Practical Vocal Acoustics 
実用的な声の音響効果

第12章

Semantic Differences
意味の違い

常に多様な音声教育学的な見解と用語があった、と述べることは、控え目な表現である。たしかに、教師の語 ― それに付いてくる様々な可能性がある関連と含意を与えられる ― の選択には、重要な教育学的分派がある可能性がある。これは、必然的に意味の違いと意見の不一致に至る。しかし、意見の相違の大きさは、偽りのないオープンな話し合いと用語のより明確な定義によって減らされていくだろう。そのように議論されたいくつかの用語は、明快さと信頼のために以下で論じられる。

Cover Terminology カバーに関する用語
以前に指摘されたように、F1/H2交差での声の主要なターンは歴史的な用語であるカバー(cover)、カヴァーされた(covered)と関連している。この命名法は、残念なことに、重要な意味を持つお荷物で、すべての教師または過去の偉大な歌手にとって同じことを意味しているというわけではない。イタリアのテノールLuciano Pavarottiは 、公開されたマスタークラスにおいて実演し、このテキストで言うのと同じ現象である、良く実行された共鳴する声のターンを伴う微妙な受動的母音修正に対して、用語カヴァーの語― この著者の意見での ―を使った。(付録5:Youtubeの例を参照:例7(129ページ))さらにまた、もう一つのインタビューにおいて、パヴァロッティはカヴァーを、閉じて、より暗い音色で、よりエレガントなものとして、説明した(Toutubeの例を見る:例8);そして、3度目のインタビューで、結局、カバーしなければ、「本当のテノールでない」とまで主張した(Youtube例を見る:例9)。スペインのテノールAlfredo Krausは、カバーを信じないと主張した。彼の音は、全体的に明るくて時には開く傾向にあったけれども、彼の声は予測可能な場所で、又はその近くで、実際ターン・オーヴァーした。そのような異なる見解と語の用法があるにもかかわらず、成功裡に歌って、そして/または、教えるような人々によって、見いだされ、表現される。
一部の人たちは、パッサージオまたはパッサージオ現象のあらゆる認識を排除するか、少なくとも減らすことを好む。実際に、適切に実行されるとき、ターンに伴なう感覚は、通常、力強いというよりはむしろ微妙でアコースティックであり、発声の容易さが可能になる。他の人(例えばアメリカのテノールRockwell Blake(公共マスタークラスの))は、zone di passaggio ― Garciaが言ったように ― パッサージオを成熟した音を保存するために「暗い音色を加える」ものと言った(付録5:Youtube例を見る:例10)。開いたイェールが、音色において、若くて、エレガントではなく、未熟で、かん高くて、より緊張しているように聞こえることを確認するのは容易なことである。F1/H2ターンがなされると、深さと色が加わるか、維持される、そして、確かに歌手にとっては音色において暗く思えるかもしれないが、観衆のためにはいかなる大きさでもリングを犠牲にしてはならない、そして、イェールのそれとは異なる、ある種のリングを強化することができる。

Connecting Terms with Acoustic Strategies 用語と音響戦略の関連
F1/H2交差のすぐ下のポイントで、ターンよりすぐ上に、以前にリストアップされた3つの戦略に一致する少なくとも3つの使用可能な戦略がある(ターニングとフープ間の共鳴戦略(27ページ)を参照):
1)F1は、より早く/より低くターンを引き起こすために、能動的に降ろされることができる。それはまさに重いカバーのタイプである-劇的に暗くすることと母音の修正を伴う-それは多くの人々には好ましくないことがわかる。残念なことに、この戦略は、カバーと言う語義によって、一部の教師と歌手にとっては同じものと考えられる。このアプローチへの身体的な相関物は、より閉じた母音発音、降ろされた喉頭、丸められた唇、あるいは更にトランペット・リップ(突き出された唇)を含む-換言すると、能動的にチューブを伸ばし、母音を閉じる。
2)F1は意図的に維持される。そして、H2がF1の上にスリップするように起こる受動的な修正を可能にする。これが、このテキストにおけるカバーという語の意味である。母音は、形の変化ではなく、ピッチ変化によって滑らかにわずかに閉じた隣に移動させられる。母音音質が微妙に移される間、最初の声道と母音の形はパッサージオを通して実際に意図的に維持される。このアプローチで、まったく口蓋または母音形を崩壊させないこと、形の変化による母音修正に「屈服しない」こと、また、(より劇的なターンが要求されない限り)結果として生じる修正またはより中立母音(neutral vowel)のスピーチ形を作らないことは重要である。
3)F1は、意図的か、本能的に母音を開くことによって上げることができる、開いた音色を上へ広げて、声のターンを遅らせるだろう。これは、発音が許され、イェールに変わることなく、ただ少しピッチが高くなるだけならば、良しとされる。
さらにまた、カバー(cover)や、カバーされた(covered)、という語は、音を弱めることか抑えることを意味するだろう(普通求められない音質)。この理由から、大部分の教師はこれらの語を避けて、その代わりに、「声のターン」ならびに「ターン・オーヴァー」「ターン・オーヴァーされた」を用いる。若い男性と移行ゾーンを訓練する際に、戦略の1番目(閉じた母音、そして/また、わずかに長いチューブへ移ることでF1を降ろし、ターンを意図的に早めること)で強いイェール本能を過剰に矯正することが一時的に必要であり、役に立つ場合がある。この操作は、最終的な発声としては、あまりに暗くて、鈍くて、潜在的に重過ぎる音になるだろう。それは、最終的にバランスを取り戻す必要がある。そのあと、一つのピッチ上で、滑らかな「音色のグリッサンド」 ― 開いた音色から、ゆっくり滑らかに閉じた音色へターンすることによって―を試みることは、途中で理想的な音色の釣合いを経験するかもしれない。例:テノール・ヴォイスに以下の進行を歌わせる:D4で/ɛ e ɪ i/を、ゆっくりと、そして、同時に母音を閉じて音色を深めること。喉頭が安定して低いならば、音色は/e/、あるいは、/e/と/ɪ/の間で閉じなければならない、ほとんどはっきりとした/i/までには至らない。それらの母音を含んでいる一連の語は調音の自然さを促進するかもしれない:「bet, bait, dit, beet」、あるいは、「bed, bayed, bid, bead。」それから、同じ母音の多少開いたバージョンで、この運動を試しなさい。ターニングのピッチに非常に近いならば、開いた、ターニングして、そして、閉じた音色で母音を実行することができなければならない。

Timbral Terminology: Close or Closed 音色の用語:閉じた(Close)、または、閉じられた(Closed)
両方の形容詞の閉じた(close )/klos/、そして、閉じ(られ)た(closed)は、低い第1フォルマントと収束性共鳴体の形と一緒に、母音について記載された音声学の論文のなかに見い出される。どちらの語にも長所と短所がある:閉じた(close)は、閉じられる(closed)と言うよりはむしろ、近くに(near)を意味するので、開いた、の正反対を意味するには、閉じた(closed)のほうがより正確である。他方、母音は多かれ少なかれ開いているはずである、しかし、何かが、多かれ少なかれ閉じられているのか?例えを使うと、ドアは開いているか、閉じているかのどちらかである。一旦開くならば、それは多かれ少なかれ開いていることはあるが、多かれ少なかれ閉じていることはありえない。閉じた(closed)は、音質の程度を見積もることはない。さらにまた、close /kloz/は動詞(openのように)でもありえるので、そのように教育的な指示として有効である。
身体的に、その用語は、硬口蓋に対する正面に向く舌丘の接近度に由来する。狭母音(close vowel )は硬口蓋の近くに舌丘がある、そして、開いた母音はそうではない。舌はより閉じていること、または、閉じていないことができる、しかし、母音によって口の外に流れる空気と音のために、舌と口蓋の間には常にいくらかのスペースがあるので、母音の調音で文字通り、閉じたと呼ばれるようないかなる身体的な状態も成してない。
国際音声学協会は、その用語、閉じるを使う。この著者はその使用法に従うことを選んだ。そして、個人的に、それが教育的概念と閉じの度合(閉じた、いくぶんしっかりと)を使うことによってより互換性を持つことがわかった、母音をさらに開くことまたは閉じること、音色の開閉等々。正当な議論は、closedの用語の代りのcloseに反対してなされることができる。この意味論的な違いが概念の理解も減少させることなく、その役に立つ実用的な適用も妨げることがないように望まれる。

Register Terminology レジスター用語
この議論には、長い歴史がある!多くの用語は、過去50年の音声科学文献で使用されてきた:重いそして軽いメカニズム、モーダルとロフト、ほかに胸声、頭声とファルセット。
振動のモードvs.頭声区と胸声区
声のレジスターのために最新の呼称(しかしまだ一般的でない)は、以下の通りである:
1)モード0、ボーカル・フライ/パルス(pulse)
2)モード1、厚い声帯または「胸声」(より高い接触指数:およそ50%を超える)
3)モード2、薄い声帯または「頭声」(より低い接触指数:およそ40%未満)
4)モード3、ホイッスル・レジスター

これらの呼称は、主に筋肉(CTまたはTA)または振動知覚の場所(頭、胸)によるよりはむしろ、全音域にわたる声帯の基本的な振動の仕方に関係している。しかし、それらは特定の機能と形状から起こる。モード1は、TA(甲状披裂筋)優位で、モード2が、CT(輪状甲状筋)優位であると考えられる。モードはまた付随する音響特性も持つ、そして、モードからモードへの切り替えは音響の要因を不安定にすることによって引き起こされるだろう。
この著者は幸いにも、特に振動特性に関して、その強調のために新しい用語を受け入れる。振動のモードは、EGGで測定されたほとんどすべての歌手において2つの部分からなるように見える。すなわち、優れた歌手は滑らかな音の移行をなしとげるけれども、声帯の形と接触比率において、全く滑らかで段階的な転換を達成している歌手はほとんどいない。しかし、全音域にわたる甲状披裂筋と輪状甲状筋の関わり合いは、全くバイナリ(オン/オフ)ではない。両方とも、我々が使う声帯の形の多くで、様々に変化する部分が必要とされる。そして、どちらか一方が主に、または、完全に受動的である形もある。
熱心さにおいて、この新しい用語の長所に対して断固として受け入れない-憤慨してさえいる ― 何人かの人々は、古い用語を使う。これは不必要である。より以前の用語のいくつかの従来通りの使用は、その好みで使われている:過去10年の大部分の文献はそれを使っていた。歴史的な教育学的文献を読むことを拒否しない限り、我々は少なくとも、これらの語を理解して、翻訳することができなければならない。さらにまた、用語頭声と胸声は、実在的な共有される身体的な振動感覚から生じた。そのような生体フィードバックを持った人間の認識は、新しい命名法によってなくなることはないだろう。その点で、用語頭声と胸声は、教師たちが知覚場所をより具体的に述べる場所として十分に普及している。最終的に、音質の程度を示すのに適用可能な用語を持つことは、役に立つ:headier(頭主体の、頭声優位の)そして、chestier(胸主体の、胸声優位の)。(1‐ierと2‐ierは何の作用もしない。)
何人かは、古い用語が性的偏見を示すと主張した。逆に、みんなは頭声と胸声を持つ。どちらか一方を性と強く結びつけ、その補足の使用を性によって制限する教授法の範囲内だけで、潜在的な偏見があるのか。語それ自体に対する固有の偏見はない(この可能性がある関連したものだけ)。そして、それはきっと最後の関係である。赤ちゃんでさえ、両方の喉頭声区を持ち、それを使う。そのように、よく訓練された歌手達もうまく行う。
この著者は、振動モードの用語法の増加する使用法を予期し、歓迎する。新たなものについての我々の容認のために、歴史的な用語を、実際に消去したり避けたりする必要はない。それは結論が出せない、対立を生じる戦いである。そして、問題にする価値がなく、勝てそうにもない。

Mix and Falsetto ミックスとファルセット
もう一つの意味論的なジレンマには、用語ミックスとファルセットがある。ミックスは、TAとCT筋肉の間における協力分野に言及するために、ミュージカル劇場界ならびに若干の西洋クラッシック教育で使われる。それは、おそらくより頻繁に、モード1の変形、すなわちTA優位、を記述するのに用いられ、より少ない厚みまたは垂直位相差ではないようだ。関係する別の新たな筋肉はない、したがって、独立したミックス・レジスターは当然ない、しかし、それは微妙であるが、重要な音色の特徴とより重くない発声を指し示すようである。上述したように、証拠は最近明らかにされた(Donald Miller、2013)。そして、それはこの音質を特定の共鳴戦略によるものであると考える:突出する第2倍音をキープし、なお且つF1をこえるために、それらの間のH2を共鳴させるためのF1とF2の集積性。(H2の突出はベルト音色の主要な特徴である。)
ファルセットは、空気の漏出とその結果として生じるより弱い発声で、披裂軟骨間の声門の割れ目による、モード2の息が漏れるバージョンであるとしばしば思われる。他の人にとって、ファルセットは、モード2(何人かの人が「強化されたファルセット」と呼んだもの)に、類似している。モード1のサブカテゴリであるミックスとモード2のサブカテゴリであるファルセットを理解するならば、過去の意味の違いを理解して、生産的な会話を続けることができるはずである。

Belting and Yelling ベルティングとイェーリング
このテキストは、定義上ベルティングをイェーリングの上手な形と呼ぶ。これは、軽蔑的でも、有能なベルターが、たとえばスポーツ競技で見られるように、ただ叫んでいるだけであると示唆するつもりにもない。これは、基本的に音響の観察である。叫び声で使用される同じ基本的な音響の戦略は、ベルティングでも使用される:第2倍音の第1フォルマント追跡。しかし、しばしば健康リスクをよりはるかに増やす雑音要素を伴う、不器用なイェーリングは危険な圧力レベルでなされる。そして、その両方はしゃがれ声になる可能性がある。ミュージカル劇場産業の忙しいパフォーマンス・スケジュールでさえ、適切に演奏されたベルティングは持続可能で、しゃがれ声または他の不健全な声にはならない。どんな高エネルギーの 発声法(オペラの歌唱を含めて)でも、不完全で、かなり長い時間、短すぎるタイム・スパンで、そして、十分な回復時間なしで歌われるならば ― 疲労、炎症と更なる健康問題につながることがありうる。

しかしベルティングをイェーリングと関連づけるもう一つの正当化する理由がある。ワールドミュージックの多くの種類に於けるベルティングとその同類のものが非常に説得力をもつ表現力豊かな理由の1つは、まさにイェーリングへの彼らの自然なつながりである。我々は、高いエネルギー、高い感情と高い関与のときに叫ぶ。ベルティングは、その自然の関係をフルに活用する。もちろん好ましいベルティングを教える人は誰でも、その技術と、生の有害なイェーリングを区別する際に、非常に注意を払わなければならない。何人かは、「イェーリング」という用語に付きまとう乱暴な力を暗示させることを避けるために「call」という用語を使用するのを好むかもしれない。それにもかかわらず、全く音響的見解から、ベルトとイェールの両方を定める主な原因は、F1/H2追跡、それゆえに、声の音響に関するこのテキストのそれらの関連したコネクションである。しかし、ベルティングは、変更されたイェールの音響戦略の、巧みで ― 適切に出されるとき ― 健康的なフォームである。

 

2018/06/17 訳:山本隆則