VII.

共鳴器の働き  p. 66

人間の発声楽器の共鳴器または増幅器は3つの部分からなり、各々が空気-容器である、そして忘れてはならない重要なことは、それは、各々の容器の中の振動させられる空気のかたまりであり、多くの人々が考えるように、容器の身体構造ではないということだ。
問題となっている部分は、(i), 肺と気管の中にある空気:(ii), 喉の中にある空気、そして、(iii), 上口蓋空洞の中にある空気。

声にならない空気が声門を通して漏れるにまかせるならば、共鳴器の効率は著しく減少する、そして、その試みが恣意的に音を「置く」ときはいつでも、それはバランスをくずされる。
声門が、声にならない空気を通しているならば、声門唇の接近は、気管の中で空気を振動させるのに必要な閉鎖をしていないので、その「胸共鳴」は犠牲にされ、音は質の深さを失う:喉を通って流れる、声にされない空気は、音の上におおいをするので、それはもはや明るくなく、鳴り響かない:最終的に、声門唇の不完全な接近は、音-波システムに於ける定在性エネルギーを減らすので、軟口蓋に同調する振動を引き起こすには不十分であり、そして「頭共鳴」は犠牲にされる。

「音を置く」ことの何らかの行為によって発声共鳴体の働きに良い影響を与えることができるという信念(今、広く支持されている)に対して、科学的な根拠がないことは、あまりはっきり理解されていない。他方、アーティキュレーションの誤った方法によって、それはきわめて悪意をもって影響を与えられる場合がある(この論文の次の部分で見られるように)。アタックの、そして、アーティキュレーションの方法が正しいならば、共鳴器は高い効率を維持する;そして、正しい歌唱の結果は、これらの2つのプロセスを統一させることによって、それらは1つの単一のプロセスになる、しかし忘れてはならないことは、これらの2つのプロセス自体、または、むしろ、この一つのプロセスが、息の適切な管理に依存していたら、そして、もしこれが間違っているならば、すべてが間違っていると言うことになる。
共鳴器は、ホルン(それが脳の意識的な部分によってどうしても引き受ることができないような大変複雑なもの)のチューブと全く同じ機能を、実際、なし遂げる。音声の増幅は、下意識レベルで起こる、そして、最近の決まり文句のような「共鳴で歌う」歌手は、ほとんど奇跡的に繊細な自然のプロセスを、実はきわめて有害に妨害する。

歌手が意識のレベルですることができるすべてのことは、音の高さと強さのための正しい肉体的な調整で楽器を保つこと、と同時に、呼吸管理、アタックとアーティキュレーションの意識的な肉体的プロセスを正しく管理することである、その時、共鳴器は求められるすべてをするだろう。しかし、彼が、共鳴の性質をあらかじめ決めてしまい、そして、共鳴器のどんな部分にアタックするかに関係なく、いわばその共鳴にアタックしようとするならば、全ての楽器は損なわれる。
著者の意見では、今、「鼻共鳴」と呼ばれるものは、実際、音韻学者が言う「オオカミ-音」と一致する;すなわち、音は自然な共鳴システムに無関係な何かによって生じる;そして、持続的に使われるとき、それは声の音質に大きな傷害を与える。「鼻共鳴」のために練習する歌手は「mee」、「may」、「my」、「nay」、のような音節を用いて行う、そのように前へ、すべては硬口蓋の最前部で、充分前方に置かれ、鼻と顔のマスクの骨構造が振動しているのを感じられるような方法で歌われる。今、この振動は、起源が声門であることはありえないことはまったく確かである、なぜならば、あらゆる音波システムの作用は、必然的にそれが起点のポイントから遠くへ移動するほど、弱く感じなければならないからだ。響きは導体の中を流れているエネルギーである、そして、それが動くにつれてエネルギーを失う性質があるので、波系は徐々に弱くなる。しかし、鼻の共鳴の場合、振動は顔の前面で最も強く感じられて、まったく後ろに広がるようには思えない。歌手がそのような場合に実際にすることは、周期性が鼻で、そして、鼻孔より上、且つ、後の鼻甲介で空気-通路のそれとの緻密な倍音関係にある口のきわめて前で母音空洞を確立することであるように、著者は示唆する。歌手がそのような場合実際に行うことは、口のいちばん前(その周期性は、鼻の中の、そして、鼻孔の上の後の鼻甲介の中の空気の通路のそれと緊密な倍音関係にある)に母音腔を置くことであることを、著者は示唆する。彼は、鼻「音叉」を共振させる口の前面に人為的な「音叉」をでっち上げる。

この練習に対する異議は2つの要素がある。第1には、口のきわめて前で、母音を置くことそしてそれを維持することは、声にされない空気のかなりの量が、口腔に自由に行き渡らなければならない。(これの科学的な解説は、次のセクションで得られる)。それゆえに、声門唇の接近は、効率が悪いもの以外ではありえないことになる、何故なら、効率的な接近は、口腔に行き渡るのに必要な空気の量を妨いでくれる。
2つ目の異議-声門唇の繊細な縁が、ざらざらになることと鈍ることはすでに言及された。鼻共鳴は常に楽器に過大な負担をかける;それはただ意図的なドラマティックな結果のためだけに、そして、出来るだけ少なく用いられるべきである。

声にもたらすことができるいろんな「色調」は、主に喉頭と軟口蓋の相関的な位置に依存している。これらの2つの部分は、互いに対抗して働く:片方が上ると他方が下がる。軟口蓋が高くなるほど、音は「より暗く」またはくすんだ音になる。したがって、Verdiにcupo(覆われる)として指定される音は、きわめて高い軟口蓋を要求して、きわめて著しい効果を生み出す。しかし、一般的に言って、一旦歌手が正しく楽器を使うことを学ぶならば、発声「色調」は彼の感情の作用に応じて現れる、そして、特別なトレーニングについては全く必要がない ―もちろん、彼が利用するいくらかの感情を持っているならば!あまりにも多くの歌手が、技術のトレーニングにおいて、感情表現能力を失うように思える。