Training the Singing Voice
歌声のトレーニング
An Analysis of the Working Concepts Contained in Recent Contributions to Vocal Pedagogy
(声楽教育学の最近の著作に含まれる実践的概念の分析)
第9章
CONCEPTS OF DICTION
ディクションの概念
定義:
ディクションを定義する際、言語とは、異なる声音と非声音のパターンを、意味に関して標準化できるような、より大きな音節と言葉のグループに統合したものであることを念頭に置かなければならない。このように、言語は考えの象徴化とコミュニケーションの手段になる、そして、ディクションは声の素材からこれらの象徴を製造するプロセスである(W) 。したがって、歌唱におけるディクションとは、言語の基本的な音を明瞭かつ正確に形成、生成、投射すること、そしてこれらの音を、歌の言葉や音楽の音調表現に適した流暢な連続パターンに組み合わせることと定義することができる。[237 Haywood 1933、II、P. 31; Hok 278、1941 p.31]
ディクションは、歌唱指導者にとって重要な3つの基本的プロセスからなる。これらは調音(articulation)、発声(enunciation)、発音(pronunciation)と呼ばれ、一般的な用法では、しばしば互いに微妙に入れ替わる用語である。辞書の定義とアメリカン・アカデミー・オブ・ティーチャーズ・オブ・シンギングが発行した「理論の概要(Outline of Theory 1938)」に基づいて、より厳密に用語を区別すると、以下のようになる。[10]
1.調音 (Articulation)は、言語の音声パターンを初期的に形成する声道の器質的メカニズムが関与する、形を与えるまたは形を作るプロセスである。これは、流暢な口頭発声のために有利な伝達経路を提供するように、発声器官の位置、形態、動きを変化させることによって達成される。こうして、基本的な息と発声物質が、理解しやすい母音と子音のシンボルに分化される。[Drew 148; Scott 501, p. 99]
2. 発声(enunciation)とは、聞き手に伝えることを目的として、発声された母音や子音に、声の鳴り響き(ソナンシー)や可聴性を加える、投射的、動的、またはエネルギーを与えるプロセスである。
3. 発音(pronunciation)とは、母音と子音が統合され、音節、単語、フレーズと呼ばれる大きなリズムのグループへと組み合わされるプロセスである。
表8
歌声を訓練する際に使われるディクションの概念のまとめ
I. ディクションの理論 —– 総数77
A. 一般的な考慮すべき問題
発言総数—23
小計—23
プロ歌手による発言 — 1
B. 歌手の発音における発声要因 —–小計54
1.声の伝達手段としての母音
発言総数—25
プロ歌手による発言 —2
文書化されていない発言—25
2.母音の特徴
文書化されていない発言—
文書化された発言—8
文書化されていない発言—8
3.子音の重要性
発言総数—13
文書化された発言—1
文書化されていない発言—12
II. ディクションを育てる方法—– 総数 177
A. 精神的なアプローチ —–小計 41
1.心的イメージの重要性
発言総数—7
文書化されていない発言—7
2.手段としてのスピーキング
発言総数—28
プロ歌手による発言 —1
文書化された発言—2
文書化されていない発言—26
3.手段としてのささやき声
発言総数—2
文書化されていない発言—2
4.手段としてのチャント
発言総数—4
文書化されていない発言—4
B. 技術的なアプローチ —–小計136
1.ソルフェージュ訓練の価値
発言総数—9
文書化されていない発言—9
2.母音のテクニック
a) ah母音の重要性
発言総数—26
プロ歌手による発言 —1
文書化された発言—3
文書化されていない発言—23
b)舌のコントロール
文書化されていない発言—17
プロ歌手による発言 —2
文書化された発言—1
文書化されていない発言—16
c)他の身体的なコントロール
発言総数—7
文書化された発言—3
文書化されていない発言—4
d)いろいろなヒント
発言総数—13
プロ歌手による発言 —1
文書化されていない発言—13
3.母音変更
a)高いピッチの母音は変えられる
発言総数—15
プロ歌手による発言 —2
文書化されていない発言—15
b)高いピッチの母音は、変えられない
発言総数—7
文書化されていない発言—7
4.子音テクニック
a)身体的なコントロール
発言総数—9
文書化された発言—1
文書化されていない発言—8
b) 音を遮る子音
発言総数—23
プロ歌手による発言 —1
文書化された発言—2
文書化されていない発言—21
c) リズムの中断:”タイムスポット”
発言総数—5
文書化されていない発言—5
d)手段としての誇張表現
発言総数—5
文書化されていない発言—5
GENERAL CONSIDERATIONS
一般的考察
歌手のディクションは、ボーカル・トレーニング・プログラムにおいて重要な要素である。それは、どの言語でも、実際に歌を歌うための前提条件となる、言葉のパターンにおける発声テクニックを具現化したものである[Nicholson 425, p. 95]。 1723年の時点で、著名なベル・カンティストであったトージは、「歌手が楽器奏者に勝っているのは言葉であるという事実を無視すべきではない。」と書いている[Henderson 243, p. 104]。 トージは、母音がすべて完成してからでなければ、声楽の生徒に言葉を使うことを許さなかった。それからレパートリーの勉強が始まった[Klingstedt 320, p. 21] 。Pacchierotti (1796年頃)もまた、ディクションと発声は相互に関連していると説いており、『どのように発音するか….を知っている者は、どのように歌うかをよく知っている』と書いている[Henley 264]。プロショウスキーによれば、言語表現は人間の知性の産物であり、歌唱技術に不可欠な要素だという。人間が発声器官によって様々な母音を明瞭なパターンに形作ることができるという事実そのものが、歌声を機械的な音の産物とは区別している[453]。
良い歌唱は良いディクションの当然の帰結であるというのが ハウ の意見である。[284 p.16、Wharton 655 p.32]ジョーンズは、すべての声音は、習得された母音の共鳴によって自動的に何かを発音するため、抽象的な音の生成は事実上不可能であると付け加えている[307, p. 12] 。ヘンシェルは、解釈や聴衆の理解という観点から考えると、歌手は発声よりもディクションの方がさらに重要だと考えている。[266] 。適切なディクションは、歌唱における正しい発声の基礎そのものである。[Marafioti 368, p. 164] 。アボットはまた、ディクションと音の出し方は、歌のトレーニングにおいて密接に関連している要素であると指摘している。「最初のレッスンから、私は音とディクションを別々に扱うことは決してしない」と彼は言う。さらに、生徒は、はっきりとした発音が美しい音色を作る上で助けとなり、妨げにはならないことを理解しなければならない[I] 。バルバロー・パリーとブラウンも、この見解を支持している[34,p. 226;78,p. 58]。オースティンによれば、「ディクションの技能をある程度身につけて初めて、声は真に優れた楽器となる」[28]。「完璧なディクションは完璧な歌唱を意味し、一方は他方を補完するにすぎない」とオボレンスキーは言う[432]。ヘンダーソンは、良いディクションは、歌の声を鍛えるための練習そのものであると提案している[240、p. 3]。また、音の共鳴を助ける貴重な素材でもある[Wettergren 654] 。
VOCAL FACTORS IN THE SINGER’S DICTION
歌手のディクションにおける声の要素
母音は声の伝達手段である。Aikinは言語の音を2つのグループに分けている:a) 「共鳴体の開かれた拡張した位置により、最高の音質で連続的な発声に適した母音」;そして、b) 「子音は、共鳴体の閉じる程度や動きにより、母音の位置に接近したり離れる際に特定の特徴を与える」[4]。
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ウェブスターも同様に、母音を「言語の開かれた、響きのある音」と定義している。その特徴的な特性は、フォネーション(発声)に伴う母音通路の構成によって決まる。つまり、それぞれの母音には、咽頭腔と口腔の形状に明確な変化があり、その変化は唇、舌、口蓋の特徴的な位置によって強調される。25 人の著者は、歌における母音の基本的な音の媒体としての重要性を強調している。彼らの意見は、以下の文に要約されている:
1. 「音は、ある母音の範囲内に固定されない限り、音として聞き取ることができない。」 [Mme. Schoen-Rene 493]
2. 歌は言葉の芸術であり、したがって母音の芸術である。[Edward Johnson 306]
3. 私たちは、ほぼすべて母音だけで歌っている。[Wodell 681]
4. 母音は「各音節のメロディ部分」である。[Howe 284, p. 35]
5. 母音を純化することで音を純化する。[Waters 641]
6.母音が貧弱だと、声調に悪影響を及ぼす。[Austin-Ball 31, p. 13]
7. 歌声は「単なる音ではなく、母音によって養われなければならない。」[Herbert-Caesari 267]
8.「母音が音を作る。」[Warren 633]
9.「声とは、常に母音である。」[Hemery 238、xiiページ]
10. 正しい母音の発音は、正しく発声された歌声に必然的に伴うものです。なぜなら、完璧な声は、それ自体で完璧な発声手段を自動的に提供するためです。[Gescheidt 200、p. 16]
母音の特徴。
母音の共鳴の分析は、音声科学者の間で以前から関心を集めている。ラッセルの論文「The Vowel」は、母音の音質の違いの生理学的原因について徹底的な研究結果を発表している。この論文は、基本的に歌ではなく、話し方について研究しており、特定の母音について、舌や口などの位置に標準的な位置や固定的な位置はないという結論に達している。「母音間だけでなく、被験者間でも動きに根本的な違いがある」という証拠がある。したがって、口蓋帆、舌、口の位置を一定であると仮定することは正当ではない[712、p.69] 。ラッセルはさらに、声道のある部分の変化は、他の可動部分によって「補正される」可能性があり、母音の位置に関する現在の生理学的説明(例えば、開、閉、狭、広、高、低など)は「一般的に空想的であり、事実に基づくものはほとんどない」と述べています[同書、351ページ]。
歌における母音の生成の正確な生理学は、まだ明確に解明されていません。ハリスとハーパーは、依然として「母音は口腔の形状によってのみ形成される」と信じています[229、228、p. 26]。しかし、大多数の意見はラッセルと同様に、咽頭腔や喉頭腔を含む声道全体が発声の共鳴体として機能しているとの見解を支持している[479]。したがって、「母音を形成する際の[ 全]共鳴器の位置こそが、歌唱技術においてより重要である。」[Aikin 4]
最近の音響研究では、母音分析に関する興味深い情報がいくつか報告されている。物理的な形状、位置、持続時間などの要素に加え、母音の音響的構成も重要だ。つまり、母音は、基本ピッチ周波数(声門で発生)と一連の倍音(共鳴体で発生)で構成されている[Stanley 578] 。この基音と倍音という独特の構成により、各標準母音には特徴的な音のスペクトル、つまりフォルマントが生成される(第 V 章を参照)。ニーガスの説明も典型的なものだ。母音は「声門で生成され、共鳴体によって音質が変化した基音と倍音との混合音」である[418、p. 440; また、Harbert-Caesari 269、p. xiii; Jones 307、p. 5]。スタンレーはまた、歌曲の歌唱中、どの瞬間においても、声の音色(音質)を決定するのは母音のサウンドであると結論付けている。母音は、音のスペクトル(フォルマント)における「2つまたは3つの周波数帯域」の優位性によって常に決定される。これらの周波数帯域の位置がわずかに変化すると、母音も変化する。したがって、通常の声の生成では、母音は幅広い変化が可能である。「これらの帯域は、基音(ピッチ)に依存するのではなく、声の共鳴体の選択性に依存している」[同書, 358]。
母音フォルマントは明らかに声音のピッチとは無関係に決定される。つまり、異なる母音が同じピッチで発音されることもあれば、同じ母音が異なるピッチで発音されることもある。ヤコブセンは、母音フォルマントを「母音が歌われるピッチ(基音)に関係なく、個々の母音が通常とは異なる量のエネルギーを持つ周波数領域」と説明している[297] 。 メトフェッセルは、母音ahのフォルマントにおけるいくつかの倍音を除去しても、歌われる音のピッチは変わらないと報告している [ 390] 。ドン・ルイスの声と母音の共鳴体に関する広範な研究は、アメリカ音響学会誌(Journal of the Acoustical Society of America)で報告されている。その中で、彼は典型的な母音理論を提示しており、その要約は以下の通りである:
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声帯は発声の際、そのすぐそばの空気に、基音成分と多数の倍音からなる複雑な運動を起こさせる。この複雑な運動は、いわゆ声帯音(cord tone【喉頭音源】)を構成する…声帯音が力として作用する声腔(vocal cavities【声道】)は、単純な共鳴器の性質を持っており、その結果、声帯から流れるエネルギーのスペクトルを修正する役割を果たす。この理論では、口から発せられる母音は、選択的発生と選択的透過の両方による…この運動は、主に単純な運動の倍音列で構成されており、それぞれの運動は確定可能な大きさを持っている[340]。
このように、それは各々の母音がそれ自身の独特な周波数を、そして、声帯単独によるよりはむしろ、共鳴した空洞による際立った特徴が与えられるということである。
子音の重要性。
ウエブスターによると、子音は言語の中でより「響かない」か、より有声ではない音である。それらは「単独では決して鳴らない」が、常に有声音(sonant)または声(母音)と結合している。それゆえに、その名前は、子音:con-sonantと綴られ、文字通り「有声音と共に生成される(produced with a sonant)」ことを意味する。子音を発する際の重要な特徴は、これらの妨害物(例えば、s、f、t)に起因する息の摩擦を伴うか否かにかかわらず、声の経路の部分的または完全な障害である。
歌は音と言葉という『2つの等しく協力的な要素』の二つの側面から成り立つものであるという事実は、歌声の訓練にある種の複雑さをもたらす。歌い手にとって、音の卓越性と言葉の重要性の両方が不可欠である[Grove 216]。しかし、グラヴュールの見るところ、この2つの不可欠な要素は互いに正反対だと言う。一方では、声を出すために、すべての音の部屋を障害物から解放する必要があり、他方では、子音を形成するために、一定の口の閉じが常に要求される[208]。「すべての発音には、声帯共鳴器の遮断や成形が必要である。」[Westerman 651]。しかし、歌い手はこの2つの異なることを同時に行おうとするため、しばしば「音質も発音も好ましくない部分的な不調和」の状態に陥る[ Bartholomey 39]。声の出し方と子音発音との間のこの衝突は、発声行為における完璧な技巧と洗練を要求し、ある匿名の著者によれば、今日の世界における優れた歌手の希少性を説明している[15]。
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ブラウンは、言葉、音、息は、歌手の芸術において切り離すことのできない三位一体であると主張している [78, p.100]。アーティキュレーションは言葉に形を与える[Henderson 243, p. 105]。「母音が音を作り、子音が意味を作る」とニコルソンは言う[425, p. 95; Clippinger 104, p.6も] 。「子音を使うことで、母音は言葉になる。」 [ Hemery 238, p. 74].その一方で ウイルソンは、「子音を歌い切ることが仕事なのではなく、子音が邪魔にならな いようにして、母音に歌うチャンスを与えることが仕事なのだ」と主張している [674, p. 38] 。 グローブはまた、「子音で習得したテクニックの有効性」が、単語における母音の発音の正確性を決定すると考えている[214]。つまり、「子音の機能は、音を損なうことなく母音を中断させること」である[ American Academy of Teachers of Singing 10; 11]。
Methods of Cultivating Diction for Singing
歌唱のためのディクション育成法
PSYCHOLIGICAL APPROACH 心理的
アプローチ
メンタル・イメージという手段。
「歌う前に音を思い浮かべなさい」というのは、声楽教育でよく言われる注意である。デイヴィス は、聴覚の視覚化という精神的プロセスによって、内耳は常に無意識のうちに単語の発声を予期していると考えている[127, p. 124] 。「作ろうとする母音を思い浮かべるだけでいい」とコムズは言う[119, p. 12] 。他の意見も同じコンセプトのバリエーションを示している。例えば:
1. スタンレー:ある音をアタックするためには、歌い手はまず、母音を完全に明瞭な心的イメー ジでとらえなければならない。[576, p.156]
2. コンクリン:唇や舌など、母音の形成に関わるすべての調音器官を自動的に調整するために必要なことは、母音を心に思い浮かべることである。[121, p. 72]
3. ウォートン: 完全なディクションの第一歩は、「各単語の持続音が何であるかを、歌う前に素早く聞き分け、判断できるようになること」である。[655. p. 33]
4. ベネディクト : 母音を発声する前に、口の形を整えるプランを立てなければならない。したがって、母音を歌っている最中ではなく、歌う前に考えなければならない。 [44]
5. ウォーレン :「歌うときに、気軽な発音ではいけない。」母音と子音が発音される前に、「母音と子音の質と量」の両方を確立するような、厳密な心の準備がなされなければならない。 [637]
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Speaking as a device.喋るという手段
ウェブスターの定義によれば、スピーチとは、言葉や分節化された音によって考えを述べる能力である。スピーチと歌は、知的で思考的な内容の違いよりも、主にそれぞれの音響的、美的効果によって識別できる。つまり、「歌とは、声の音楽的変調による口頭発話の一種」であり、口頭でのスピーチ・コミュニケーションの様式化されたメロディー版なのである。歌では通常、リズミカルな音楽パターンが厳格に守られ、音節や単語が現れるたびにピッチ、強弱、長さが規定される。また、歌はピッチ(音域)、強弱、持続時間のバリエーションが広く、通常、スピーチよりもドラマチックで詩的、感情的な性格を持つ(W)。歌をスピーチと違うものにしているのは音楽だ[ Lawrence 335, p. 3] 。歌を歌うには、「音程を明確に分けていく必要があるが、(スピーチは)音程の連続性を含んでいる。」[Mursell and Glenn 413, p. 279] 。歌を歌うには、通常の会話よりも少なくとも50パーセント以上の声のエネルギーが必要である [ Taylor 602, p. 9] 。歌のすべての音節に明確な時間値が与えられなければならない。スラーや省略が許されるのはスピーチの場合だけで、歌の場合は許されない [Judd 309, p. 17]。歌うことは、その持続的な特性から、話すことよりも多くの息を必要とする[ Conklin 121, p. 30] 。「歌曲では、音程はより一定で、母音は子音よりも価が高く、ソステヌートはより頻繁で、敏捷性はより容易で(例えばトリル)、音程は明確である。」[ De Bruyn 131]。歌唱では、母音がより持続し、声のビブラートがより多く、強弱がより大きく、音域がより広く、アーティキュレーションがより明瞭である[ Stanley 5788, p. 441]。
28人の著者の意見では、歌うことと話すことの間にはある種の顕著な違いがあるが、この2つの口頭表現形式には教育学的に歌唱指導に役立つ類似点もある。例えば、歌の基本的な母音と子音の値は、日常的な談話の音声パターンに対応するものを見つけることができる。さらに、歌うことも話すことも、言葉を発することによってアイデアや考えを表現するコミュニケーションの一形態である。歌手のディクションは、ある程度、日頃の話し方の癖に影響され、さらには習慣化されているのかもしれない。そのため、歌声に影響を与える可能性のあるようなまずい話し方をしないよう、歌の学習者に注意を促す必要があると考えられる。生徒はまた、まずテキストを話し、言葉の意味に十分注意を払うことによって、歌の伝達的あるいは表現的価値を引き出す方法を教えられなければならない。
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ニューヨーク歌唱指導者協会は、歌唱のための良いディクションは、「発声の妨げをなくすような発声機構の自動的な使用によって達成できる」という原則を公表している。歌唱を学ぶ生徒の話し方の習慣は、発声器官の「最大の弛緩と自由」が身につくまで厳しく監督さ れなければならない [421 0. [421, 0. 39] 。ブレイナードは歌手に、「低く、フリーなトーンで話すことで、歌声だけでなく話し声もセーブすることができる」とアドバイスしている[62] 。「上手く話すことは半分歌っているようなものである」と、シェイクスピアは言う。これはすべての歌唱スクールにおいてのモットーであるべきだ[517, p. 80]。
スピアー Spierは、各子音の正確な形については、歌に挑戦する前に、まず黙読と発話で練習すべきであると提案している [570、まえがき]。その他、スピーチが歌に与える影響に関する提案やコメントは、以下の記述にまとめられている:
1. 「子供の頃から、だらしなく、美しくない話し方の癖をつけさせないようにすれば、歌手の仕事は楽になる。[ Frances Alda 5]
2. 「上手に歌いたいと願う者にとって、最初の目標は……上手に話すことを学ぶことである。」[ Everett 164]
3. 良いディクションとは、「歌唱におけるパーフェクトな発声」の習得を意味する。[ Haywood 234]
4. 正しい言葉の衝動は、常に正しい声の衝動を促す。 歌うときは、言葉が声を導くようにしなさい。[ Gescheidt 200, p. 40; Samuels 487, p. 35].
5. 孤立した抽象的な母音の発声は、困難で危険な発声練習となる。すべての母音は、特定の意味を持つ適切な単語の一部として教えるべきである。このように定めれば、母音練習は発声を促進する。「あなたは母音で話をしていると感じなさい。」 [ Shakespeare 517 p.28; Henderson 240 p.28]
6. 「我々は母音を歌い、子音を話すのだ。」[ Ryan 480, p. 75]
7. 「母音であれ子音であれ、すべての音は、声の届く範囲で、完璧な話し声のように聞こえるべきである。 [シェイクスピア前掲書、p.51]。
グローブは、歌の練習期間中に関心をもって聴いてくれる聴き手の存在が、歌い手が自分の歌の言葉に本当の意味を吹き込むのに役立つと示唆している。こうすることで、言葉の母音は「明瞭な音声の妥協しない真実性」を獲得する[216] 。ある意味、すべての歌はスピーチの影響を受けているのかもしれない。もし話し言葉の母音が「レガートで歌うときのように」長ければ、……声の訓練はもっと楽になるだろう[ Chesnutt 96] 。「歌の母音は、話し言葉が正しい限り、話し言葉の母音に相当する。」 [ Proschowski 458] 。一方、エイキン は、歌のディクションは話し言葉のディクションとはまったく異なると確信している。通常の会話では「非常に多くの自由度が認められている」ため、歌手のディクションはそれ自身のスタイルを獲得し、現在では「通常の会話とはまったく異なるものと見なされている。」[4]
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ウィスパリングという手段
ウィスパーとは、音を伴わない息の音だけを使った無声音のスピーチの一種である(W) 。ウィスパリングは、発声のような伝達力がないため、理解されるためには特にはっきりとした発音が要求される。大きなささやき声では、調音器官が誇張された精度で動くため、母音と子音のすべての基本音が明瞭に切り分けられる。ささやき声の可聴性は、声門、咽頭、口内にある部分的な閉塞を通過する際に生じる速い息の走行音によって達成される。声帯は振動しないので、ささやくことは声を休め、発声器官のリラックスと解放につながると考えられている。ハウは母音のテストと練習のテクニックとしてささやきを推奨している。彼は、それを「すべての母音を正しく形づくるための絶対確実なガイド」と呼んでいる[284, Introduction] 。ヴェイルは、ウィスパリングが不明瞭な発音を治す特効薬だと考えている。大きなささやき声は、歌い手から8~10フィート離れたところから聞こえるようにすると、最良の結果が得られる[619, p. 34] 。
チャンティングという手段
チャンティングとは、歌の歌詞を音楽的な単音で朗読すること(W) 。チャンターは、音程、強弱、解釈のバリエーションを気にする必要がないことを除けば、歌うために必要なすべての正しい動作を行う。こうして、歌唱におけるいくつかの変数のコントロールを解除することで、彼はイントネーションとディクションの問題にもっと注意を向けることができる。ベ・ブリン De Bruynによれば、チャンティングは最も古い発声法のひとつだという。それは「話すことと歌うことが一体化した……発音プロセス」である[131] 。
モウ は、歌唱における「言葉の使用への良い導入」として、チャンティングを推奨している[405, p. 14] 。グローヴはすべての母音をモノトーン(チャンティング)を用いることを推奨している。歌の単語から母音を切り離すことで、歌い手は母音をひとつひとつ吟味することができ、その結果、「正確な母音の形に対する鋭い感覚」を養うことができる[216] 。最後にグリーンは、歌のディクションの難しさを克服するには、フレーズ全体を、出しやすく発音しやすい音でイントネーション(チャンティング)する練習をすることで、音楽からディクションや意味に注意を向けることができると提案している。[209, p. 142] 。
TECHNICAL APPROACH
技術的なアプローチ
Sol-fa トレーニングの価値。
ウェブスターによると、sol-fa(solfeggio、solfege、solmizationとも呼ばれる)という用語は、音階の音をdo、re、miなどのシラブル名で歌うことに基づく練習を意味する。
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グローブ辞典の説明によれば、「sol-faとは、(音階の)音符に、言葉ではなく、音節のド、レ、ミ、ファ、ソル、ラ、シ、ドを与えて歌うことである」[708] 。音階の音を表す一連の音節の使用は、印刷された楽譜を使わずに声域の様々な音程に名前を付け、識別する便利な方法だと考える教師もいる。印刷された五線譜や楽譜が、音と音程の関係についての視聴覚的な概念を形成するために使われるのと同じように、これは声楽を学ぶ生徒が音程と音の関係やインターバルについての聴覚的な概念を身につけるのを助けるために使われる。一般的に使われるようになったことで、印刷された音符は、楽器奏者にも声楽家にも、聴覚的な印象を伝えるほぼ普遍的な手段となった。しかし、ある種の発声訓練法では、話し言葉や歌による音節名の使用が、スタジオでの練習に印刷された楽譜の使用を部分的に補っている。このように、声楽の練習曲(ヴォーカリーズ)は、ソル・ファ音節で印刷され、歌われることが多く、メロディックな 音の連続的な組み合わせは、音節名によって表現することができる。
ソル・ファによるトレーニングは、この国でより広く英語で支持される。歌のテキストを書く人の多くは、教材として完全に無視している;時代遅れで不必要だと考える人もいる。これを支持する人たちは、それが発声法として使われるのか、耳の訓練ドリルとして使われるのか、ディクションの練習として使われるのか、視唱の学習法として使われるのか、必ずしも明確にはしていない[Sans 489]マーセルとグリーンによれば、「ソル・ファ・システムの価値は、声楽における調性の要素を定義し、学習者の前に提示する力にある。」[413 p.165] 。ホールは、ソルフェージュの使用が目だけでなく耳にも刺激的であると感じている。生徒は常に、音符を見る、次に(精神的に)音符を聞く、次に(肉体的に)音符を出す、というプロセスで学ぶべきである。こうして耳は、単に歌手の演奏を聴くのではなく、常に歌手の演奏を予測し、チェックすることになる [279] (第VIII章も参照)。スコットは、ソル・ファは「すべての歌手が第一の基本的なこととして勉強すべきものである」と宣言している[502, p. 165] 。ソル・ファ派の耳は通常、はるかに鋭敏だ。これは、ヒルの主張である。その上、最高の読譜家はソル・ファを知っている。[272, p. 42] リーはまた、視唱(sol-fa)の勉強は、歌手のための他の耳の訓練と並行して行うべきだと考えている[336, p. 43] 。
ベルカントのメソッドについて書いている声楽史家のハガラ は、ソルフェジオが子音とそれに付随する母音の音節的ディクションを完璧にするための重要な練習媒体であると見なしている[220, p. 116] 。ショーは声楽を学ぶ生徒全員に、『言葉を使う前に』ソルフェジオの訓練を徹底させるだろう。これによって、子音が持つ「音を生み出すメカニズムへの干渉」という傾向を打ち消すことができる[543] 。
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ウイルコックスは、ソル・ファ・ドリルの一種である『すべてのすべての音素母音(all phonetic vowel primes)』を具現化したボーカリゼーションの使用を推奨している。「発声練習でこれらのプライム(母音)を活用することは論理的である……良いディクションの基礎として」と彼は言う[666] 。
VOWEL TECHNIQUES
母音テクニック
ah母音の重要性。
ウェブスターによれば、声道に母音室が形成される際には、常に『舌の一部(前方または後方)が硬口蓋または軟口蓋に多かれ少なかれ接近することによって生じる狭窄部』が存在する。ウェブスターはまた、前母音と後ろ母音を区別し、後ろ母音の形成では舌根が高くなるか、舌全体が部分的に後退して束になるのに対し、前の母音では舌の前部が高くなると主張している。このような前後の母音の区別は、声楽家にとっては一般的ではないが、母音道の様々な形態が母音に大きな影響を与えるという点では一致している。このように、声道内の母音の通り道は、母音 ah の極めて開放的で自由な状態から、母音 ee の比較的狭い状態まで様々である。[Aikin 4]
ah母音はしばしば「喉が開いた」母音と呼ばれる (W)。エイキンは、ah母音を発声に最も適した位置と説明している。「全ての通路が開放され、利用可能な限り拡大され……そこから他の(母音が)区別される[同上, 4] 。
ラッセルは、ボリ夫人やその他多くの優れたオペラやコンサートのスターたち【カルーゾーやアマートなども含まれる】の無数の「舌と発声器官の位置のX線写真」の報告と分析の中で、この視点に異論を唱えている。彼の主張は、実験的な調査によって、「最高の歌い手でさえ、明瞭で間違いのない」ah母音を(発音)するときは常に、舌の後部が喉頭蓋付近の喉の奥に膨らみ、喉のこの部分に非常に小さな開口部または通路が生じることが明らかになったというものである。[479]
全部で26の意見が集まったが、そのほとんどは、ah母音の練習は歌声の育成に有利な基本テクニックであるというエイキンの見解に同意するものであった。ahという母音は、スペイン語、ドイツ語、イタリア語、その他のヨーロッパの言語の特徴音でもあるという点で、さらなるメリットがある。「このaの音は、他の多くの言語におけるaの音とほとんど同じである。」(W)ah母音を音響学的に分析すると、その本質的な特性は、発声された喉頭音を強め ることであり、「倍音構成に大きな変化を与えることはない」ことがわかる[Curry 124, p. 58] 。
201/202
ah(イタリア語のaと呼ばれることもある)は、歌声の基本母音に最も近いため、さまざまな発声やディクションの練習によく使われる。ヴォーデルが言うように、「喉全体のアーという感覚は、すべての母音のモデルとなる感覚である」。このように、正しく発音された「ア」は、他のすべての母音を発音する可能性を示すのである[680] 。シェイクスピアは、lah のように ah の前に子音 l を置くことで、舌と喉が解放されることに気付いた[517, p.30] 。ヘンリーはまた、繰り返される lah は「喉の自由を確立するための絶対的な基準」であり、正確なピッチに声を合わせるためのものだと主張している[249] 。メトロポリタン歌劇場のソプラノ歌手として知られる グレート・シュトゥックゴールド Great Stueckgoldは、ディクションを向上させるための基本的な発声法としてah母音を推奨している。「ahで練習曲を歌ってはいけません」と彼女は宣言する。「その前に子音を置きなさい。maかbaかlaで歌いなさい!」[594] 。フォリーは “ah “と “oo “を交互に使う。「ooは歌手の親友の一人です[188] 。ハルはまた、歌の勉強を始める際には、メロディー全体をウー音で発声することを勧めている[224] 。歌手のディクションの訓練におけるah母音の重要性については、以下のような意見が残っている;
1. 「純粋な音を出すには…理想的な母音である」[Chesnutt 96; Holland 280]
2. 発声練習はすべて、喉と口の空洞を「自由に開くのに最も適した」母音 ah から始める。[Lombardi 353; Wodell 679]
3. ahは練習に最適な開放母音です。抑制することなく、自由に発声すべきである。[ Henderson 243, p. 45; Hemery 238, p. 74; Lewis 343, p. 2]
4. 胸の声をアタックするとき、あたかも喉頭の基部でアーと言うように考える。このアーという声を、音を伸ばしている間、ずっと心の中で持続させる。[ Hagara 220, p. 37].
サンズによれば、現代の発声法はポルポラの時代(1750年頃)と大きく変わっていないという。レガート、メッサ・ディ・ヴォーチェ(第VII章)、そして開いたahのテクニックは、当時も今も広く流行している[489; also Orton 439, p. 81] 。反対意見として フィリップ は、ah は最も開いた音であるため、配置するのが最も難しい母音であると主張している。従って、「アーで始めるのは……好ましくない」[446, p. 101] 。
202/203
舌のコントロール。
舌は、言語のさまざまな音を生み出すために「口の中の形をさまざまに変化させるために使われる」ディクションの主要な器官である(W) 。母音の発声では、子音の発音に比べ、舌の前部はあまり活動的でないと考えられている[Robinson 473; Austin-Ball 31, p. 50] 。それゆえ、口の開口部を塞がないようにするため、また、かなりかさばる 舌の筋肉が歌唱中に喉の奥に滑り込まないようにするため、声楽を学ぶ生徒には、舌の前面を口の中で低く保ち、下の前歯に軽く触れるようにするようアドバイスされることが多い。この位置は、歌唱における子音発声の特徴である、舌の動きの限られた範囲に対す る、有効な方向付けのポイントを提供する[ Allen 7, p. 75] (第IV章も参照)。集まった17の意見をまとめると以下のようになる:
1. 昔の巨匠たちは、ah母音の時、舌は口の底に平らに寝かせておかなければならないと教えた。舌をそこに押し付けてはならない。[Henderson 243, p.46]
2. ahからooまでの一連の母音では、「舌は平らに、あるいは口のくぼみに少しへこまさなければならない」[Scott 500 p.40; 502 p. 24]
3. 舌先はすべての母音で「半あくびのように下の前歯の根元」に触れなければならない。
4. すべての母音を、平らで幅の広い舌の位置で、口の前方で低い位置で歌ったり話したりすることを学ぶ。[Wycoff 696; Olden 434]
5. 「l、n、rのような特定の子音の形成に必要でない限り」、舌は口の中でできるだけ平らでリラックスした状態を保つ。「母音を発音する際には、舌を押し戻したり、上に上げたり、動かしたりしてはならない。」 [Kerstin Thorborg 611; Jacques 299, p. 17]
6. すべての母音を形成するために、舌は前歯の上でリラックスしている。[ Waters 646; 645]
反対意見の中でラッセルは、(歌手をX線で観察した結果)歌唱時の舌の位置は、「母音の前後の子音に大きく左右される」と主張している。一般的に言われているように、舌先が常に下の歯に当たっているわけではない。また、舌の位置をどのような形に変えたからといって、歌声の質が変わるようには見えない。[479]
203/204
他の身体的コントロール。
スタンレイはすべての歌手に、咽頭母音を出す練習をするようアドバイスしている。そうすれば、母音を発音するために口や唇、前舌などを動かす必要がなくなるからだ。どんな歌手でも、少し練習すれば、「口と唇を一定の位置に保ち、実質的にすべての母音を出す」ことができるようになる。逆に、「声を正しく使う歌手は……唇と顎の位置を大きく変えながら、一定の母音」音を保つことができる[578] 。 ウイルコックスとロイドも同様に、母音形成には口よりも咽頭や 喉を使うことを支持している。すべての母音は口の奥と喉で適切に形成されるため、唇が母音の形成に決して積極的に関与すべきではない[669, p. 28; 351, p. 8] 。コールマンは、口は歌う母音のアタック中ではなく、その前に形を作るべきだと提案している [118, p. 36] 。一方ヘンリーは、「口、舌、顎、唇の特定の位置」を使うことで、母音を強調し、母音を「より自由に」発することができると考えている[264] 。ラッセルによれば、口蓋やその他の部分の動きは、「母音によってだけでなく、被験者によっても」根本的に異なることが証明されている。したがって、口蓋、舌、口の位置が一定であると仮定することは正当化できない[479;また712、p.69] 。
母音アタック向上のための様々なヒント。
正しいアタックでは、母音は【前の】音がなくなるのと同時に形成される。歌い手は、正しい母音に滑り込むような不明瞭な濁音を避けるため、アタックの前に母音を準備するよう注意される[Conklin 121, p. 33] 。歌唱においてクリーン・カットなディクションを得るためには、言葉と音楽を一致させなければならない。さらに、歌のディクションは通常、スピーチに比べてはるかにゆっくりで、持続性がある。これは、特に母音に当てはまり、その持続時間は、歌われる音符の時間的な値に厳密に適合し なければならない[Lawrence 335, p. 10] 。 「音は常にディクションで始めるように」とキング氏は警告する。音を聴く代わりに、母音を聞きなさい[316] 。大きな音を出そうとするあまり、生徒は母音をおろそかにしがちで、その結果、歌の言葉の聞き取りやすさが損なわれる。母音のアタックに十分な注意を払うことで、この傾向は修正される[ Skiles 561] 。
この時点で、二重母音に関するコメントが付け加えられる。「二重母音とは、一つの音節の中で発音される、二つの母音が混ざった複合母音である。」(W) 。スキースは、二重母音の個別の出し方とその構成要素のブレンドをマスターする前に、二重母音の母音をマスターしようとしても無駄だと主張する[554] 。ヘンシェルは、ディクションと母音のアタックを改善するための有用なヒントを提供している。母音だけで、一曲丸ごと歌い上げる練習をすることである[265, p. 8] 。ウィルソンは、「(単一の)持続母音で歌うことで、特にあー、おー、うー」といった形で、生徒に様々な歌を練習させた[674, II, p. 20] 。
204/205
声の連続性は、歌手のディクションにおいて重要な要素と考えられている。母音が声の運び手であるという事実は、歌い手に歌の母音間の流暢なつながりを維持することの重要性を思い起こさせる。メトロポリタン・オペラ・カンパニーのマネージャーであるエドワード・ジョンソンは、母音から母音へと「真珠の糸のように」音の流れを途切れさせることなく声を運ぶよう歌手にアドバイスしている。子音は素早く、しっかりと、明瞭でなければならないが、邪魔になるようなものであってはならない[306] 。「子音を通 して歌うことではなく、母音が歌うチャンスを得られるように子音が邪魔にならな いようにすることである」[ Wilson前掲書p.38] グローヴによれば、「音の都合によって母音を置き換えることや、その必然的な言葉の混乱を正当化することはできない。」[213] 。 ジェイコブセンは、各母音はその特徴的な支配的周波数帯域またはフォルマントに最も近いピッチレベルで発音されるとき、最も楽に歌えるという興味深い理論を提唱している。多くの音程外れの歌唱は、このように克服することができる。各母音の正しいピッチは、どの母音が自分の声域の各ピッチで最も歌いやすいかを歌手が自分で発見するまで、実験を繰り返して(おそらく試行錯誤の歌唱)たどり着かなければならない。歌いやすくするために、様々な母音をより好ましい音程になるように言い換えなければならない曲もあるだろう。これらの位置は男声と女声では異なるだろう。[297]
高いピッチでの母音の変化。
母音を変化させる練習(男声でも女声でもカバーリングとも呼ばれる)は、歌声に声区のブレークが生じることから生まれたと考えられている。初級ヴォーカリストが音階を上げて歌うとき、彼は通常の話し声の音域を超えて、声域の比較的未使用の、したがって未発達の部分に入る。ここでは、特に男声において音質が著しく弱まり、ピッチや音量が1箇所または複数箇所でかなり不安定になり、しばしば ” ふらつき ” や ” ブレイク ” を伴う。(第V章参照)声域の発達した部分から未発達の部分への突然の移行を克服するために、発声器官の固定作業が、最大の弱点に達する直前に導入される。この固定、あるいは強める作用は、声の切れ目をつなぐ役割を果たす。高音発声のために声帯が最大の張力を維持するのを補助する外喉頭筋の作用が関係する。[ Curry 124, p. 72] (第III章も参照
この生理的な作用は、歌唱指導者にはまだ明確に理解されていないため、『カバーリング 』と呼ばれる経験的な指導法によって間接的にアプローチしている。これは主に試行錯誤の方法によって指導され、多くの場合、訓練する声のタイプによって、ある音域以上の母音の歪みや変化を伴う。『カバー』された音を識別し評価するための主な基準は、サウンドと感覚である。ヘンリーは 『Training male voice 』という論文の中で、18世紀初頭のベルカントの巨匠たちからカバーされた音の使い方を受け継いだと主張している。そして生徒たちは、「言葉の発音、特に高音の発音は、美しさのために修正しなければならない」と教えられた[258] 。歌唱にカバーされた音が使われる理由はさまざまに論じられてきた。この件に関して集められた22件の意見のうち、15件は高音を歌いやすくするためにこの手段を使うことに賛成しており、7件はその使用に反対している。論争にはどちらの側にも決定的な論拠はなく、以下に要約した意見は、さらに追及することに関心のある人たちのためにケースを提示しているに過ぎない。
VOWELS SHOULD BE ALTERED
母音を変化させるべきである
1. 純粋な母音は、通常1オクターブ以下の音域でしか出しにくい。したがって、「声区の一番端の音域では、常にある程度の母音修正が行われる。」[Austin-Ball 31, p. 53; Judd 309, p. 29]
2. 高音域の母音を修正する(カバーする)ことは、「母音を発する際の肉体的負担を最小限に抑える」ことに役立つ。[Philip 446、p.130]
3. 悲鳴や叫びのような声にならないよう、「不快感を感じるところで」母音を変えるのがベストだ。[Armstrong 24]
4. 「カバード・トーンは、音量を減らすが、豊かさを加え、レガートを維持する。[Gould 206, p. 45]
5. 「カバード・トーンはこもった音ではない…。それは単に、後鼻腔共鳴の強調である。」 ingまたはungの使用は、カバリング・アクションを発展させるための最良の方法である。[Wilson 674, II, p. 8]
6. 女性歌手は、母音にほんの少しa(hatのaように)をつけると、ヘッドボイスが楽になる。[ Hemley 253]
7. 「どんな母音であれ、上声では常に oo(ウ)をイメージする」[Bushell 82; Hall 22]
8. その母音がカバーされるとき、母音 ウ は常に上行音とブレンドされる。[Lilli Lehmann 337. p. 81]
9. 高音をカバーする感覚を体感するには、高音を歌いながら、大きく丸いリンゴをかじるように口の後ろ(back of your mouth)を広げる。[Margit Bokor 54]
206/207
VOWELS SHOULD NOT BE ALTERED
母音を変えてはいけない
1. 純粋な母音は、声域全体にわたってそのまま歌うことができる。[Henderson 243, p. 110; Thomas 607]
2. 声域全体において、どのような母音でも、したがってどのような単語でも、同じように歌うことができるはずである。[ Everts and Worthington 167, p. 42]
3. 「ピッチによる発音の変化にはいかなる肉体的理由もない。」[Scott 501 p. 52; 500 p. 41]
4. ミディアムボイスで、自分の音域のどの音程でも、どの母音でもアタックできることが重要である。[ Waters 647, p. 48]
CONSONANT TECHNIQUE
子音のテクニック
身体的なコントロール。
思い出してみると、子音は言語の中であまりよく聞こえない音である。母音とは異なり、子音は「口やのどのどこかの部分で、息が摩擦したり、しぼんだり、止まったりすることによって聞こえる。」(W)ことによって生じる。口腔内の通路を弁のように狭めたり止めたりすることは、ほとんどの子音発声の基本であるため、何らかの筋肉の作用が必要である。このように、子音を発音するためには、口腔のさまざまな部位が活躍する(舌、唇、口蓋など)。
歌い手にとって、通常目に見えやすい子音の位置は、母音の位置よりも認識しやすい。さらに、明らかな発声上の理由から、歌手の子音は「音を乱すことなく」はっきりと明瞭に発音されなければならない。つまり、舌やその他の部位の動きは、母音を自由に解放することに従わなければならない。「舌(子音)の主な機能は、音節(母音)を異なる長さに分割することであり、それ以外のことは何もしない!」とロイドは言う[351, p. 16] 。歌唱において、言語の子音の分化は、ほぼ完全に様々な舌と唇の位置によって達成されるが、母音は声音の「ある種の運び屋」として機能する。しかし、子音と母音の位置は互いに影響し合うため、最適な条件での 声のリリースを実現するためには、子音と母音の位置を上手く調整する必要がある。[Harper 228, p. 64 ff]
ジョーンズによれば、子音の発音は、口の前半分だけを使い、「のどを意識させない」ようにしなければならない[307, p. 12] 。オウスレイは、歌い手が「軟口蓋と口蓋を常に意識しなければならない」ことを除けば、自動的に発音が機能するようにしている[441, p.97] 。その他に3つの身体的コントロールが提案されている。
207/208
ウオルトンは、「ほほ笑み(grin)ではなく、内なる微笑み(inward smile)」【口峡のこと】が口蓋を弓なりにし、発音の際の舌の自由な動きを促進することを発見している[655, p.95] 。 ロイドは、「舌をリラックスさせるための素晴らしい練習法」として、〈r〉をトリルすることを推奨している[351, p. 18] 。そして、ノヴェロ₌デイビスは、ディクションを上達させるための練習として、黙読と音読の両方で、単語形成の唇と舌の動きを練習するよう生徒にアドバイスしている[430, p. 129]
音を遮るものとしての子音。
23人の著者は子音を反音声的要素とみなしている。つまり、音を遮るものとみなしているのだ。著名な歌姫であるガリ=クルチ女史は、子音は 「単に母音と母音の間の区切りに過ぎない 」から、常に母音で歌うようにと生徒に注意する。「子音には運ぶ力がない。子音にしがみつくと、レガートを殺してしまう。」 [197] 。ベネディクトは、初歩の練習にはピッチのある子音を使うようアドバイスしている。l、m、n、r、v、z、ngのような子音は、「声域のあらゆる音程で歌うことができる。」[44;またCippinger 104, p. 26] 。ヘンダーソンとパールマーによれば、l, m, nの音はまさにハイブリッド(半母音)である。これらは時間値を持ち、子音の扱いと母音の持続時間値を兼ね備えている。そのため、それらは歌うときの声とあまり拮抗しない[242, p. 356] 。
孤立した子音を練習してはいけない、というのがハガラのアドバイスだ。完全なディクションでは、子音は常にそれに続く母音に伴わなければならない[220, p. 64] 。このカテゴリーにおけるその他の意見は、以下にまとめてある:
1. 母音は声の維持者である。子音は声の中断者である。[ Taylor 602, p. 13; Hjortsvang 276, p. 119]
2. 歌手のスローガンは「母音は長く、子音は短く」であらねばならない。[ Shaw 537]
3. 子音は「音の “リボン “がほとんど切れないように」素早く調音されるべきである。[ Young 698]
4. 歌唱には、喉と声の通り道を一切締め付けることなく、子音的なディクションを駆使する能力が必要である。[ Bartholomew 40]
5. 子音は母音と異なり、持続しない音である。したがって、その発音は素早く、明確に定められなければならない。[ Maybee 381, p. 8; Fory 187]
6. すべての声域において、歌手は声の質を犠牲にすることなく、すべての子音を明瞭かつ繊細に発音できなければならない。[ Patterson 440; Wharton 655, p. 34]
7. 歌手はこの2つの基本的な事実を決して忘れてはならない:a) 完全な声音を維持できるのは母音だけである。b) 子音は「維持される声音の中断」である。[Douty 142]
208/209
リズムを中断させる子音:”タイムスポット”
リズムとは、拍または時間単位の連続に基づく、音楽のアクセント構造のことである(W) 。歌では、リズムの時間的価値は通常、歌の単語に含まれる母音の音節間で配分される。このように、各母音は発声可能であり、かつ延長可能であるため、歌のリズム構造の可変要素となる。歌手の立場からすれば、子音はボーカルトーンを中断させるものであり、リズムを中断させるものでもある。この子音のリズム的な拮抗を克服するために、歌い手は子音の有無にかかわらず、それぞれの母音をタイムスポットで正確に発音するよう注意される。タイムスポットとは、楽音が始まる正確な瞬間のことである。こうして、旋律線のリズムは常に維持される[Howe 284, p.35] 。スコットは言う「ルールはとてもシンプルだ。子音はビートの前に、母音はビートの上に鳴らすべきである」 [501 p.106] 。ヤング は、br, cl, th, s, f のような音で始まる単語の先頭では、子音が「実際には音楽的アクセントの前にあるべき」であり、そうすることで、タイムスポットが母音によって正確に打たれるようになると考えている[698] 。ベネディクトは歌い手に、フレーズ単位を母音で区切るのではなく、子音で区切るようにアドバイスしている。そうすることで、知覚できないフレーズの間が、フレーズの始まりや終わりの母音の時間的価値を損なわないようにするためだ。つまり、子音で始まる単語については、「音符の少し前ではなく、音符の時間に正確に開始する」とい うことである[44] 。 ヘンシェルも、子音はその子音が属する音節の音で歌わなければならないと主張している[266] 。
手段としての誇張。
誇張とは、行動を大げさに描写するプロセスと定義される(W) 。ディクションにおいて誇張とは、ある音が現れる単語の中で、その音を異常に際立たせることによって、その音の価値を過剰に強調したり、際立たせたりすることである。歌のディクションを向上させるための工夫として、「はっきりした発音が習慣になるまで、すべての子音を誇張して音読すること」が提案されている[301] 。 スタンレイは、歌手のための練習として、「すべての子音は、非常に勢いよく、非常に速く発声されるべきである」とアドバイスしている[578] 。最後に、ノヴェロ・デイビスはこんな提案をしている: 歌声の訓練では、「母音は、誇張された子音に向かって、押し出すのではなく、素早く通すべきである。正しいプレースメントが必然的にもたらされる。」彼女は、言葉の練習において子音を誇張することが「歌に力強さ、優美さ、そして正確さを与える」とし、カルーソを含むイタリアの偉大な芸術家たちは常に子音を強調していたと付け加えた。イタリア人が歌唱において子音よりも母音を重要視していたと主張する人々は間違っている[430, pp.35 127, 131]。
209/210
SUMMARY AND INTERPRETATION
まとめと解釈
THEORETICAL CONSIDERATIONS
理論的考察
本章で扱う19のトピックのほとんどについて、声の権威の間ではかなりの合意が得られている。単純化と相関によって、歌手のディクションに関する254の記述が要約され、分類された。これらの分類は表8にまとめられている。理論的・方法論的なグループ分けは、歌唱における母音と子音の要因の別個の扱いと、歌唱と会話のディクションの特徴の比較からなる。
歌手のディクションの育成は、声のトーン生成における基本的な重要性と、ディクションがテキスト解釈の基本的な媒体であることから、ボーカル・トレーニング・プログラムにおいて最も重要なものとなっている。また、歌と言葉の価値は、教育学的に特別な関心事でもある。歌では声の要素が常に最上位にあるのに対し、スピーチでは声は従属的な要素になるのかもしれない。ウェブスターの定義では、歌うとは「音楽的な抑揚や声の変調を用いて」発声される口頭(発声)表現の一種であり、話すとは「歌うのとは対照的に、通常の声の変調を用いて」言葉や明瞭な音を発することである。明らかに、この区別は主に音楽的なものであるが、発声指導の過程で、歌声は話し声とは異なる特別な準備訓練を受ける。人に伝えるという観点からは、歌声にも話し声にも同じ表現法則が適用されるのは間違いない。とはいえ、この2つの間には技術的に大きな違いがある。その違いは、歌手たちが歌の要件に合わせて日常的な話し方の習慣を変えることに表れている。このような違いは、歌の言語における母音、発声、音楽的要素の強化や 優位性、また、話し言葉では人為的で愚かしいマンネリズムと見なされるような、歌唱におけるある種の美的、詩的、 劇的効果の許容性によって、さらに強調される。
歌のリズミカルな規則性、途切れのないフレージング、音域の広さ、ダイナミクス、テンポの可変性など、通常の会話で要求される以上の肉体的な鍛錬、呼吸器官と発声器官の連携が要求される。オットー・オートマンは『最近の音楽研究ノート(Notes on Recent Music Research)』[437]の中で、「歌唱に関与する筋肉の連携は、[通常のスピーチの]喉の位置には存在しない。その結果、話し声の推論をそのまま歌声に当てはめることはできない。」次のリストでは、歌とスピーチは簡単に交換できるものではないことを、さらに思い起こさせてくれる(第II章も参照)。
歌唱におけるディクションの特徴
1. 歌声の音域は、話し声の平均音域を1~2オクターブ上回る。(第六章)
2. 共鳴と投射の要素は、話し声よりもはるかに重要で、より目立つ。
3. 歌に求められる音楽的・美的要件は、話す場合よりもはるかに厳しく、時には明瞭さを音の生成に従属させることも要求される。
4. 歌唱は、発話よりも様式化され、持続し、劇的で、宣言的で、激しさを増した表現形式を用い、言葉の知的内容よりも感情的・美的要素が重視される。
5. 個々の声(母音)のトーンは一定の音程を保ち続ける。
6. 様々な声音間の音程を容易に聞き分けられる。
7. 個々の声(母音)のトーンには、定められた持続時間または時間値がある。
8. スタッカート、レガート、アタック、休符、フレージングといった音楽的要素は、歌の表現において特徴的な要素である。
9. すべての音と音の組み合わせのダイナミック値または強度値は、音楽パターンによって規定される。
10. 膨らみ(クレッシェンド)や減少(デクレッシェンド)の効果を利用することが多い。
11. 声音の持続時間は決まったリズムパターンに従う。
12. 声音は、定められた旋律パターンに適合する音程を意図的に移動する。
13. カデンツやエンディングでも、休止のリズム値は決まっている。
以上の理論的な議論から導かれるさらなる一般化は以下の通りである:
1.( 歌唱における)ディクションとは、言葉によるコミュニケーション技術を歌という言語に適応させることである。
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2. 歌声のディクションの身体的な基盤は息である。
3. 言語の明瞭な音声記号を生成するためには、息の流れが声道の中で変更されなければならない、まずフォネーション(発声)のプロセスを経て、次に声道の明確な輪郭の形成(母音形成)を経て、最後に音声記号が明瞭に生成される速度で舌や口腔の他の部分の調整(バルブ化)を経る。
4. 母音と子音は、歌声のための明瞭な口頭発声の基本的な手段となる声の初期的な形態である。
5. 母音と子音は、生理的または器官的な形成を基準として分類され、また音響効果によっても分類される
6. 歌唱のためのボーカル・トレーニングの基本は母音であり、これは歌声の基本的な聴こえやすさの要因でもある。
7. 歌唱において、母音は一般的に子音よりも発声の重要性が高い。
METHDOLOGICAL CONSIDERATIONS
方法論的考察
声楽指導の様々なテクニックは、この分野で集められた177の方法論の中で紹介されている。そのほとんどは、場当たり的な指導手順や経験則に基づく意見を主張するもので、他の指導法を無視して、ある特定のディクション指導法の優位性を主張するものである。このような文書化されておらず、テストもされていないスタジオでのやり方は、必ずしも最良の指導材料を提供するとは限らない。経験の浅い教師は、多くの場合、このようなアイデアの蓄積の中から、まず科学的な手段でテストしたり評価したりすることもできずに、個々の要求を満たす可能性のある方法を自分で選択せざるを得ない。これらの指導法がすべて、訓練を受けた調査員によって “委員会から “報告されるまでは、現在歌唱の基本的な教育法を構成している膨大な情報群に対する、その場しのぎの貢献としての真価は疑問のままである。
ディクションのテクニックは、発声のテクニックと密接に関連しているものだと考えられている。歌手にとって、母音は重要なトーンや リズムの要素であり、子音はアンチ・ボーカルの要素であり、トーンやリズムを邪魔するものである。歌唱において聞き取りやすさは最重要条件だが、歌手のディクションは、明瞭な発音のために声の純度を犠牲にすることはない。また、歌うことと話すことはそれぞれ独立した技能であり、異なる指導法を必要とするが、それでも、歌声を訓練することの利点は話す声にも反映され、明瞭な話し言葉のディクションの利点は歌うことにも反映されると信じられている。その他のテクニックとしては、統合された言語パターンのイントネーションに対する基本的なアプローチとして、心的イメージの使用や母音を正しく認識すること、ソルファ・トレーニング、ある種の舌のコントロール、母音の変化、そしてすでに十分に説明されているさまざまな子音テクニックなどが挙げられる。
一般的に、歌手のディクションを養うためのテクニックには、次のような2つの異なる流派がある:
a) トーンはテキストに従属する。
このグループは、話すように歌う方法を好む。最初は、歌の声楽的、音楽的価値はまったく無視され、テキストの意味が研究される。そして、歌の言葉を適切な会話場面で活用することによって、そのコミュニケーション価値を歌い手に明らかにさせ、「試してみる」のである。最終段階として、生徒がその本質的な意味を理解した後ではじめて、音楽的な発声パターンが話し言葉に付け足される。こうして、生徒たちは、自分の歌の発声要件を満たそうとする前に、テキストの解釈を重視することを学ぶのである。(第II章参照)この間接的なアプローチは、指導のあらゆるやり方に適用される。歌における言語表現は、母音と子音を別々に練習するのではなく、アイデア全体とそれに伴う雰囲気を一度に表現するフレーズごとのアプローチによって向上する。発声練習は、抽象的な音作りを上達させるために別に練習してもよいが、言語表現の完全性を妨げないようにしなければならない。
b) テキストはトーンに従属する。
このやり方では、歌はまず言葉の文脈を取り除かれ、一連の発声練習として扱われる。ここで強調されるのは、様々な母音の形、個々の子音、音節の組み合わせであり、これらは歌の演奏において声音の移動手段となる。部分的な指導法が採用され、まず歌のテキストを、母音の共鳴、カバーリング、舌の位置など、さまざまな技術的問題を具体化したテクニックの部分や単位に分析する指導方法がとられる。そして、それぞれの部分は適切な技術が身につくまで別々に練習され、最終的にこれらの別々の技術は、完成した曲を表す連続的なパターンに組み合わされる。
結論として、歌い手には、歌唱の為の人工的なディクション・スタイルを身につけようとする一般的な傾向に注意することが望ましいかもしれない。歌手で最もありふれた欠点の1つは、効果的にテキストの意味を彼らのリスナーに与えることができないことである。このような失敗の多くは、理解力の欠如が原因ではなく、むしろ歌におけるコミュニケーションの要素への関心の低さが原因である。言葉は技術的に正確に学ばれるが、その根底にある意味や雰囲気は十分に理解さていない。何度も繰り返し歌った後でも、歌い手はしばしば、表現したい一節を、その本質的な内容を伝えることができるように言い換えることが難しいことに気づくだろう。
また、生徒は、歌唱における静かな表現の豊かさも、大げさな発声や誇張された発声と同じように、良いディクションにつながる可能性があることを思い出さなければならない。しばしば馬鹿にされるクルーニング・スタイル【crooning、ビング・クロスビーに代表されるポップスの歌い手が多用する、ささやくような歌い方】の歌唱法は、その一番の長所として、最大限の容易な声の出しやすさと最大限の言葉の明瞭さを兼ね備えており、カジュアルな会話のような楽な言い回しに近いスタイルである。このような 「会話的な歌唱 」は、「オペラ的な歌唱 」を教える教師たちからは、声を萎縮させるという理由で広く非難されているが、それでも、声楽学習者は、会話的なスタイルで静かに歌を歌っているときの自分のディクションを、同じテキストをフルボリュームで堂々とした発声効果で歌ったときの自分の演奏と比較することは有益かもしれない。声楽の勉強を始めた当初から、ディクションの最大限の明瞭さと組み合わされた楽な音を育てる指導法は、学生歌手の芸術的な地位を高めるために大いに役だつであろう。
2024/03/15 訳:山本隆則