〔214〕 [マルティーンセン=ローマン、 歌唱芸術のすべて 1956 ]
久しい以前から、音声生理学研究の妥当な成果と見なされるものに、次の事実があった。それは、いわゆる頭声区の機能は声唇辺縁部の振動と結びついている、ということである。この振動様態は〈声唇辺縁部分〉のいわば受動的な緊張によって生じ、他方、より力強い声区の方は、声唇の能動的な筋肉をもっぱら必要とする、とこれまでのところ想定されている。自明なことではあるが、この辺縁部振動は、それだけが何らかの形でたどりついたものであるという意味で、全体的関連の中から切り離すことの出来るようなものではない。辺縁部振動はむしろ、全盛茎脳内鼻の調整化要素のようなものである。声の酷使によって辺縁部振動が硬直化し、〈分離〉してしまったときにのみ、このような病的状態において一種の孤立化現象が生じる。この現象は目にうつるものではないので、科学者が声唇をのぞいてもみることは出来ない ― それを確認できるのは、発声指導家の訓練された耳だけである。
最近の音声学は、声唇の振動様態は「まだ余すとこなく解明されたわけではない」(パンコンチェッリ=カルツィア)ことを、そして来たるべき数十年の間に、細心の科学的探求の可能性により、驚くべき発見が確実にもたらされるであろうと言うことを知っている。しかし、他の声区と対比して、頭声は異なった形の振動様式を持っていると言う事実は、聴覚的な知覚によって十分に証明されるのである。ここでは聴覚的要素が決定権をにぎっている!
さて、声楽的書物の中では、頭声を原則的にはただ〈辺縁声〉とのみ呼ぼうではないか、という提案が何度もなされた。このような根本的名称変更は、それ自体としては歓迎すべきことではあろう。そうすれば、〈頭声〉を〈頭部共鳴〉と絶えず同一視するという愚かしい事態からは、名称の類似性というその原因が除去されるからである。(純粋な声区機能にすぎないものを音響形成的共鳴要素と混同する同様の根絶しがたい過ちは、〈強制〉と〈胸部共鳴〉の場合にもある。) しかし、〈辺縁声〉というこの提案された名称は、声楽的実践の立場からは、決して一般的には受け入れられる事はなかろう。何世紀にもわたって使われてきた「voce di testa(頭声)〉という伝統的名称は広く一般的常識になってしまったし、声区的機能に関する科学的見解というものは、おそらくは変化するものであるし、徐々に拡張されてゆくものであることは確実だからである。
phonation