このバネのような力が、肺気量が少ないときは装置を大きくし、多いときは装置を小さくするように助けている。

 


<徘徊禁止>

歌唱中の短い休止や 短い間奏は、呼吸の観点からも興味深い。歌手は次の歌唱フレーズを歌い出す直前に再び肺を満たそうとする傾向があります。彼らは息を吸うこともなく、音楽が追いつくのをぶらぶらと当てもなく待つだけです 。次のフレーズが予感されると、一息おいて一気に進みます。どうしてこの戦略をとるのでしょうか? まず、大きな肺気量で息を止めて待つのはエネルギーが必要です。次に、息を止めている間は換気ができず、肺の中の二酸化炭素濃度が上がってくるから。第3には、次の歌唱フレーズのための胸壁セットアップの一部は、吸気と呼気の間の移行でなされる調整に依存するからです。もしかしたら、あなたは、ぶらぶらしない理由は他にもあるかもしれません。


負圧調整は、歌唱パフォーマンスによって大きく変化することがある。これらは、吸気の深さ、速度、喉頭と上気道が吸気に対して与える抵抗に依存する。発生する圧力は、大きな吸気では大きく、小さな吸気では小さく、キャッチ・ブレス(瞬間的な息継ぎ)の吸気では非常に速い変化率を伴うことがある。

また、正圧の調整は、演奏中でも、また 全演奏を通じても大きく変化することがある。呼吸器が生成することができる正の肺胞内圧の潜在的範囲と比較して、中程度の肺胞内圧は連続歌唱のために使われる。肺胞内圧は、ある種の連続した歌唱フレーズでは比較的安定しているが、他のタイプではかなり変化する。連続歌唱のための陽圧現象の側面は、楽曲ごとに固有で、要求されるパフォーマンスの特色に依存する。連続歌唱のための正圧現象の特性は、作曲ごとに異なり、必要とされるパフォーマンスの特徴に依存する。

肺胞内圧で聴覚-知覚的に最も強く関連するものは音量である。平均肺胞肺胞内圧の聴覚・知覚的な相関が最も強いのは、音量である。平均肺胞内圧は平均音量と相関があり、圧力の変動は音量の変動と相関がある。いわゆる「マネーノート」【聞かせどころの音、お金が取れる音】のような強調された歌唱区間は、通常、高い肺胞内圧を伴う。クラシック歌唱は、他のタイプの歌唱より、肺胞内圧に負担をかける傾向がある。あるパッセージの歌唱時、肺胞内圧は呼吸器が生み出せる最大肺胞内圧の4分の1にも達すると推定されている(Leanderson & Sundberg, 1988)。一般に、肺胞内圧が高くなると、どのような種類の歌でも、聴衆はよりエネルギッシュで力強く、ダイナミックだと判断する。

肺気量と同様に、歌い手は演奏中の各瞬間に圧力変数をどのように調整するかを自由に決めることができる。しかし、この自由には限界があり、それは演奏が増幅されているかどうかや、作曲家が示したダイナミクスの表記に左右される。例えば、ピアニッシモからフォルテへの変更は、肺胞内圧力を大きく上げる必要があり、歌手は呼吸調整でそれを実現しなければならない。歌唱時の肺胞内圧の上限は、喉頭の要因や発声時に声帯を過度に駆動させない必要性によって決定さ れる。これは歌手や コンテキストによって異なるが、機能的な上限を構成するものである。喉頭と上気道は、この機能上限を超えない範囲で、特定の肺胞内圧の調整に大きく依存している。例えば、ある一定の圧力や圧力変化の大きさは、(喉頭の調節による)劇的な効果の実行や(上気道の調節による)明瞭度の維持に不可欠なものだ。


<サブグロッタルの廃止>

読者の多くは、”声門下圧(subglottal pressure) “という言葉を聞いたことがあると思います。語の「下位(sub)」部分は、特定の場所を指すのではありません。たとえば、気管支圧や肺胞内圧も、声門「下」となります。語の「声門の(glottal)」部分にも問題があります。声門の語は、穴を意味します。声が出ているときには、声帯がくっつく瞬間があります。その場合、声門「下位(sub)」とは何なのか?穴がないのに、穴の下はあり得ない。呼吸生理学者は、関心事である圧力に対して、気管圧(tracheal pressure )と言う語を使うでしょう。この語は、喉頭気道(それが開いているか閉じているかどうかにかかわらず)の部位を指定するものです。最後に、それは、場所として「サブ」の使用に関する曖昧さを取り除いてくれます。私は、呼吸生理学者のより正確な言語に賛成してサブグロッタルをスロットル(止める)することを提案します 。


Shape Event
形状

胸壁の形状は、連続した歌唱時に大きく変化することがある。直立姿勢で歌う場合、胸壁の占めるバックグラウンド(プラットフォーム)形状は、同じ肺気量でリラックスしているときの位置に対して、腹壁が内側に、胸郭壁が外側にある程度必ず位置するようになっている。この胸壁のバックグラウンド変形の大きさは、歌唱の種類によって異なる。例えば、ポピュラーな歌唱では、一般的に胸壁のわずかな変形を伴うが、クラシック歌唱では、リラックスした状態から胸壁の大きな変形を伴うことがある。(WatsonとHixon、1985; Thorpe、Cala、ChapmanとDavis、2001)。

歌唱時の胸壁のバックグラウンド形状は、歌唱時の呼吸器官の「保持」の仕方を反映したものである。言い換えれば、バックグラウンドの形状は、歌い手が力を出すために胸壁の様々な部分の機械的な優位性をどのように設定したかを決定します。長い歌唱フレーズの間に、胸壁のバックグラウンドの形状が徐々に変化することがある。これは、胸郭壁と腹壁が背景の形状を決めるだけでなく、歌唱時の肺気量の変化にも関与しているためである (WatsonとHixon、1985; ThomassonとSundberg、1999)。

歌い手が選んだバックグラウンドの形状から、他の形状が生まれる。歌唱フレーズ間の吸気に関連するものは非常に速く、横隔膜の活性化により腹壁を弛緩位置に向けて外側に押し出し、胸郭壁を上昇させて呼吸器を吸気するという特徴的な形態をとることが多い(WatsonとHixon(1985); Thorpeほか、2001)。このような吸気時に胸壁の形状がどの程度変化するかは、吸気の速度と深さに左右される。形状変化を構成する胸郭壁や腹壁の実際の動きは受動的なものである。つまり、連続した歌唱時の吸気は、横隔膜の筋力作用だけで行われる(後述の考察参照)。また、このような吸気と関連する容量変化の大部分は、胸郭壁の上昇として収まる。クラシック歌唱の研究は、同じ歌唱フレーズを繰り返し演奏しても一貫性が高い (ThomassonとSundberg、2001)

呼気中の形状変化も、胸壁の一般的なバックグラウンドの形状を外れて行われる。腹壁の内側に位置することで、胸壁の背景形状(上図参照)が決まり、胸郭の壁が望ましい高さまで持ち上がります。このバックグラウンド形状からの形状変化には、胸郭壁体積と腹壁体積が様々な相対的寄与率で変化している。ほとんどの歌唱は、胸郭壁の体積が腹壁の体積よりも速く減少する状態で行われるが(Watson & Hixon, 1985; Thomassin & Sundberg, 1999)、これはパフォーマンスの要求によって大きく異なることがある。このパターンに例外が見られる場合は、内胚葉症(特に腹壁に脂肪が多い)を特徴とする体型の歌手や、妊娠が進んでいる歌手に見られることが多い。また、胸郭を高くすることを学んだクラシック歌手にも、腹壁の大きな動きが見られる。実際、クラシック歌手の歌唱フレーズの中には、胸郭の壁を徐々に大きくしながら進行するものもある。(WatsonとHixon、1985)

最後に、歌唱の間の胸壁の背景形状は、胸壁セットアップ(ポーズ)操作をしばしば必然的に伴う。これは吸気の終わりと呼気の始まりの移行中に起こり、歌唱フレーズ自体の始まりに持ち込まれることもある。 最も一般的な設定は、腹壁の内方への移動と胸郭壁の外方への移動が同時に起こり、前者が後者を引き起こします(WatsonとHixon(1985); Thorpeほか、2001)。

安静時換気呼吸サイクルから連続歌唱に対処するサイクルに移行する際に、形は3つの呼吸変数の中で最も重要である。これは、呼吸器が連続歌唱中にどれくらい速く息を吸い込み、息を吐くことができるかを最も決め手になる変数であるからだ。ある形は、他のものより、横隔膜と呼気胸郭壁筋が、力を発揮する速度を最大にする(下記の議論を見る)のにより適している。


<同じ穴の狢>

体型は、歌唱時の呼吸機能の細部にまで影響を及ぼします。一般的に内胚葉型(太っている人)ほど、腹壁を大きく動かすことが多いようです。そして、一般的に外胚葉型(ひょろ長い)人ほど、腹壁の小さな動きを使いやすいと言われています。ここで根本的な疑問が生まれます。もしあなたの体型が歌の先生の体型と違っていたら、あなたの先生はあなたのような体型の人と同じように成功できるでしょうか?さて、それは、考えなければならない何かである。先生が、彼ら自身の感覚と行動に基づいて、それをあなたに教えるならば、もっとあなたのようであれば望ましいのですが? 私は、この問題に対する答えはわかりません。しかし、もし決定的な実験が行われたなら、同じ体型の鳥は一緒に学んだ方が良いということが明らかになるのではないだろうかと私は思っています。


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Coda
コーダ

前3項では、連続した歌唱の中で起こるボリューム、圧力、形状の様々な調整について指摘した。異なるタイプの歌唱、または特定のタイプの歌唱で歌われる異なる楽曲の組み合わせにおいて、これらの事象に対する単一の機械的なサインは存在しない。呼吸器の容積、圧力、形状の調節は、歌を歌うための原動力となるため重要である。喉頭と上気道の複雑で緻密な調整は、適切な呼吸調整なしには、歌手にとっても観客にとっても何の価値もない。例えるなら、蛇腹が機能しない風力発電のパイプオルガンを演奏しようとするようなものである。。

連続的な歌唱における容積、圧力、形状の変化がいかに特殊であるかを理解する一つの方法は、安静時のタイダル呼吸の変化と比較することである。HixonとHofman(1979)は、これを実行した。彼らは、安静時のタイダル呼吸と比較すると、連続的な歌唱の多くには次のようなことが含まれると指摘している。(a) 肺気量の範囲が広い、(b) 呼気肺胞圧が高く、吸気肺胞圧が低い、(c) 呼気流量(肺気量の変化率)が低く、吸気流量が高い、(d) 呼気相(ストローク)が長く、吸気相が短い、 (e) 胴体の形状が胸壁のリラックス配置からより外れている。

 

Relaxation Pressure and Muscular Pressure
弛緩圧と筋圧

弛緩圧と筋圧の両方が、連続歌唱のコントロールに寄与している。伸ばされた定常歌唱と同様に、弛緩圧に筋圧を加えて、歌唱フレーズに望ましい肺胞内圧の目標値を達成する。目標とする肺胞内圧力が現行の弛緩圧力より低い場合、負の筋圧(ブレーキ)が必要である。そして、現行の弛緩圧より、目標とされた肺胞内圧が大きい場合、正の筋圧【アクセル】が必要となる。多くの種類の歌唱では、正の筋圧だけが必要とされるか、あるいは、限られた歌唱フレーズのみ負の筋圧を必要とし、その後に正の筋圧が続くだろう。しかし、音量の小さい歌唱部分や肺気量の大きい歌唱では、歌唱フレーズの最初の部分(呼気弛緩圧が高い時)に負の筋圧が必要な場合があるだろう。クラシックの歌唱では、歌い始めの肺気量が多いため、フレーズの始めに負の筋圧を必要とすることが多い。したがって、この種の歌唱においてブレーキは重要なメカニズムである。

肺胞内圧の要求は、 平均的な音量の要求によって変化する。したがって、音量の要求が増加または減少すると、それぞれ筋圧の要求が増加または減少することになる。また、音量の要求は、しばしば歌手の使用する肺気量に影響を与える。一般に、連続した歌唱が大きくなるほど、演奏中に使用される肺気量は大きくなる。これは、肺気量が多いほど高くなる正の弛緩圧を利用しようとする歌手の試みを反映していると推定される。

肺胞内圧の要求と筋圧の要求は、歌唱の平均的な音量以外の因子によっても左右される。音量変動、強調された歌唱と急激なダイナミック変化は、肺胞内圧と筋肉圧の増加を必要とするいくつかの要因である。

Actions of Rib Cage Wall, Diaphragm, and Abdominal Wall
胸郭壁、横隔膜と腹壁の動き

連続歌唱の間に発生する筋圧は、胸壁の異なる部分の働きの結果である。伸ばされた定常歌唱とは異なり、胸郭壁、横隔膜、腹壁の寄与は、個々の筋圧の寄与を同時に定量化できる方法を用いて(逸話的にしか)研究されてこなかった。それでも、筋肉のメカニズムは、かなりの確実性で瞬間的な胸壁形状とその歴史に関するデータ(Hixon、GoldmanとMead(1973); Hixon、MeadとGoldman(1976); HixonとWatson(1985); Watson, Hixon, Stathopolous, と Sullivan, 1990; Hoit, Jenks, Watson, と Cleveland, 1996; Thorpe, Cala, Chapman, と Davis, 2001)、そして、腹壁筋の筋電図検査活動(Watson、Hoit、LansingとHixon、1989)から推論されることができる。

胸郭壁と腹壁は、ほとんどの連続歌唱フレーズで活動している。どちらも歌唱フレーズが進むにつれて筋圧の寄与が大きくなり、どの肺気量でも腹壁による筋圧が胸郭壁による筋圧を大幅に上回る。つまり、連続歌唱フレーズでは胸郭壁と腹壁の両方が圧迫されるが、腹壁の圧迫の方が胸郭壁の圧迫より強力である (WatsonとHixon(1985); Thorpeほか、2001)。

大きな肺気量から連続歌唱フレーズを開始する場合や、弱い発声を必要とする場合は、吸気ブレーキが用いられる。このようなブレーキは、前述した伸ばされた定常発声のためのメカニズムで実現される。吸気側の胸郭壁筋は胸郭を拡張すると同時に、腹部内容物の油圧特性(hydraulic propertie)を利用して横隔膜を下方に引っ張る働きをする。胸郭壁のブレーキ作用には横隔膜による補助的な作用が伴うことがあるが、このような状況での横隔膜の収縮は通常短時間である。したがって、胸郭壁が吸気ブレーキの大部分を担っていることになる。

普段より大きな声を出す必要がある歌唱フレーズでは、胸郭壁と腹壁の両方が呼気筋圧の大きさを増加させる。大きい歌唱に対して、腹壁は、胸郭壁がそうするより多くの筋圧を音量の増加のためにかける。これはおそらく、通常のスピーチから非常に大きな声のスピーチへと変化する際に胸壁の構成を維持するために行われるのと同じように、胸壁の優勢な構成(リラックス時より小さい腹壁とリラックス時より大きい胸郭の壁)を維持するためである(Hixonら、1976年)。

ここで説明した筋圧のパターンは、ほとんどの連続歌唱の典型であるが、そのような歌唱を生み出すために、異なる筋力戦略を用いることができるという事実に変わりはない。では、幅広い選択肢の中から、なぜ胸郭壁による呼気筋圧と、腹壁によるさらに大きな呼気筋圧を使うという選択肢を選んだのか?腹壁を内側に変位させ、胸郭壁を上昇させる筋圧戦略を用いることで、(胸郭壁が呼気方向に力強く動作しているにもかかわらず)何が得られるのか?この2つの質問に対する答えは、この戦略を使ったときに得られる機械効率に関係している。(Hixonほか、1976)。

安静時のタイダル呼吸と比較すると、連続歌唱の多くは非常に速い吸気と長時間の呼気という特徴がある。この速い吸気と遅い呼気のパターンで、歌手は、吸気で比較的短い時間を、呼気で比較的長い時間を使うことになる。したがって、連続的な歌唱には、吸気速度を最短化し、続く歌唱フレーズの呼気圧コントロールを強化する筋肉戦略が好ましいと考えられる。

WatsonとHixon(1985)は、連続歌唱中の吸気が横隔膜だけの活動によって引き起こされることを示唆した。腹壁が内向きに移動するとき、横隔膜は頭の方向に位置を変える。これは横隔膜の筋線維を伸ばし、 次に、筋収縮の潜在的速度と力強さを向上する。このように、腹壁の内側の動きは、素早く力強い吸気を生じるために、横隔膜を自動的に調整する(Hixonほか、1976)。 歌唱の呼気相で腹壁(呼気)に負担をかけているように見えるかもしれないが、実は、連続歌唱の吸気相で横隔膜が機能する速度と力を最適化するための投資なのだ。【太線強調:山本】

胸郭壁の吸気筋は、通常、連続歌唱時の吸気に関与していないことに留意する必要がある (WatsonとHixon(1985); Hoitほか、1996)。吸気時に胸郭壁が吸気方向に動くのは、横隔膜の働きにより受動的にその方向に動かされるからである。実際、胸郭壁は、連続歌唱の吸気時に小さな正の(呼気)筋圧を発生させている。意外に思われるかもしれませんが、この呼気筋圧を利用することには特別な経済性があるのだ。吸気時に呼気筋(胸郭壁と腹壁の両方)の活性化を維持することで、横隔膜の力強い活動が収まると、呼気筋圧を発生させる準備状態になる。 (Hixonほか、1976)。呼気筋はすでに活性化されているので、吸気が終わってから次の歌唱フレーズを開始するまでのタイムロスがない。【太線強調:山本】

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<激しい動悸>

心臓は肺器官の外側にあって、胸壁の内側にある。あなたが歌ている間もそれは鼓動し続ける。この鼓動が圧力の変化を生み、気管や肺の他の部位に伝わります。このような圧力変動は、感度の高い機器によって検出され、声の安定性の変動として表れます。リスナーには、そのような変動が聞こえることがあります。心臓が “飛び出しそう “なほど緊張している様子をあらわにすることもあります。動悸はもちろん自然なことですが、それが顕著になりすぎると迷惑になることがあります。それを少しでも隠すためには、肺気量を大きくして歌うのも一つの方法です。このため、心拍が分布する面積が広くなり、その影響の大きさが緩和されます。歌うときに緊張しているように聞こえる?深呼吸をすればいいかもしれません。


また、腹壁は呼気のために胸郭壁をチューニングする。腹壁が内側へ変位するとき、胸郭壁は受動的に上がる(第3章でこのメカニズムに関する議論を見て、そこでの「死人はうそをつかない」とタイトルをつけたノートを読みなさい)。この動作により、胸郭壁の呼気筋繊維が伸長され、長さ-力特性においてより有利な部分に位置するため、より速く、力強く収縮することができるようになる。腹壁が生み出す筋圧は胸郭壁が生み出す筋圧を上回るため、歌唱時に胸郭壁が呼気側に活性化しても、腹壁は通常外側に押し出されないか、わずかに押し出される程度です。(WatsonとHixon(1985); Thorpeほか、2001)。このように、腹壁は胸郭を持ち上げ、しっかりとした土台を作ることで、歌うための胸郭の機能を最適化するのに役立っている。いわば、歌唱時の肺胞内圧の素早い変化を可能にするのは、胸郭壁の小さくて速い動きをする筋肉であり、それを可能にするのは腹壁なのである。胸郭壁は、横隔膜-腹壁よりも肺の広い範囲に接触しているため、迅速な圧力変化を発生させるのに特に適している。(HixonとHoit、2005)。【太線強調:山本】

このように、連続歌唱に対する好ましい筋肉の戦略は、胸壁の機能効率を上昇させる。腹壁を力強く連続的に動かすことで、胸壁のバックグラウンド形状を機械的にチューニングし、横隔膜の吸気機能と胸郭壁の呼気機能を有利に働かせます。腹壁の内側に位置することは、連続的な歌唱のために呼吸サイクルの吸気相と呼気相の両方を最適に機能させるためにきわめて重要である。

伸ばされた定常歌唱と同様に、連続した歌唱のための個々の筋活動に関する情報はほとんど得られない。例外は、高度に訓練されたクラシック歌手の腹壁の筋電位活動を調べたWatsonら(1989)の研究である。腹壁の外側(脇腹)の筋活動が高く、腹壁の中央部(中央下)の筋活動が低いことがわかった。また、腹壁の外側下部では、外側上部に比べて筋活動が高かった。Watsonらは、歌唱時の胸壁のバックグランド設定(プラットフォーム)に腹壁が特に重要な役割を果たし、この役割は主に腹壁の下部およびより外側領域の筋肉(外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋の下部領域と考えられる)によって担われているという考えを支持すると説明している。

歌唱の力学的(容積、圧力、形)現象は、複雑で、それらについて学ぶべきことが非常に多く残っている。歌唱の力学的(容積、圧力、形状)な事象については、複雑であり、まだまだ解明されていないことが多い。これまでにも、演奏における様々な機械的事象の重要性に関して、歌手や歌唱指導者の間で大きな意見の相違が存在している。これらの意見の一部は第9章で述べられている。

編集中

 

VENTILATION AND GAS EXCHANGE
換気とガス交換

この章では、歌唱のために容量、圧力、形状をどのように制御するかに焦点を当てたものがほとんどであった。しかし、呼吸器の主な役割は、酸素を体内に送り込み、二酸化炭素を体外に排出することであり、そのプロセスは換気(肺装置への空気の出入り)によって達成されることを覚えておくことが重要である。連続歌唱時の換気とガス交換はどうなっているのか?安静時と同じなのか違うのか?

当然のことながら、連続歌唱時の換気量は安静時のタイダル呼吸時と同じではない。Bouhuys, Proctor, および Mead (1966) は、安静時のタイダル呼吸の平均値と比較して、連続歌唱時の換気量が高いことを発見した。どの程度高くなるかは歌の性質によって異なり、一般に大きな音で歌ったときの方が小さな音で歌ったときよりも換気量は多くなる。したがって、大きな声で歌うほど、換気する傾向がみられるようだ。また、換気は、声質や歌唱フレーズの音韻など、歌唱パフォーマンスの他の側面にも依存する可能性が高い。さらに、換気は、歌唱環境の状況(空気質)や歌唱者のパフォーマンスへの不安などに左右される場合がある。なお、安静時よりも高い換気量は、会話時にも発生することが知られている(BunnとMead、1971; HoitとLohmeier、2000)。発話に関する研究から推測すると、歌い手はおそらく過呼吸になる傾向があり、連続的に歌っている間は血中二酸化炭素濃度がそれに応じて低下することが示唆される。


<混ぜ方を調整する>

標高は、ガソリンエンジンの働きに影響を与える。これは、標高によって空気の密度が変化するためです。標高は「歌うエンジン」にも影響します。同じ歌を、マサチューセッツ州ケンブリッジのハーバード・スクエア(海面近く)、コロラド州パゴサ・スプリングスのハーバード・アベニュー(海抜7500フィート)、カレッジ・ピークス原生地域のハーバード山頂(海抜14420フィート)で歌えば、パフォーマンスはまったく異なるものになるはずです。標高が高くなると、肺気量が大きくなり、一回の呼吸で歌う量が減り、歌うときに息苦しさを感じ、フレーズの終わりで空気を多く吹き出すようになります。この変化の内容は、歌手によって異なります。私はこれらすべての場所を訪れましたが、ハーバード山からの眺めは、他の2つの場所からの眺めよりもよりインスピレーション(吸気)が得られるというのが私の意見です(シャレ)。


REVIEW
復習

歌うことは、特別な呼吸行為だと言える。

伸ばされた定常歌唱(最大長の歌唱フレーズを長く歌うこと)は、呼吸器の調節をゆっくりと変化させることで生み出される。

伸ばされた定常歌唱の生成には、弛緩圧と筋圧の両方が寄与している。

伸ばされた定常歌唱の生成には、負と正の両方の筋圧が寄与し、その大きさは主に歌唱フレーズの平均的な音量要求によって変化する。

胸郭壁、横隔膜、腹壁の働きにより、伸ばされた定常歌唱時に使用される筋圧を発生させる。

横隔膜の活動は、大きな肺気量でのブレーキをかけたときに胸郭壁の吸気筋の活動から切り離されるが、これは腹腔内容物の油圧特性によって可能になる。

連続歌唱(様々な長さの歌唱フレーズの実行、しばしば楽曲に関連する)は、呼吸器官の調整を素早く変えることによって生み出される。

弛緩圧と筋圧の両方が、歌唱フレーズの平均的な大きさの要求とフレーズを開始する際の肺気量に応じて、連続歌唱の生成に寄与している。

胸郭壁と腹壁の働きにより、連続歌唱時の筋圧を発生させる。

腹壁は、呼吸サイクルにおいて横隔膜と胸郭壁の働きを最大化するための “チューニング “を行い、連続歌唱のための特別な役割を担っている。

歌唱時の腹壁の筋活動パターンから、腹壁は主に下部と側部の活性化により特別な役割を担っていることが明らかになった。

換気とガス交換は、連続歌唱の間、安静時のタイダル呼吸の状態から歌い続ける間に変化し、通常は過呼吸に向かって変化する。

 

訳:山本隆則 2022/08/05