発声教育における呼吸法の混乱の原因のひとつは、通常の呼吸と歌唱中の呼吸の違いをどのように認識しているかによっておこります。無意識でおこなわれる睡眠中を含む日常の呼吸、すなわち腹式呼吸がいかにすばらしいものであるからといって、それが歌唱中の呼吸法として適切なものであるとは言えません。
ここでは、歌唱中の呼吸を考えるまえに、日常の呼吸と歌唱中の呼吸が違うものであると考えていた先人たちの証言を集めてみました。

{Back, 1894, p. 120]
“Life depends on breathing; singing on artistic breathing.” 「生命は呼吸に依存する; 歌は技巧的呼吸に依存する。」

[W. Shakespeare, The Art of Singing 1909 p.9]
歌唱は、通常の話し方より、より長く持続され、より大きく高いので、呼吸圧の強さの増加に対応する事が求められる。この増加した呼吸圧の強さはより大きな息の量の蓄積を必要とする、そして、このポイントに対して、我々は慎重な研究をしなければならない。

[V. A. Fields, Training the Singing Voice 1947, p.92]
Jacquesによると、「楽に腰かけているときと歌っているときの呼吸の間には、重要な違い」があることは、明らかである。1分間で15または16回の呼吸の普通の呼吸リズムは、普通の呼吸より深い呼吸運動を必要とする歌唱中においては、かなり少なくなるだろう。[299(12ページ);また、EvettsとWorthing 167(70ページ); Hemery 238、15ページ]

[R. Miller, The Structure of Singing 1996  p.20]
身体が平静時には、通常の呼気と吸気のサイクルは短く、大体4秒ほどです。吸気は1秒か、1秒をわずかに超える程度で、呼気はその残りに成されます….  歌う準備のための深い吸気において、横隔膜、胸部と腹部の筋肉の活動は大きくなります。発声努力と身体努力は呼吸サイクルのペースを加減します。歌唱中は、フレーズに次ぐフレーズが起き、呼吸サイクルは、特に呼気において飛躍的に大きくなります。