fauces(口峡)とは、ラテン語から来た語で、渓谷、或いは、狭い道を意味します。
口峡柱(pillars of the fauces)は口腔と口咽頭の境目となる2対の柱(piller)で、前後それぞれ2対の柱の間のスペースが扁桃窩と呼ばれます。
舌と口峡柱
前口峡柱にあたる口蓋舌筋(palato-glossus m.)
での横断面(舌の前部が切り取られている)
Witherspoon(1873-1935)は、1925年に”Singing”を出版しました。The pillers of the faucese(口峡柱)を重要な発声器官とし、それを詳しく述べている書は、1774年のマンチーニ、1902年のリリー・レーマン、そして、1925年のウィザースプーンで、それ以降のものには、若干の説明はあったとしてもほとんどの著者は無視に近い扱いをしています。
P13
マンチーニは特に、口峡が前方を向いていなければならないことを説き、「今どきの歌手」(つまり18世紀後半の歌手)は、声を損なうまで、口峡を伸ばしたり、緊張させたりすることで、より大きな力を得ようとしていたことに注意を促していますが、これは、彼が自由に活動する口峡、つまり自由に活動する口蓋で歌うことを信じていたこと、少なくとも局所的に意図的な緊張を与えずに自由に活動することを意味する一つの主張を可能な限りわかりやすく物語っています。
p.67 Chapter XI
私は、以下のような昔の楽派の考え方に注意を喚起したいと思います。
(2)口峡は、いつも前方に向けなければならない。(Mancini)
p.69 Anatomy of the Vocal Organs 発声器官の解剖学
(5)2対の「口峡柱」は、前側または前方の2対は、舌の後ろの根元から起こり上に向かって軟口蓋で終わる、後側または後方の2対は、咽頭の下側から起こり上に向かって、同じく軟口蓋で終わる。
これらの口峡または口峡柱は動きが似ています;それらは各ペア間の開きを広げたり狭めたりすることができ、前方のペアは後ろのペアより広く分けられか「間隔をあけられる」、2つのペアは「扁桃空間」を大きくしたり小さくしたりすることによって隔てられる、あるいは、正面から見たとき、それらはほとんど一緒に一直線上に見えることもある。それらは、舌と喉頭、そして次のものに密接に連係している。
(6) 軟口蓋、口の後部の屋根を構成している線維層の軟らかいベールで起立力のある組織または膜で形成されている。軟口蓋は上の前方、上の後方に収縮することができる、あるいは、舌の方へ下向きに弛緩して咽頭を見えなくしたり、さらにほとんどの場合後部で舌に触れている。軟口蓋は、その後部と後口峡の間で終わる。
(7) 口蓋垂は小さく、先が尖っていて曲がった形をしており、軟口蓋と同じような収縮力を持っている。口蓋垂は上方に収縮して軟口蓋の中に入り込み、実質的に軟口蓋の中に消えてしまうこともあれば、後方、上方向へ、曲がり反り返って見えなくなることもある、また、舌に向かって下方に弛緩してしまうこともある。それは、軟口蓋と口峡柱による動きと密接に連係している。
(12) 口の空間または腔は、舌、口蓋、口峡などによって大きさや形が左右される。
p.71
簡潔に、対応する嚥下行為は以下の通りである:
舌が後部で「盛り」上がり、軟口蓋は咽頭の後の壁に向かって上がり、鼻の通路を閉じて、飲食物が鼻の通路や鼻咽頭に押し上げられるのを防ぐ;口峡は飲食物を通すために広がり、喉頭が上がり、喉頭蓋が完全に喉頭の上に降りるか、舌の角度によって部分的に下降する、その一方で、外から見ると、顎の後ろの舌下外側の筋肉が押し下げられているのに気づく、;高くなった喉頭とこれらの筋肉は、喉上部の外側の部分、そして、喉頭または「のどぼとけ」のすぐ上のあごの下で、ほとんど堅いこぶになる。披裂軟骨は前進して、声帯は閉まり、そして、一塊になる。これらの動きについて知ることは最も重要である、なぜなら、この一連の機能や行為の混乱が、正しい歌唱や発音の妨げになるからだ。
p.72
話すことや歌うことに連係する動きは、飲み込む行為とは実質的に反対で、一定の法則に従っているが、生み出される音声によって程度が異なるだけである。
呼吸サスペンション(一時停止)は保持される、肋骨は固定され、上腹部の筋肉は収縮して引き込まれる、喉頭は喉のなかで上でも下でもなく正常な位置のままで、舌は上向、前方に上昇し、発話または音の法則に従って平らにしたり位置を変えたりする、喉頭蓋は必要に応じて舌根に向かって上へ折りたためられ、軟口蓋は、上向き、前方に上昇する、口蓋垂は収縮し、上昇するピッチで徐々に消える、口峡もまた、音程の上昇に伴い狭くなり、軟口蓋の前部でくぼみの陥凹は鼻の通路を閉鎖させる。唇も音程と音量に比例して開かれる。
p.74
音程が上がると、喉頭の輪状軟骨は音程の上昇の変化に応じてその軸を回転し、声帯を後・下に引くことで、より速い振動のためにエッジをどんどん薄くする;舌が協調的に上・前方に共同して上がるり喉と口の形を変える;口峡は前方にむけて狭くなる、または接近する;口蓋垂は上昇し、最終的には見えなくなる、軟口蓋は前・上に上昇するが決して後方ではない、その一方で、喉頭蓋、舌の下の後部に向かって起き上がり、明瞭であるか不明瞭であるかの音質に関して独自の法則を持つようである。
p.83
ここでも、ピッチが上がると、音波はより短くなり、口峡はそれらに合わせて狭くなります、そして、より高い音声はより狭く、より明るく、大きくも暗くもなく、そして、それらが上ー外の方向をとるのを歌い手は感じます。多くの教師がこれに反対するだろうと思いますが、他のどの処置も「咽頭声(pharynx voice)」となり、暗く、すべての音声に不可欠な「鳴り(the ring)」が欠けた陰鬱な音声になりますが、特に高い音声には欠けています。
咽頭の後部壁に対して後方に軟口蓋を上げることは、これまでも今も広く教えられてきたことですが、教師と歌手の最も有害な創案の1つであると、最も強い言葉で非難したいと思います。この動きは発声器官の嚥下行為の一部であり、口峡間の開口部の適切な形成を妨げ、うつろな強制された「咽頭」声を生じ、高音を台無しにします、現代の歌手達の間で優れた自由な鳴り響く高音がめったに聞けなくなった主たる原因である可能性があります。マンチーニの時代にまでさかのぼっても、いかに口峡を使うべきかを正確に教えられており、この権威者は、「現代の」歌手達、つまり1784年頃の歌手達が、口峡をしっかり締めたり広げたりすことによって、より大きな力を得ようとし始めていたことをとても注意深く説明しています。この動きの間違ったアイデアは、それによって鼻の通り道が閉ざされ、鼻音を防ぐということです、しかし、硬口蓋のすぐ後ろの軟口蓋に形成されたわずかな陥凹またはくぼみは、同じ目的をはるかによく果たしており、ピッチ、音質と音色の調整を助けるために軟口蓋と口蓋垂の後部は自由なままにしておきます。【太線強調:山本。この段落は、口蓋帆咽頭ポートの閉鎖の仕方について言及している非常に興味深い箇所。ただ、ウィザースプーンは、軟口蓋の陥凹で閉鎖すると言っていますが、最新の研究では、口峡柱で左右の方向に接近させて閉鎖させる方法があることが、Moon & Kuhen 2004などによって示されています。】
p. 94 Chapter XIII Phonetics 音声学
Kは口蓋の子音で、口蓋での破裂音を引き起こし、口蓋と舌が結合して形成された後、非常に激しく分離します。それは、口蓋、舌と口峡の動作を引き起こします。しかし、喉頭への反応が強く、ある種のショックがあるので、使用は控えめにしなければなりません。
p.99
ここでは、さまざまな間違いに対する音声学的修正を表Iと表IIとしてまとめてあります。
誤り;
口蓋を後ろに引き上げた広がった口峡。
音声学的修正;
HUNG、NAH、MAH、MING、MY、またOOなどの鼻声の音声を使います。AW、OH、開いたAHは避け、HM、MUMMは有益です。
p. 103 Chapter XIV Exercises after Removal of Tonsils 扁桃腺除去後のエクササイズ
扁桃腺を切除した後は、扁桃腺があった場所に瘢痕(はんこん)組織が形成される危険性があります。また、口狭柱を傷つける危険性もあります。実際に切断されたり、”傷がついた “膜の収縮による “引っ張り “が原因で起こることもあります。昔の考えでは、何週間も何ヶ月も休ませてから歌を再開していました。しかし瘢痕組織はその中心に向かって収縮したり引っ張られたりするので、これは重大な誤りであることがすぐにわかります。私は、再発性出血の危険性がなくなり、手術に伴う腫れが治まったらすぐに、膜を伸ばしてこの収縮や引っ張りを防ぐために、声と声帯のエクササイズを確実に助言します。エクササイズは特に、「HUNG‐A」、「HUNG-E」、「HANG-I」、KAH、KE、KI、MAH、MAY、MEE、OO-AH、MING-MONG、NAH-NI、MY、のような、逆の行動を引き起こす口蓋と口峡音声体系(palatal and fauces phonetics)から構成されなければなりません。
2021/12/08 訳:山本隆則