SINGING

by William Vennard

Chapter 3

ATTACK

153 呼吸法とは、それ自体退屈なテーマであり、たとえそのことに精通してもよい歌唱を約束してくれるわけではありません。アスリートはしばしば彼らの肺活量を最大限まで大きくし,多くの歌手達より息を長く保つことが出来、この分野ではその他にも勝っていますが、それにもかかわらず、彼らの歌は貧弱です。同じように、良い歌手達の中にも、テクニックが正統的ではなく、むしろ貧弱な人を見いだすこともあります。重要な部分は、Louis Bachner が「hookup 接続」と呼ぶ、呼吸圧と振動体の連係です。これが起声(アタック)で、典型的に見られます。呼吸法のレッスンは、声を伴わないエクササイズだけはならず、いつも正しいアタックによって実行されなければならなりません。

154 この章の題材の多くは、The NATS の会報の1961年2月号と1963年2月号に初めて発表され、同意を得て再版されました。それを理解するために、我々は、肺と喉頭についてのいくつかの事柄を知る必要がありますが、この後の詳細な研究が充分に行われた後、第4章に進むことにしましょう。

The Lungs and Larynx 肺と喉頭

155  空気がそれを通じて胸腔に入ってくる管は、気管(trachea or windpipe)と呼ばれ、軟骨(cartilage or gristle )のリングでできたチューブで、空気の通路として開いた状態を保っています。軟骨は,骨ほどではないが、いくらかの硬さを持ています。掃除機のホースは気管の軟骨とほぼ同じような形に固定されたリングを持っています。このチューブは弾力性と膨張性があり、完全なリングではなく背面が開いておりその部分は筋肉と膜の組織によって占められています。

156 その筋肉群は、呼気時に本能的に気管の直径をいくぶん狭く、縮小し、吸気時に弛緩します。このことに関して成すべき事は何もありませんが、それは勿論、呼気時や発声時の声道全体を通じての緊張のより総合的状態の一部です。指導の大きな問題の1つは、歌唱中にこの反射作用を解放の方向にできるだけ上手く導くことです。それは「吸気の動作で歌うこと」”singing on the gesture of inhalation”という考えの意義を与えてくれます。我々はすでにブレスコントロール(Par. 145)でこの考えを示しました。そして、我々が共鳴体の調整に進んだときにそれを思い出すでしょう。

157 気管は気管支として知られている2本の枝に分かれます。さらに気管支は、その先でより小さな気管支へと別れ、etc.、それは酸素が血流を通して適切に濾過されるほど薄い壁面になるようなスポンジ状のかたまりになるまで枝分かれします。このスポンジ状のかたまりが肺と呼ばれものです。片方の肺は、2つの部分或いは2つの葉(肺葉)に分かれ、それぞれの気管支に1つあります。それには筋肉がなく、その形は胸郭(肋骨と横隔膜)の形とその中にある空気圧によって決定されます。胸にあるその他の大きな器官は心臓だけです。

158 空気を必要なだけ長く保つために、気管のてっぺんにバルブ(弁)があります。このバルブは、喉頭と呼ばれる軟骨質組織で、前から後ろに引き伸ばされた2つの筋肉から成り立っています。それぞれの筋肉は2つの襞を持っています。上の2つの襞は室帯(室襞)superior folds または仮声帯 false vocal folds と呼ばれます。仮声帯または上部の襞の主な機能は、バルブをきつく閉鎖するときに下部の襞を助けることです。正常な発声時には、それらは閉じていませんが、ウィスパーの時に真声帯を助け、時には実際に声を発します。この方法で人は一度に2つの音程を、1つの音は真声帯で、そして、他の音を仮声帯で歌えるかもしれません。しかし、これらはまれなことで、音程と音質の両方のコントロールはなおさらです。ほとんど誰でも練習すれば、2つかそれ以上の音程を同時に出すことはできますが、これは通常声帯を2つの部分で同時に振動させることによって成されることです。グローニンゲンのJanwillem van den Berg 研究室で、私は、仮声帯が取り除かれた後ですら、切除された喉頭から二重音声を聞きました。二重音声(Diplophonia)は、いくぶん危険なものであるので、たとえそれがいかに愉快なものであっても、練習すべきではありません。

Phonation 発声

159 下方の襞はいろいろな名で呼ばれており、一般的には声帯ですが、より詳しく云うと:vocal folds(声襞)、vocal lip(声唇)、vocal shelves(声棚)、vocal band、さらに、 vocal wedge(くさび)。弁の左右それぞれの間のスペースは声門(glottis)と呼ばれているので、下の襞は、声門唇(glottal lip)声門バンド、その他とも呼ばれます。それらは「ひもcords」ではないし、ヴァイオリンの弦のような機能を果たすこともないと云うことを最初に理解しておくことは重要です。この不運な表現から引き出されることは、喉頭のより重要な細部を述べるときに説明しましょう。しかし、とりあえず、その主な用途である単にバルブ、弁としての仕組みを考えましょう。Fig. 14 Movement of Epiglottis

図 14.  喉頭蓋の動き Bell Telephne Photographs. 喉頭蓋は、異物の侵入の危険があるとき、または、大声で歌ったときのように,過剰な労力があるレベルに達したとき、本能的に下降する。声門がよく見える写真を撮ること、特に歌手にとって良い条件で撮影することがいかに難しいかが分かる。ここでは、声帯は逆V字の型で離れている。発声のためには声帯のうしろはし(写真の下方)の軟骨は互いに引き寄せられ、声門は閉じる。

161 様々な目的のために、バルブは息の動きを止めなければなりません。1つの例を挙げると、重い物を持ち上げるような仕事をするときはいつでも、胸はテコ(腕)のより良い操作を準備するために固定されなければなりません。それは人が肉体的な努力をするときによくうなる原因となります;うなり声は、バルブがスリップすることです。それは一般的に、努力の最中ではなく、力を緩めた瞬間に起こります。バルブはまた、排便の重要な行為のためにも必要です。腹筋と横隔膜の協同作業は身体から老廃物を追い出し、そして、横隔膜の下降は、肺を膨らませ、息を保つことによって止められる。

162 第2の機能として、多くの動物はバルブで音を出します。これらの音は目的があり、人の場合、それらは芸術となります。芸術は自然を改良したものです。私は、歌うことは「自然」でなければならないという考え方が有益であるとは思えません。第1に、「自然」が何かを誰も知らない、それは、人が習慣的にやっていることに対して使う言い方です。第2に、多くの自然な機能があります(それらが本能的なのもであるという意味で)、そしてそれらは歌うことの助けにはなりません、そして、人は、上手く歌うためのこれらの傾向を克服することを学ぶだけである。だから私は、それは自然だからと云うことによって、自分の教えを正当化しようとはしません。芸術は、それが「自然に見える」ときに最も偉大な物となりますが、これは最も困難な成果の1つに過ぎません。

The Attack 起声

164 その時、歌手の問題は、呼吸筋の収縮とバルブの筋肉の緊張との間の最も効率のよいバランスを作ることにあります。正しい調整はすぐに達成されなければならず、音が作られた後からの再調整は、困難であると同時に美的ではありません。この問題を解決した歌手は、よいアタックを持っていると云われます。

165 加減されなければならない不適切なバランスの2つの極端な例は、気息音質と緊張声です。バルブが緩みすぎて息を浪費させると、音声を出している前と途中でバルブは強さと輝きを欠くことになるでしょう。振動を生み出せず、すぐに息を使い切ってしまい、むらのあるはらはら音が多く聞こえるでしょう。もしそれが声の出し始めに来れば、小さな「h」音として確かめることができます。この2つの極端な気息音質と緊張音は、Par. 54 で説明した2つの異なるマウスピースの概念とよく関連しています。今は、ベルヌ-イの法則の説明に進みましょう。

The Bernoulli Effect ベルヌーイ効果

166 この物理的現象に私が注意を向けるようになったのはRobert Taylor のおかげです。彼は次のように述べました、この科学の時代に,声門は息だけで振動させることができ、声門閉鎖ですら空気の流れによって部分的に達成できると云うことを立証すれば、歌の学生に過重な筋肉の強さを用いないで済むと簡単に納得させることが出来る。

167 もし、声の教育界の荒野において、テイラーの「ベルヌ-イ」という呼びかけがささやかなものであったとしても、声の科学の世界に於いては、彼1人ではありませんでした。Van den Berg その他は、Journal of the Acausic society of America に、その主題で詳細な論文を書いています。またその他の人々は、振動現象を説明するときにベルヌ-イ効果に言及していました。

168 ベルヌ-イが表明した定理は、多くの応用法を持っています。それは航空学に於ける引き上げる力であり、噴霧器に必要な吸引力を生み出し、また、管楽器の振動の要因となります。その簡単な実演は、図 15. で示されます。一枚の手紙サイズの紙をあごにあて(図 15 A)そして息を吹き出すと、紙は水平線上の位置へ(図 15. B)に浮き上がるでしょう。この理由は、気体(液体でも)が動いているときは、その周辺の通常の圧力より圧力が減少します。図15.のA では、大気圧(矢印で示された)は紙の両側に普通に掛かかり、紙はその重さで下に落ちます。図 15.のB では、紙の上での空気の動きによって、減圧されるために、下にある通常の圧力が、紙を浮き上がらせるのに十分な圧力となるのです。Fig. 16. Diagram of Atomizer Compared with Tomogram of LarynxFig. 15 Demonstration of Bernoulli Effect図 16. 気管の息の流れ(大きな矢印)は、声帯を引き寄せる(小さな矢印)声帯のすぐ上に見える1対の陰は、室襞(ventricular folds)、あるいは仮声帯である。X線断層写真は、Ban Den Berg による。NAT Bulletin より転載。

169 図16. は、噴霧器の図です。空気(あるいは水、殺虫スプレーのような、よくガーデンホースと一緒に使われる)は、図の左から右へ正確に動いています。このチューブは狭く、それがこのポイントを通過する速さを一定にする原因となります。チューブの開口部はここだけにあり、そこから下に向かって、スプレーされる液体を入れたビンに伸びています。減圧された気圧は空気(または水)の流れによって液体を流れの中に引き上げ、噴霧器の外へ吹き出されます。

170 さて、図16. の図に戻りましょう。噴霧器が、X線断層写真で見られる気管と喉頭の横断面とがいかに似ているかを見てください。声帯の外側の下部(図の左側)は、じょうご型をしています。たしかに、底にある皮膜は、弾性円錐(conus elasticus)と呼ばれています。声帯が互いに適切に閉じられるとき、それと同時に息が流れていれば、それらを引きつけるベルヌ-イ効果のために十分な息のとおりみちの狭小化が生じます。

The Bernoulli Effect in Laughing 笑いに於けるベルヌーイ効果

171 実は、笑いに於いて声帯筋は正にこの方法で、互いに吸込まれます。Moore とvon Leden は、一般に「ha-ha-ha」と書き表される、言わば笑いに関する注意深い研究を出版しました。図 17 は、これらの「ha-ha-ha」の1つから、声門を閉じることによって得られるハイスピード撮影のこまを表しています。これらの写真では、披裂軟骨が下に見え、声帯は上に伸びています。

172 これまでに喉頭生理学を学んでいなかったり、第4章での資料を理解した後でそれらを読み返してみたくなったならば、あなたは次のいくつかの項目が、いくらか技術的なものであることを見いだすかもしれません。それと共に、あなたがたは、今日の討論の本質的なものについて行くことができるだろうと思います。いわゆる声帯と云われるものは、前部の筋肉部(靱帯の縁を伴う)と、後部の軟骨部からできている複合体組織です。(声帯の)筋肉は甲状軟骨の前の角からはじまっているので、前の端(写真の上方)はいつでもくっついていますが、披裂軟骨の動きによって声門は開閉されます。その披裂軟骨は、声帯筋以外の3つの筋肉セットによってコントロールされます。

173 図17 のAでは、声門はかなり広く開いていおり、CからL の一連の動きで披裂軟骨はほとんど一定の割合で閉じていますが、声帯筋は何か別のことをしています。ベルヌ-イ効果は、披裂軟骨が引き合わされるよりも早くそれらを引き合わせます。Dではほとんど接しています。しかし、それらの弾性は、それらを再び引き離し(E-H)、そのあと、空気流によって吸込まれ再びくっつこうとします(I-L)。Lに於いて,声門筋肉部が閉じられているにもかかわらず、声門軟骨部はまだいくぶんか開いています。Mooreと von Ledenは、次のように報告しています。実際に、声門筋肉部は2つ以上の振動を達成する、しっかり閉じた状態、そして、軟骨が閉じる前に、開いた状態よりも長いあいだ閉じたままの状態である。

図18。帯気音アタックに於ける声襞と披裂軟骨の動き
図17の中で示される、Fastaxカメラで撮られた連続する動きのグラフ。(Folia Phoniatrica and NATS Bulletin. )各々の一コマの中で測られる筋肉襞の間の距離は、上のグラフに示されます。下の縁に0-120の数が示されています。各々の一コマの中で測られる筋肉襞の中間の距離は、上のグラフに示されます。5つの別々の完全な振動性の動きが見られます。披裂軟骨の間の距離は、下のグラフに示されます。披裂軟骨が完全に接近される前に、筋肉(または靭帯の声門)の3つの振動があることに注意して下さい。図17Aは、このグラフの前に起こった一コマです。垂直の点線は、それぞれの一コマがこのグラフのあるべき所を示しています。図17Bはコマ1です;図17Cはコマ15、その他です。

Two Concepts of Vibration 2つの振動の概念

174 これは、振動が気息音[h]によって始める方法です。披裂間筋の動きによって声門が閉じているにもかかわらず息は流れています。声帯筋がほぼ必要なだけ接近したとき、たとえ軟骨が完全に閉じる前でも、ベルヌ-イ効果によってそれら(声帯筋)は、振動し始めます。軟骨が接合された後(たとえそれが不完全なものであっても)一連の空気力学上の要因は次のものです:第1に、息の流れは声門を吸込んで閉じる;これは流れを一瞬止めます、その後、息の圧力は再び声門を吹き開け;空気の流れは再び始まり、そして、そのサイクルを繰り返します。

175 これは、通常説明されてきた振動の仕方とはずいぶん違っています。実際、私自身、Par.54で、「唇は、その緊張よりも息の圧力がより大きくなるまで息を押しとどめる。それから、空気の瞬間的な一吐きがもれて、再び唇の外気の流れを止めることができるまで息の圧力を減少させる。」ここでの発想は、息の圧力に対抗する一種の筋肉緊張です。古い考え方は、筋弾力線維性の側につきます;新しい考え方は、筋肉の要因は否定しませんが、それに依存することはありません-それは、完全な空気力学で,息の流れを重要視します。

176 あなたは、2枚の紙を唇の両脇に持ち、その中間で息を吹くことにより、純正な空気力学的振動を実演することができます。両手にそれぞれシートを垂直に持ちなさい、それらは別々に垂れ下がるでしょう。しかしそれらの間に息を吹きかけると紙は互いに引き寄せられ振動し始めるでしょう。ベルヌ-イ効果がそれらをたがいに引き寄せ、一瞬空気の流れを止め、吹き分けられ,再び吸い寄せられます。そのサイクルは、あなたが吹き続ける限り繰り返されます。

177 実際に我々は、発声のコンセプトに於いてこれらの両方の考え方を結合しなければなりません。こえは、筋弾力線維性-空気力学性現象(myoelastic-aerodynamic phenomenonn)です(van den Berg)。しかし、我々の教えに於いては、筋肉よりもむしろ息を重要視する方が望ましいでしょう。重要視の違いは、母音の声だしアタックで、あり得る2つのアタックの違いに典型的に示されます。これは、私が自分自身を完全主義者にする歌唱上の1つの細目です。

178 母音アタックで同時にやらなければならない2つの行為があります。披裂間筋で声門を閉じなければならないこと(他の喉頭の筋肉からの助けによって)、そして、息を流さなければならないことです。もし2つの行為が完全に同時に行われたら、我々はよく言われるように、完璧なsimultaneous attack 或いは、Instantaneous attack をしていることになります。しかし、生徒は完璧に到達するのは無理として、どっちの行為を先にやるべきなのでしょうか? 息を流すこと、或いは、喉を閉じることのどちらの行為に集中すべきなのでしょうか?

The Glottal Plosive 声門破裂

179 もし声門が最初に閉じて、その後で息の圧力が加えられたら、圧力(pressure)が、筋肉の緊張(tension)に打ち勝ったように、空気の破裂を伴って振動し始める。ベルヌ-イ効果はその後で、プロセスの一部として生じます、それは本当ですが、遅すぎます。筋肉の調整は均一なものではありません。Moore とvon Ledenは、声門破裂(glottal plosive)(この種のアタックに対する発声用語、par. 611)も同じく撮影され、それが気息声のアタックよりもいかに乱暴であるかを示しています。

図19。声門の破裂での声襞  最初の4つの画像の間の広い空間は、4コマが除かれることを示します。Dから始まって、コマは連続します。

180 19図は、Paul Moore によって準備されました。最初の写真Aは、17図B におおよそ該当し、声門が閉じているのが見られます。19図Bで、披裂軟骨が並行していないこと、そして、最初に声帯突起(vocal process)があっていることに注意して下さい。摩擦は、軟骨がさらにくっつき合うにつれて、このように声帯突起の間で作らます、実際に声帯破裂が繰り返されることで軟骨間に接触潰瘍を作ることになります。19図Cでは声門の閉鎖は完全でその緊張状態は、喉頭頸部が声門に覆い被さって閉じているということによって観察されます。喉頭蓋はさがり(上の右)サントリーニ軟骨は内側に動いています(写真の下側)。仮声帯または室襞は両側で真声帯の上に覆い被さって閉じています。Dr. Mooreは、2,3枚後のフレームで真声帯は全く不明瞭になっていると書いています。声門破裂は、実際には軽い咳です。喉頭全体はその為に緊張します。声門破裂は喉頭学者が同意するものではありますが、デリケートな組織に損害を与えます。

181 Dから始まる19図の残りの写真は、1秒間に400枚の連続したフレームで、振動の最初の3回半周期を表示しています。その収縮に注意して下さい。声門は部分的にのみ開いて、軟骨は硬く保持されたままです。4回目の周期(下段右の最後の写真から始まる)で、全声門が開いている。Dr. Mooreは、彼の研究所のいくつかのフィルムで声帯の全面が活動するまでに22回もの振動サイクルを経過すると書いている。

The Imaginary Aspirate イメージの息

182 自由な喉頭の働きを引き出す起声(attack)は、最初に息の流れが始まって、その後で声門が閉鎖されるものです。振動は実際にベルヌ-イ効果によって始まり、声門破裂のような、声帯が互いに引き合わされる緊張した筋肉調整は決して必要としません。結果は真に「息で歌う」事です。ベルヌ-イ効果に於いて、我々はこの伝統的な経験に基づく概念の科学的な解釈を見いだします。

183 気息声アタックは息の混ざった音質の原因になるという反論はよく成されます。極端な息が混ざる声の場合、声門破裂はこの誤りを克服する一つの手段になるなるかもしれないと云うことは私も認めます。しかしそれは危険な矯正法です。スピーチの大家達が云うようなglottal rattle や[フライ]は、よいものです。しかしながら、気息声アタックは息を混ぜる必要はありません。実際のところ母音の明瞭さのために[h]で息をまぜることによる非常にこの上ない反応があり得ます。笑うときのことを考えて下さい。息は、haとhaの間で息はたっぷりと流れますが、母音の音はそれ自体大きくはっきり聞こえます。

184 多くのケースで,過度の[h]の使用は慎重でなければなりません。それはバルブをリラックスさせるのはたしかです。逆にその時、突然、しっかりした、大きい母音が続いて起こります。スタッカートの作業に於いて、バルブはその時、緊張が高まる直前にすぐさま緩められます。

 185 もちろん、聞こえる[h]は、正しいアタックを習得するためのただの松葉杖にすぎません。いったん母音が明快になったら、[h]を発音するための不要の時間や息の量は、最終的にただ[h]をイメージするだけの”imaginary h”(イメージのh)まで縮小されなければなりません。Mynard Jones はこれを、”unaspirated h”(無気音のh)と呼んでいます。このようなアタックを強調することが、最も直接的に自由を、或いは、「息の上で歌うこと(singing on the breath)」を教える方法であると私は確信しています。初心者は不注意な声門破裂を用いるよりも、充分満足できる音に到達できないかもしれません、しかし「イメージのh」ではじめた母音には未来があります。声門破裂はより多くの緊張に導くだけです。

186 「イメージのh」の有効性はアタックだけに限られたものではありません。それが必要とされる場合にはいつでも自由を促進させます。例えば、歌手が同じ母音で,上方に跳躍するときに気息音が聞こえる事がよくあります。これはパフォーマンスとしてはお粗末ではありますが、実践としては有益なもとなります。気息音なしでは、歌手は単純に低い音を出すのと同じ喉頭の調整で、喉頭内の緊張を増やしながら高い音に駆り立てることになるかもしれません。気息音によって、低い音の調整は解放され、より高い音への新たな調整が獲得されます。それが習得されたとき、気息音は不要になりますが、それでもイメージされなければなりません。

The Stroke of the Glottis 声門打撃

187[h]を使うアタックは、声門破裂と同じくらいの明瞭さが可能です。実際のところ、息が何かを打つ感覚は、むしろ声門破裂を行うときよりもはっきりと感じます。別の言い方をすれば、ベルヌーイの吸引による閉鎖は、元来は「声門打撃(stroke of the glottis)」と云われていたものなのでしょう。言外の意味は、最初は相反するものでなくとも、その言い方が声門打撃の意味の変化に伴い同じ事を意味しなくなったのです。この理由によって、「声門打撃(glottal stroke)」という言い方は避けることが望ましいと思われます、何故なら、そのことが意味することを他者に伝えることは決してできないからです。

188 ガルシアは、coup de glotte を擁護し、それを子音[p]にたとえて破裂(plosive)と云いました。しかしながら、彼はこうも云っています;「アーティキュレーション、または、咳のような胸の打撃を伴った声門の打撃、或いは、のどから異物を吐き出そうとする努力などと混同することを防ぐことは非常に重要である。」我々はFastax 写真の助けを借りて見ることが出来ますが、声門破裂は正に咳そのもので,違いは程度の差だけです。一方、肉眼で喉頭鏡(ガルシアはこれしか持っていなかった)に見える”imaginary aspirate”は、唇が破裂音を作るのに非常に似ています。

189 私は、ガルシアがcoup de glotte と言う表現を作り出したとき、彼は声門破裂のつもりで云ったのではないと確信しています。その用語は転化された以上使用されないのが望ましい。下の意味に戻すことはおそらく無理でしょう。我々にできる最善のことは、現在のその使い方に対する責任からガルシアを赦免することです。「imaginary h(イメージのh)」或いは「imaginary aspirate (イメージの息)」と言う表現が教育学的に有益で、望ましいアタックの的確な記述のされ方として推奨されます。

図20 声門破裂のグラフ
グラフの下部は、マイクロフォンによって得られた声門破裂を伴うアタックの2つの音声の振動パターンを示す。グラフの中部は、流気の割合で、マイクロフォン・パターンに一致する。実際の息の一吐きを記録するが、プリントに複写する際には、非常に薄くなっています。グラフの上部は、ヴォリュームで、吐かれた空気の総量を示しています。すべての流れの割合はこの線で算定され、流れがないときには水平に、流れがあるときは上に傾斜します。勾配度の大きさは流れの割合によって大きくなります。

Pneumotachograms of Various Attacks 呼吸流量図

190 最近になって息の流れの比率と総量を正確に想定し、それを記録する呼吸流量図が考案され、そのおかげで紙面上に見ることができ、また、異なった条件下での息の流れが比較できるようになりました。この機器の原理はこうです:空気の流れが緻密な金網状のスクリーンを通過することによって、抵抗が示されれば、スクリーンの表面の空気圧は、空気が流れた後の裏面よりも大きくなります。被験者は、彼の息の全てを捕らえられるように筒の中に歌います。これは、鼻孔をつまむ、或いは、鼻と口の両方にぴったりと被さる吸入器のような面体を準備することによってどちらも保証されます。空気は湿気の凝結を防ぐために電気的に暖められた400メッシュのモネル金属スクリーンを通過してチューブを流れます。小さなチューブは、空気圧をスクリーンの両側からごく微量の圧力を測定する変換器に、ごく微量な緊張を与えます。抵抗は非常に少ないので、歌手はそれには気づきません。その結果が動く細長い感光紙に複写されます。マイクロフォンからの信号もおなじ紙の別のチャンネルに複写されます。

191 Nobuhiko Isshiki は呼吸流量計を組み立て、私が実演した様々なアタックを記録してくれました。図20は、声門破裂のグラフです。息の消費を表す線は、図の下部に記されたマイクロフォンに記録されたものと同時のアタックの瞬間までフラットで、息が排出されていないことを示しています。

192 21図は、気息性アタックを示しています。そこでは、母音の開始前に1/4秒以下の短い間に息の迅速な流れが見られます。空気の流れはlaminar(smooth)か、乱流(turbulent)です。他の要素が一定しているあるポイントを超えて息の比率が増加すると、息の流れは乱れて渦を作り、-このケースでは[h]音素が聞き取れます。その現象はガスの栓をひねったときに聞こえます。流れが乱流を作るほど大きくなるまで、音は聞こえません。

21図 気息性のグラフ
ヴォリュームのグラフの急な勾配は発声前の急速な息の消費を示しています。最初のケースでは、0.15秒に140立方cm(流出率 940cc/sec)そして2番目のケースでは、0.25秒に180立方cm(720cc/sec) 流出率は、息の音が聞き取れる息の乱流の原因になるぐらい高い 。

193 22図は、「イメージのh」を示しています。これは、この研究に於ける他のいかなるアタックよりもガルシアがcoup de glotte について述べた状態に最も近いものです。音声が始まる前の1/4びょうに息が流れ始めますが、耳には息の音は聞き取れません。

22図 「イメージのh」のグラフ
気息性と似ている、ただし、息の消費量はより少なく60cc、 0.25秒(流出率240cc/秒)この割合では、乱流はなく[h]は聞こえない。

23図 唇の破裂音と付随的なh
音節 [pa]、「イメージのh」と同様の[p]と[a]の間の音のない息の流れに注目。

The Rattle or Scrape of the Glottis 声門のがらがら音またはこすれ音

195 咳は悪性の「打撃(stroke)」の実例で「声門ショック」と呼ばれてきました。ガルシアの「声門活動の感覚」を得るための決まり文句は:「ほとんど感知できないほどの咳」(Garcia: Hits on Singing, p.5)です。しかし、ショックからはほど遠い、このゆるやかな「はじけ(popping)」は、バルブの筋肉(声帯筋)にとって有益な訓練となります。単独の「はじけ(pops)」(それは、ゆるやかでなければならず、いかなる発話器官にも目立つ動きがあってはならない)は、「rattle」*或いは「glottal scrape」*に加速されることができます。
*【rattle ガラガラ音:素早い一連の声門のはじき。”Scrape of the glottis.”「声門の衝突。」 ヴォーカル・フライまたは声門フライ。”scrape of the glottis”「声門の衝突」:喉頭内での漏れる息の無声のガラガラ音(Bratt)。】Allan Rogers Lindquest によれば「声門の衝突」やscraspning(scrapning,こすることのミスプリか?)は、偉大なスウェーデンの権威Gillis Bratt のメトードの一部分です。この練習法は、特に息の多い生徒に有効です。気息質の音声は、ラトルのために必要とされる緊張によって発せられることはありません。しかし、その緊張は、喉を締め付けることなく声門を調整する理想的なもので、緊張過多の生徒の助けになります。無声のラトルは声にすることによって低くとどろく音になるでしょう。このアプローチは182節での説明とは逆になります。「イメージのh」は、より高い音に向いています、そこでは緊張は危険なものとなるからです、そして、ラトルは低音に良く、確かに低い声域を作ります。それは特に低い音に有益です。

196 呼吸エクササイズからの移行として、あなたは、生徒に浅息呼吸エクササイズ(panting exercises)に続いてスタッカートのアタックをさせたいと思うかもしれません。腹部に圧力を加える正にその瞬間にバルブを閉じるる事を、彼らを教えてください。それらが完全に一致しないならば、そうでないときよりも「h」が多くなりすぎているという過ちを犯しています。彼らが、はねる上腹部の「根本の問題から注意をそらすもの」にまごつくほど、繊細でないことを期待して下さい。スタッカートの訓練は、レガートの訓練と同時に行って下さい。私はよく次のようなたとえを使います;仕事は肺の底の筋肉によって行われる。彼らは、塔の下にいる鐘突き人です。彼がロープを引っ張ると塔のてっぺんで鐘が鳴ります。あなたの鐘が、喉の中でなるのではなく、頭の高いところ、または、口の前の外側でなっているのを確かめなさい。

197 私は歌手に、「4つのロウソクを吹き消し」(パンチングの別のやり方で)、続いて、4つの「イメージのh」で吹き消すように求めます。我々は、四つの、そして、際限なく繰り返す規則的なリズムを確認します。これのすぐ後で、エクササイズの終わりに支えられた音を加え、「息の上に腰かける(sitting on the breath)」感覚を得るように試します(Par.145)。そのトリックによて、ロウソクを吹き消すが無駄な呼気を作らないのと同じやり方で、音を持続させるための吸い方となります。正しいアタックを学ぶ際に、ある程度の息の量は無駄になるでしょう、しかし、一旦「息の上で」歌うトリックがマスターされるならば、歌手は彼の支えられた音が非常に効率的で、十分に長くすることができることを発見するでしょう。ベルヌーイ結果の法則はこうです、息の中途半端な適用は、ただ「漏れ」出すことだけだが、大胆な適用は、声門を吸いこみ直ちに閉鎖し、過剰な筋肉の緊張も空気の無駄もない、声のために必要とされる圧力を生成します。

Mental Preparation for the Attack アタックのための心の準備

198 アタックの考察を終える前に、我々は、もちろん、耳が全てのプロセスをモニターする点に注意しなければなりません。これは、正しいアタックは行動する前に耳の中で想像されなければならないことを意味します。多くの教師達は、全く正しく、全てのテクニックの必須条件として、心的な発想を非常に重要視します。これはいままでさんざん言われてきたこと、そしてまた、音程のことも含みます。「ズリ上げ(scooping)」の嘆かわしい習慣は、声を前もって考えないで、声を出した後で音程を合わせるのが原因で起こります。実際、全ての音楽のフレーズは、前もって心の中になくてはなりません。天賦の才能を持った生徒にとって、心の中で前もって調整が成されていることは当然のことと思われるかもしれませんが、他の人たちはどうでしょうか。たぶん、教師にとって最も重要な責任は、彼らが跳躍する前に見ること、あるいはむしろ彼らが歌う前に考えることを要求することではないでしょうか。

図23.5 異なるアタックの音響分析図
van den Berg と Vennard からNATS Bulletin.
ピッチE3 バス記号、1.声門破裂 0.3秒 2.気息性アタック 0.42秒 3.「イマジナリーh」のソフトアタック 0.77秒 4.「イマジナリーh」の声門破裂と同じぐらい急な状態で 0.77秒 ラインの上は大きさを記す。ソナグラフィーは、458節で取り扱われる。

[ 山本隆則:訳 2008,  9, 9. ]