発声過程におけるせき止めは、すでに古代において知られていた。16世紀になって、それは再び言及されることになった。20世紀にはそれはゲオルゲ・アミンによって新たに発見され,歌手の声と歌唱過程に対する〈唯一の原理〉として狂信的に宣伝された。アルミンによれば、せき止め力の助けを借りて、自然声は粉々に砕かれ、その残骸の中から新しい、完成された歌手の声が築かれねばならない、というのであった。
音声学者と声の医者はこのような無理なやり方に反対した。口の悪い人たちは,せき止め原理によって損傷を受けた歌手の団体すら設立された、などといううわさを広めた。声楽界はこの原理に対してどのような態度を取るべきなのであろうか?
歌唱は流れるものでありながら,同時に保持されるものでなければならないと言うこと、したがって、歌唱においては〈流れる音響〉の原則に対して,圧縮された呼吸(そして言わば立ち止まった音)の原理が対極的に向かい合うということは、われわれの領域のパラドックスのひとつである。ここにおいても、芸術ではいたるところでそうであるように、一見矛盾する事柄を統合することこそ重要なのである。
正しいせき止めを行う瞬間には、健全なる声帯閉鎖は、肺の呼気傾向の高まりと、横隔膜と胸郭部における一定の吸気傾向との間の一種の結合を生み出すが、このことが支えられたフォルテ音を出す際の息の調節にとって重要なことである。 そのようにして得られた理想的な内部的圧力状態は,外側から加えられる胴体部筋力の如何なる意図的な圧迫によっても阻害されてしまう。その過程全体の中で柔軟に振動準備態勢を整えることのみが、浮動するピアノを行う弱音化能力との結びつきを確かなものにするのである。
せき止め法の中にある真実の核心は、フォルテ歌唱のさいの歌手の圧縮された呼吸力と言うことである―この呼吸力はフォルテにおける、より強い、積極的な声帯閉鎖に応じて生ずる。アルミンの大きな功績は、強いフォルテに絶対に必要な圧縮を観察し、その身体的過程を描き、そしてそれを〈せき止め力〉という名称で新たに命名したことであった。一面的で、小心翼々とした、か細い声しか出させない方法と対比して、この功績には議論の余地はない。せき止めにおける身体的力に関するアルミンの本来の記述(上胸郭を静かに隆起させ、力強い腹筋を背中に向かって内側へ通してゆく)が、歌手達によって大幅に変更解釈され、せき止めという標語が〈せき止めによって張り出された〉身体という意味に改ざんされたことは、決して彼の責任に帰せられるべきではない。 しかし、〈せき止め原理〉という比較的粗野な名称に、更にもっと粗野な実践的教示、声帯閉鎖をまさに荒廃させる教示が付加されて閉まったことは、せき止め原理の父の不幸であり,彼に忠誠を誓ったせき止め原理主義者達の不幸であった―そして、それを実践して声をつぶしてしまった人々にはもっと大きな不幸であったが、それもこのような一面的な狂信のせいなのである。
「熱心と狂信―前者は迷い、過ぎ去ることがあるが,後者は常に迷ったままで持続する」。これはフランスの偉大なモラリストの一人の天才的な観察である![歌唱芸術のすべて フランツィスカ・マルティーンセン=ローマン著 荘 智世恵、中澤英雄:共訳 1956年]
せき止め原理に対するマルティーンセンの説明は、appoggio との類似性を思い起こさせるが、その関連性について、James Stark はBel Canto のappoggion の章で詳しく述べています。
19世紀後半から20世紀初頭の間に、あるドイツの発声教師は、いくつかの問題ある,そして議論の余地のある概念である、Stutze:支え、支柱、またStauprizip(stemming principle:せき止め理論)として知られているブレスコントロールの特別な方法論を展開した。何人かの著者達は、Stauprinzip をappoggio と同じ意味と考えた。
Georg Armin, Stauprizip の代弁者として最も初期に出版した人の一人だが、彼はそれを1850年代のFriedrich Schmit, 1890年代のMuller-Brunow やLauritz Christian Torseleff まで遡った。[Armin 1946, 5]
アルミンの書物、Das Stauprizip und die Lehre von Dualismus der menschlichen Stimme (せき止めと人間の声の二元論の学説)は、1909年にライプツィヒで出版された。この書物は、人間の声の「二元性:dualism」を中心に展開するこのテクニックの高度な論争を巻き起こす記述である。二元性によって歌唱中の呼吸作用の吸気筋、呼気筋間の相反する綱引きを説明しようとした。
Rudolf Schilling (1925) は、せき止めの正当化に,冷静で科学的であった。彼は、歌唱中の横隔膜と肋間筋の活動、さらに声門閉鎖時の異なる空気流の割合などを計測するために数多くの実験を行った。彼もまた、吸気筋と呼気筋のバランスを取る必要性と、声門抵抗とその調整の必要性を強調した。 Luchsinger とArnold は、Armin とShilling の仕事の概要の中で「ほんのわずかなせき止めはブレスサポートの昔の方法であるベルカントのアポッジオに等しい。」(Luchsinger, Arnold 1965, 13-14)と言っている。後にマルティーンセン夫人はブレスコントロールの解説でappoggio とstutze(支え)の概念におけるドイツの著者達の間のわずかな意味の違いについて考察している。(1993,31-2) 彼女は大抵の場合2つの用語をほぼ同義語と見なしており、どちらの概念も呼吸筋の吸―呼バランスの機能、それと同じく喉頭筋による息に対する声門抵抗に焦点を与えている。マルティーンセンはstutze は明らかにワーグナー向きの強固で精力的な声の使用に向いていると注意している。彼女は、このテクニックの達人として偉大なイタリアのテノールEnrico Caruso をあげている。
Stauprinzip は高い声門下圧を必要とする強い声の使用であるという見方は重要である。何人かの著者、ルフジンガーとアーノルドを含む、はせき止めはアポジャーテと一致するというとき、多分それらのケースを誇張していっているのだろう。せき止めがアポジャーテと同じ原理のいくつかの性質が幾分かでもあるとき、それはより極端なフォームになる;高い声門下圧、強い息に対する声門の抵抗、そして低い喉頭の位置。アポッジオとせき止めの違いはこのように程度の差であって種類の違いではない。19世紀後半になると,大編成のオーケストラを飛び越えて聞こえてくるような十分な力を持った朗吟風の様式で歌う能力は、優雅でしなやかな初期のオペラ歌唱よりも重要になった。
しかし、より最近の著者達はこのStauprinzip を声にとっては危険なものとして攻撃した。例えば、フースラ―は、〈鬱積法〉とよび、「この方法は今までに無数の声を破滅させてきたのに,長い間続いてきているし、今なを新しい熱狂的な信奉者を得ている。」(フースラー,p.59) また、更に最近の著者、マレクは、腹式呼吸(ベリー・アウト)とせき止めを結びつけ、つぎのようにStauprinzip を説明しています。
このテクニックの主要な特質は、腹部を外と下に押し込んで、胸を低い位置で保つ事である。これは腹部にほとんどの息を配分する効果を持っている。そのため、呼気状態の間、気管と肺の重量によって喉頭をさらに下へ引こうとするために、もっぱら腹部の筋肉を使う。 [Marek, Singing 71]
実際に歌手はこの技術をどのように扱っていたかの証言は、リリーレーマンのHow to Sing 1902年初版に見られる。
このフォーム、息を蓄える空間、そして息の圧力などは、実に複雑である。底には腹部や横隔膜や胸筋の働きが含まれている。次に、よく言われている言葉に「Atemstauen(息をせき止めること)」、「Stauprinzip(せき止め原理)」等があるが、こうした原理は誤解されやすく、生徒は、横隔膜を硬くしたり、息をつまらせたり、さらに身体の器官をがちがちにしたりする(危険性をはらんでいる)。[リリー・レーマン著、私の歌唱法 川口豊訳 29頁]