太陽神経叢とはあまり聞いたことのない語です。また、欧米の発声の書物の中にも滅多に見られることはありません。つまりこの体の部分はあまり重要視されてこなかったのでしょうか? この部分の扱いについての数少ない記述を集めてみました。この重要な部分は、意図的にコントロールすべき場所ではなく、結果的、あるいは受動的にいい状態にならなければならない場所故に、あまり説明されることがなかったのではないでしょうか?

[ Cornelius L. Reid: A Dictionary of Vocal Terminology ( 346-7)]

太陽神経叢(または腹腔神経叢):胃の後ろにある神経と神経節(中枢神経系の外にある神経細胞の集合体)のネットワーク。「腹部」または「内臓の脳」と呼ばれることもあり、いわゆる「胃のくぼみ」です。
内臓や不随意の機能に関わる自律神経系の一部として、太陽神経叢は感情的な刺激に反応する内部環境制御システムとして機能しています。したがって、その神経や神経節は知的制御の対象ではなく、外部環境の圧力に反応します
太陽神経叢は喉頭の筋肉を支配する反回神経とつながっていないため、発声の制御において重要な要素ではありません。しかし、「パフォーマンスの神経」とそのコントロールメカニズムにおいては重要な要素です。(訳:山本隆則)


[以下は、  Devid Jones によるfacebookへの投稿。 この太陽神経叢に言及している著者は非常に少ないが、D. Jones氏は非常の多くの投稿をフェイスブックに投稿しておられるので、それをまとめてみました。]

2017/04/11
「震える太陽神経叢」について:声の震えの主原因について考察
これは、声量の大きい一部の歌手にありがちな問題です。私が言っているのは、声の震えやワイド・ビブラートのことです。原因によっていくつかの解決策がありますが、癖を直すには時間と忍耐、そして優秀な技術指導者の監督が必要です。解決までの期間は、その癖がどのくらい前から続いているかによって左右されることがよくあります。

今回は、特に男性歌手の高音域におけるビブラートの主な原因のひとつである、不規則な呼吸の流れについてお話したいと思います。これは、太陽神経叢の震えから生じ、対処せずに放置すると、キャリアの短縮や声質の劣化の大きな要因となる可能性があります。

ピッチの歪み:

自然なビブラートは声帯の自由な振幅によるもので、結果として若干のピッチの変化が生じます。 声のぶれの主な特徴はピッチの歪みです。 歌手が「不自然なビブラートを創り出す」ために、太陽神経叢を震わせると、通常、ピッチの歪みが生じます。 これは、シャープまたはフラットな歌唱、あるいは、調和した正しいピッチとしてリスナーに聞こえないような、幅広いピッチの変化を伴うことがあります。このような歌手はクラシックの傾向が強いですが、ミュージカルの歌手の中にも、このより破壊的な癖を持つ人がいます。

原因

このタイプの声の揺れ、または「横隔膜のビブラート」と呼ばれるものを生み出す要因はいくつかあります。私は45年近く教鞭をとっていますが、私の経験では、このタイプの歌手は、均一で小さな制御された流れでエアーの流出を調整することができません。

1. このようなタイプの歌手は通常、かかとに体重をかけます(特に高音域で)。これにより下腹部が固定され、均一なエアーの流れが不可能になります。かかとに体重をかけると、上半身、特に太陽神経叢が震えることがよくあります。

2. 「身体の揺れ」のもう一つの原因は、胸を張り過ぎる姿勢です。これは、この揺れ動きを誘発する大きな要因となり、それがヴォーカルの不安定さやコントロールできないワイドなビブラートの直接的な原因となります。

3. また、より広いビブラートを内なる耳が好み、その癖を長い間採用してきたため、本人はそれを普通のビブラートだと聞いている歌手もいます。これは、最も扱いが難しいタイプの歌手です。なぜなら、彼らは大きな問題があることに気づいていないか、あるいは自然な回転ビブラートをストレートな音として聞いているからです。

4. ビブラートの作り方:自然なビブラートを実現するために喉を開放していない人は、偽のビブラートを作り出すためにこの震える動きを始めることがあります。

5. 過呼吸:歌手が息を吸い過ぎて、体の上部で息が溜まり過ぎると(多くの場合、過度に広がった広い胸郭で)、震える太陽神経叢が生じます。

6. 支えの混乱:一部の歌手は、ロックされた太陽神経叢を「支え」として感じています。中には、太陽神経叢を「押し出す」とか、上腹部の壁で「ピアノを根元から押しやる」といった、この破滅的な概念を教えられた人もいます。歌手にとってこれほど声に不調和を生じさせるような発声概念はほとんどありません。この問題を修正するには何年もかかることがあり、修正できない場合も少なくありません。


解決策:

震える太陽神経叢という古い行動を避けるために、歌手をサポートするいくつかのツールがあります。以下に優先順位の高い順に列挙します。

1. 椅子に座り、舌と歯の間に緊張感を持って、歯擦音を強く発声します。歯擦音を発声しながら、股関節の付け根から徐々に前へ、そして上体を前傾させ、最終的には膝の上に体重をかけます。これにより、下腹部の筋肉が刺激され、呼吸の流れを均等化するのを助けます。これは、私がエブリン・レイノルズ Evelyn Reynoldsから学んだエクササイズです。

2. リンドクエスト Lindquestの「うつ伏せ」エクササイズを行います。床にうつ伏せになり、両手を額の下に置きます。そして、歯擦音を強く発します。下腹部と、胸骨の真下にある太陽神経叢または上腹部の間に、相反する力が働いていることに気づくでしょう。

3. 舌や唇のトリルを使うことができます。まず舌や唇のトリルで5音音階を歌い、次に同じ身体感覚を維持したまま母音音階に移ります。

4. 息を吸う:息を吐き、次に下腹部と太陽神経叢のあたりを両手で押さえながら平らにします。次に、より深く背部の胸郭に息を吸い込みます。腹部が平らになっていると、より多くの空気が背部の胸郭に流れ込み、横隔膜が下がった状態になります。この考え方により、過呼吸を防ぐことができます。

5. 「ディガ、ディガ、ディガ、ディガ、など」と5音階で歌います。これにより、舌の前部と付け根の緊張がほぐれます。震える太陽神経叢に悩む人の多くは、エアーの流れを妨げる舌の過剰な緊張にも悩んでいます。

6. 唸り声またはうめき声:一定の「唸り声」または「うめき声」で5音階を歌います。これは背筋と胸郭を伸ばした状態でのみ行うべきです。次に、同じ感覚を保ったまま5音階を歌います。これにより、支えと解放、または呼吸の圧縮と流れが均等になります。音程が高くなるにつれ、より難しく感じるかもしれません。しかし、ゆっくりと練習を重ねることで、非常に役立つようになります。

指導者としては、忍耐が鍵であることを覚えておいてください。このような癖は本能的なものなので、それを変えるには長い時間がかかるかもしれません。



2021/10/14

脈打つ太陽神経叢の解決

多くの歌手が、脈打つ太陽神経叢の問題に直面しています。その結果、制御できないほど大きなビブラートがかかったり、音程の問題が生じたりすることがよくあります。これは声量の大きな歌手に頻繁に起こり、悲しいことに、太陽神経叢を固定する方法を教えるボイストレーニングスタジオもあります。「太陽神経叢を押してピアノを部屋の向こうに押す」という、私が聞いた最悪な表現です。これは、声帯に直接圧力をかける舌根をロックさせてしまいます。これにより、均一なエアーフローが止まってしまいます。歌手にとっては、何年も何年も声に関する問題を引き起こす可能性があります。実際には、このような状況では、身体の大部分がロックするほど過度に緊張しているのです。身体は開いてロックされた状態にも、閉じてロックされた状態にもなり得ます。 身体が開いた状態になったからといって、身体が柔軟に健康的な方法で関与しているとは限りません。 歌う際に健康的に関与している身体は、筋肉の弾力性を反映しています。 身体の弾力性は、音楽的なコントロールの弾力性を生み出す機会を開きます。 身体がロックされた状態になったり、動きの感覚が全くない状態で位置づけられることは決してあってはなりません。

問題解決:発声中の腹斜筋の誘導

身体のつながりに大きな役割を果たす筋肉群のひとつに、腹斜筋と呼ばれる筋肉群があります。 これらは、腰と下腹部の筋肉に直接影響を与えます。 発声の開始時と発声中に、これらの筋肉がゆっくりと弾力性をもって広がるようにストレッチすると、腰と下腹部の筋肉とのつながりが強固になります。この関わり(拮抗性収縮)は、太陽神経叢の領域を安定させ、太陽神経叢の脈動を止め、音のバランスを保ちます。

注:太陽神経叢の領域をリラックスさせたり、柔らかくしたりしても、太陽神経叢の脈動の問題は決して解決しません。太陽神経叢は穏やかに定着していると感じなければならず、その定着要素は、腹斜筋のゆっくりとした広範囲のストレッチです。

方向性のある観察:

前述の通り、身体と上手くつながっている歌手を観察すると、外腹斜筋がゆっくりと腰で広範囲に伸び、その結果、下腹部と腰が繋がります。これにより、太陽神経叢と下腹部の間に拮抗筋の引き合いが生じます。この拮抗筋の引き合いこそが、太陽神経叢を安定させ、その結果、呼吸と発声を安定させる上で基本となるものです。

姿勢:問題解決における役割

音楽のフレーズに合わせて腹斜筋を優しくストレッチすると、レガート・ライン(母音と子音の機能間の均等な気流を含む)や、腰のつながり、下腹部のつながり、均等な気流の姿勢と全体的なバランスが改善されます。 さらに、腹斜筋の弾性のある優しいストレッチは、ブレスの圧縮とリリースをバランスさせる上で大きな役割を果たします。 私たちは、圧縮された息と、発音を容易にする微細な気流の感覚で歌います。

注:腹斜筋のストレッチはゆっくりとした穏やかな広範囲のストレッチであることを覚えておいてください。この穏やかなストレッチは完璧な発声を助けます。筋肉のフレーズの終わりには、これらの筋肉をリラックスさせることで完璧な音のオフセットまたはリリースが可能になります。体をリラックスさせて腰を崩すことでオフセットがリラックスした状態になると、新しい息がより自然に体内に入ってきます。

練習:マルカートからレガートへ

1….1…..1….2…3….4….5….4….3…..2…..1…

i……i…..i…..o…i……o…i….o…..i……o…..i….

最初の2音はマルカートで演奏し、各音を伸ばすようにします。これは、斜筋が収縮し、リラックス(緩やかに崩れる)することを要求します。息を吸う際に腹斜筋をある程度狭く保つと、息がより下の方、腰や下腹部のほうまで伸びていくことを覚えておいてください。肺の下まで息が届くわけではありませんが、内臓が下に下がることで、より深く息を吸うことができるのです。最初の2音符をマルカートで伸ばしたら、次に、腹斜筋を優しく大きく伸ばしながらレガートで歌います。


2023年11月5日 ·
なぜ太陽神経叢が緊張するのか? リラックスとは関係ない
多くの歌手が、舌根も緊張させ、高音域をカットしてしまう、緊張した太陽神経叢に悩まされています。多くの教師や歌手が、そもそもなぜこの筋肉が高音域でこれほど緊張するのか、その答えを求めて疲れを知らずに探し続けています。
最近の経験:
最近、私は高音域で舌根の緊張、肋骨のロック、そして太陽神経叢の緊張に悩むプロのバリトン歌手を指導しました。彼は、演じている役柄に対して高音が十分に聞こえないと言われていたのです。
解決策:
私は、リンドクエストが何年も前に教えてくれたコンセプトに戻ろうと決めました。それは、彼が友人のマーサ・ロザッカーにレッスンで教えたことでした。彼女は喉で美しい音色を奏でていたため、長い間、彼の耳を欺いていたのです。ある時、彼は「あなたは、身体で声を支えていないときでも美しい音色を奏でている」と言いました。
エクササイズ:
リンドクエストはマーサに、呼吸をした後、上部喉頭筋と下部腰椎(背中)の筋肉を緊張させ、それから歌うように指示しました。彼は「馬に乗っているときに、体を少し支えるような感覚です。膝が少し内側に向かってきます」と説明しました。
この若いプロフェッショナルなバリトン歌手に指導する際、私たちはこの考え方を使って問題に取り組みました。するとすぐに、高音域での舌の圧力が解放されました。また、背筋が使われたため、上部パッサージにアプローチする際にも、彼の太陽神経叢は受動的な状態を保つことができました。これにより、この歌手は望んでいた自由を手に入れることができました。
最終的な考え:私はこれまで、歌手の太陽神経叢を解放しようとして、その道を模索してきました。教師は、筋肉を解放させようとして、しばしばその罠に陥ります。しかし、特定の筋肉は、他の部位が弾力的に動き、健康的な身体の姿勢を維持する責任を果たすまでは、解放されないことがあります。私は、アレクサンダー・テクニックやフェルデンクライス・ボディワークを頻繁に推奨しています。

(訳:山本隆則)