第2章 
Harmonics Primer
倍音入門

Musical Tone:楽音
楽音は通常多くの周波数で構成される音である。そして、その周波数の全ては、基本周波数(fundamental frequency(*1))と呼ばれる最小公分母周波数の倍数である。これらの周波数成分の各々は、倍音と呼ばれる。互いに、それらは、その最小公分母の周波数で繰り返し現れるサウンド・プレッシャー・パターン(pressure waveform:圧力波形)を形づくる。その基本周波数に対する我々の知覚対象はピッチ(pitch)と呼ばれる。すべての周波数成分の相対的な力-基音とより高い周波数または倍音―は、H1、H2、H3、などとして最も低いものから番号をつけられる。音楽的に表記されたピッチが周波数に関して対数関数的であるので、Figure 1で示すように、1オクターブ、完全な第5、完全な4度、長3度、短3度などで始まるサイズで、倍音列の次の倍音との音の間隔は少なくなる。

図 1: ピッチC3の倍音列の最初の8つの周波数の音程関係。

(*1)このテキストを通して、太字の書体で印刷される用語の説明は、104ページから始まる語義の項で見ることができる。

Voice Acoustics:音声音響学
音声音響学は、主に2つの要因から構成される:voice source(喉頭音源)または振動体(それは1セットの倍音群を生成する)、そして、共鳴体のvocal tract filter(声道フィルター)、それは喉頭音源に含まれているいくつかの周波数を選択的に強化するか、弱体化する。これらの2つの要因の間の相互影響の作用は、音響音声教育学の第一の関心事である。この章(倍音入門)は前者 ― 喉頭音源とその寄与(声が作られる音響の原料を構成する) ― を、探究する。後の章(フォルマント入門)は共鳴体としての声道の特徴を探究するだろう。その後に、これらの2つの要因が調和して、相互作用する方法を調べる第3章(フォルマント/倍音相互作用)が続く。

Voice Source Harmonics:喉頭音源の倍音
雑音がない歌唱スタイル(*2)では、喉頭音源音は、振動体(声帯)(歌われているピッチ(別の言い方で、通常作曲家によって決められたピッチ)で、周波数は決定される)によって生成されるほぼ調和的な周波数の集合からなる。西洋クラシック歌唱の典型的に響き渡る音声において、これらの周波数は、毎秒ほぼ6回の速度で目標周波数集合(目的とされたピッチ)の上下で定期的に変動して、音声ビブラート現象を生成する。また、いくつかのノイズ要素があるだろう、しかし、発声がより良く又は「より純粋」になるほど、ノイズに対する倍音の割合は高くなる、-つまり、ノイズはより少なくなる。優れた音声において、ノイズは知覚されない、換言すると、すべてが倍音周波数構成要素となる。声道で共鳴される前に、喉頭音源からの倍音は「roll off*」、あるいは、より高い周波数の力を弱体化する、いくつかの可変部分に影響を受けるが、周波数の速度に於いて、それらは第1倍音または基本周波数より上にある。しかし、理想的にオクターブにつきおよそ12デシベル(dB)で弱くなる。(図2を見る。)この共鳴されずに、出された「喉頭のうなり音」は、重要であるが、驚くほど魅力がない(Madde探究1を見る)。

(*2) 西洋のクラシック歌唱の音の理念は、知覚的に「純粋な」音声を追求し続ける ― 少なくともその母音において。ノイズとは、音の中の非倍音周波数の存在のことである。一部の歌唱スタイルは、音パレットの一部としてノイズ要素を含む。

【*roll off:或る周波数を超えたときの信号の損失や滅衰の割合】

Madde探究1:非共鳴の喉頭音源 (付録1(117ページ)を参照)

Voice Source Harmonic Characteristicx:喉頭音源の倍音特性
喉頭音源からの聞き取れる倍音の数と力は、4つの要因によって決定される:発声の方法、喉頭声区、強さ、そして、基本周波数。

Figure 2: Power Spectrum

図2:およそ12dB/オクターブでロール・オフを伴う喉頭声源のパワースペクトル。パワースペクトルは、垂直軸で力を水平軸で周波数を表示する。

Mode of Phonation:発声のモード
発声モード(mode of phonation)は3つの要因に関係している:呼吸圧力、空気流、声門(バルブ)の抵抗。
これらのうち、呼吸圧力(胴の圧縮による)の量、声門の内転の種類と度合いは、能動的で、原因となるものであり、コントロールする要素である、そして、その結果が空気流量となる。
これらの要素は、発声方程式(phonation equation(*3))として表すことが出来る:呼吸圧力/空気流=声門抵抗。

・押した発声:pressed phonation(過剰な声門抵抗による発声)は、中程度の基本周波数(F0)または第1倍音(H1)、力の減衰率は遅く、したがって比較的多くの強い高い倍音を持つ。それゆえに、音質は金属的であるか、非常に明るい。Ex.:1/.5=2
・気息質の発声:breathy phonation (過剰な空気流による発声)は、中程度の強さの強いF0(H1)、しかし、力の滅衰率は速く、したがって高い倍音は少なくて弱い、しばしば若干の空気ノイズ要素を持つ。それゆえに、音質は息っぽく、フルートのようで、時には雑音が混ざる。Ex.:1/2= .5
・流動発声:flow phonationは、強いF0(H1)、中程度の滅衰率(1オクターブにつきおよそ12デシベル)そして良好な高い倍音集合を持つ。それゆえに、バランスのよい音質である。

(3)発声方程式で使われる数は、圧力、流れと抵抗の実際の大きさではない、むしろ、それらは与えられたあらゆる状況のための数字1を使ったモデリングであり、各々の理想的な量による象徴的な値である。もちろん、実際の値は、状況(例えば、ドラマティックなテノールのフォルテのC5対カウンター・テノールのメゾ・フォルテC5、)によって、必然的に異なるだろう、しかし、理想的なバランスならびにさまざまなアンバランスは、それぞれ状況に対して考えられ、モデル化される。そのようなモデリングは、アンバランスな性質を再考するために、そして、補正方策を工夫するために有益である。
多くの可能な分配量がこれらの要素の間にあるが、それらは2つの方法の1つであり、平衡状態であるかアンバランス:つまり、多すぎる空気流か必要以上に強い声門抵抗であるかのどちらかである。

Laryngeal Register:喉頭声区
喉頭声区とは、ピッチ調節のための声帯の筋肉調整のことである。これは、主に甲状披裂筋:thyroarytenoids(TA; 声帯本体を構成する筋肉を、短く・厚くする筋肉)、そして、輪状甲状筋: cricothyroids(CT;部分的に喉頭の外側にあリ、声帯を伸ばし・薄くする筋肉)によってコントロールされる。低い周波数で、短く、厚い、ゆるんだ声襞は、喉頭声区に於いて「胸から(chestier)」振動する、一方、高い周波数で長く、緊張した、薄い襞は、喉頭声区で「より頭(headier)」から振動する。(より詳細に、そして、トレーニングの提言のために喉頭声区再検討(93ページ)を参照。)

chestier:より胸(短い・厚い)の喉頭調整は、垂直位相差(vertical phase difference)(それぞれのサイクルで、声帯縁の下から上へと急転し、波動する接触による声帯の接触のより幅広い深さ)を持ち、多くの強い高い倍音を伴ったより複雑な圧力波形を生み出す。このより厚い声帯の形は、今は、振動モード1と言われるようになった。(*4)
headier:より頭(長い、薄い)の喉頭調整は、より単純に気流を「切る」(垂直の位相差は皆無かそれに近い)、より少ない急転で、強いF0(H1)によるより多くの正弦波圧力波動パターンを生成する、しかし、高い倍音は少なくて弱い。この声帯の形は、振動モード2と呼ばれる。

(*4) 振動モードとは、声帯の形、そして、声帯を形づくるさまざまな喉頭筋が、どの程度関与するかだけではなく、空気力学と、1つの振動モードから別のモードへ「切り換え」を誘発することができる音響の要素に影響を受ける振動パターンの特徴を指す。

Intensity:強さ(*5)
・強い発声は、多くの倍音と強い高い倍音を持つ
・弱い発声は、急勾配の滅衰率と弱い高く・少ない倍音を持つ。

(*5) 強さは、音量が知覚表象である身体的な特性である。用語は同義でないが、(周波数とピッチと同様に:脚注6を見る)、最も実際的な教育的目的のために、我々は区別に係わる必要はない。

Fundamental Frequency:基本周波数(H1)(だいたいピッチに等しい) (*6)
・低いF0(低いピッチ)は、聴き取れる範囲内の、多くのそして「接近した間隔の」倍音を持つ。例えば、男性歌唱C3(中間のC下の1オクターブ)は、キーボードの音域の中で、32の倍音を持つだろう。
・高いF0(高いピッチ)は、少ない、「広い間隔の」倍音を持つ。「ハイC」(C6)を歌っているソプラノは、キーボードの音域の中で、4つの倍音しか持たない。
・音質的に有意の聞き取れる音域(およそキーボードの範囲内、または約4200Hz以下で)の中の倍音の数は、了解度のためだけでなく音声共鳴(共鳴管理戦略)にも大きな影響を持つ。

(*6)ピッチは、多くの場合複合周波数からなる音圧パターンの知覚対象であるので、周波数とピッチは同義語ではない、そして、共鳴要素によって実際の基音周波数から「半音下げる」又は「半音上げる」ことができる。しかしながら、最も実際的な目的のために、歌唱教師は、この区別について悩む必要はない。

Madde探究2:発声モードと喉頭音源倍音の音域の作用

Take-Away Message for Harmonics:倍音の削除されるメッセージ
喉頭音源倍音は、共鳴した音が作られるための不可欠な原料から成る。共鳴体(声道)はいかなる音も作ることはない;共鳴体にもたらされる音を強化したり、しなかったりするだけである。それゆえに、歌手は、適切な平衡状態とピッチ、デュナーミクの滅衰率が自由にえられる倍音の良い集合、そして、彼/彼女が演奏によって引き起こされる情動を必要とする。この健康な倍音の集合は、純粋で、完全で、堅固であるが、穏やかな声門の閉鎖と効率的で、反応が早い息と声の接合、そして、その状況のための適切な喉頭声区を通して、流れる発声を確立することに依存している。
呼吸管理とさらに喉頭声区は、このテキストでのいかなる大きな範囲でもカバーされない論題である。
それにもかかわらず、発声による呼吸の効率的な連携作用、並びに、音域のすべてのピッチのために必要な声帯の形の喉頭部調整を作る能力は、最適共鳴の確立に於ける基本的要素として必要とされる。とは言え、理想とされた共鳴体調整が呼吸管理と声帯振動を著しく助けることができるということを我々は知るだろう。

2018/02/12 訳:山本隆則