声楽発声を勉強した人たちの中には、「喉をよーく開けて、あくびをするように声を出しなさーい!」とあくびをするような声で先生に言われた人が結構たくさんいるのではないでしょうか?
私は以前から、発声中にあくびをするようにして喉を開けようとすることに関して反対してきました。その最も大きな理由は、なんといっても嘘っぽい作った音質になってしまうからです。舞台上でセリフをしゃべったり、歌を歌ったりするものにとって、決して使用してはならない声があるとすれば、それは嘘っぽい、作られた声です、偽善的な役柄、或いは、日本人の声楽家の役なら別ですが。
また、純粋に発声技術の面から言っても「あくび」の使用には注意しなければなりません。自然に出るあくびは、ある意味で瞬間的なものですが、あくびの状態を声を出しているあいだじゅう維持するのは大変な重労働です。実際に、ヴェナードは、あくびをしているときの顎舌骨筋や胸骨甲状筋の緊張の強さを測定しグラフに表示しています。(Vennard, Singing  378)
第一、あくびしながら声を出せば、あくび声しか出ないことは誰だってわかることです。にもかかわらず、特に日本の発声教育の中であくびが奨励されるのは、喉をよく開いて、喉をリラックスさせて、息をよく流して共鳴させるというドグマを信じているためです。この方向では、声帯の振動が弱くなり、息の消費量が大きくなりその結果、声から輝きは消え、気息性の強い「ぼうぼう声」しか出なくなります。

とはいっても、この「あくび」の技法は、ヨーロッパでも以前からよく推奨されてきたもので、うまく用いることによって大きな利点を発声にもたらします。
指を喉に当ててあくびをすると、喉がかなり下がり、つばを飲み込むと上がるのがよくわかります。「あくび、yawning」と「嚥下、swallowing」は、正反対の動きをする生理現象のため、多くの著書な中でも重要な議論の1つとして扱われています。

「あくび」を発声時に用いるために認識しておかなければならないことは、声は通常呼気時に起こる現象ですが、「あくび」は、吸気の動作であるということです。一般的に、息を吐くときは体が絞れ、吸うときは体は開くという反応が起こります。つまり、発声中に「あくび筋」を使うことで、発声のための呼気筋と、「あくび」のための吸気筋が拮抗して平衡を保つことが可能になるのです。この拮抗力を、最大限まで利用したのが、マリオ・デル・モナコを生み出したメノッキ楽派です。テノール歌手がハイCを胸から出すという最も強い声を要求するこの楽派が、「あくび」を強く用いたことからも推測できるように、「あくび」筋を発声時に拮抗させて使うと疲れるどころか非常に強力な力を生み出すことがわかります。
ヴェナードは声を出す行為を、「大部分の動物や、ほとんど訓練されていない歌手において、発声とはいつも全般的な締め付け作用と喉頭の上昇で始まる。これは、気管の中の上へ向かう息の圧力によってやや促進される。」と言います。この状態を緩和するために「あくび」は有効に作用します。Vennard 1967 SingingThe low Larynx(低い喉頭)にこのテーマに関する詳しい説明があります。

声の出だしでほんの少し「あくび」のイメージを持つだけで、喉の底がほんの少し開いたバキューム感がします。その状態を変化させないで、静かにアタックすることで、気管から上がってくる息の圧力とそれに対する抵抗力との平衡が保たれ、求められる音程に対して最もふさわしい喉頭の位置と、喉の存在感がないにもかかわらず効率の良い声帯振動が生み出されます。