【コメント】
ヴェナードのこの項は、非常に刺激的で面白い。この項をいつ書いたのか、初版からか、再版のどこかのタイミングで書いたのかは知る由もないが、彼が使う”2800″は、シンガーズ・フォルマント、や歌唱フォルマントと言われるものである。この高次のフォルマントと喉頭蓋の関係は、ヨハン・スンドベリの見解と一致する。ただ二人とも喉頭蓋の位置を具体的にどうこうするとは書いてない。しかし、ラッセルの見解である、喉頭蓋谷が2800に関係するという見解は大変興味深い。喉頭蓋谷(valleculla、下図を参照)を広く保つこととは、喉頭蓋は低くするが舌根で押さえつけてはならないことを意味する。この意見は、ガルシアの「喉頭蓋を下すときに舌を用いておろしてはいけない。」と言う意見に一致する。

322 我々は喉頭を、それが声帯の位置にあるため、単に振動体であると思い込んでいる。しかし何といってもそれは腔でもあるのだ。たとえそのことが驚くべきことだとしても、非常に重要な共鳴体である可能性がある。Bertholomew (pp. 145-147) は、ピーボディー音楽学校に研究論文を提出している。そこで示されているのは、声の”ring(鳴り)”とは、男性で平均約2800-2900サイクル近辺(約F7-F#7、ピアノが出す一番高い音)、そして女性ではより高い約3200サイクルの強い倍音のことである。この活発な周波数は変化し、研究者によって同様のものとしては報告されていないが、”2800″は覚えやすいので、私は声に”ring”を与えるこれらの高い周波数すべてを意味するために、これ以降引用符付きでそれを使用することにする。
323  この”ring”は、喉頭との関係で様々な特徴を持つ。それは、フル・ヴォイスに音量を変化させない限り、ファルセットでは決して聞くことはできない。これは、振動体によるものであることはわかっている。ファルセットに於ける ”ring”の欠如は、喉頭に於ける筋肉抵抗が弱く、息の圧力の多くが上部の部分音を鳴らすにたる十分なエネルギーを残さずに基音に行ってしまったために起こる。換言すると、ファルセットは比較的息っぽく”hooty”(フクロウの鳴き声のような)である。もちろんより強いファルセットがあることはわかっているが、そのようなケースでは”ring”を聞くことができる。 (ちなみに、女性は男性よりファルセットを多く用いるという主張は、我々が論じている、”ring”が女性でより少ない、特に最高音域に於いて、と言う事実と一致します。また、”ring” は、断続的であり、高輝度のビブラートの段階でのみ起きる。
324  声門の上は、披裂喉頭蓋襞で境界を定められた空間で、ウィスバーグ軟骨(楔状軟骨)によって固められ、喉頭蓋によって開いた状態を保ち、喉頭の襟のようなものを形作っている(205)。我々は次のように想定することができるだろう。声唇に適切な緊張がある場合、上記したおおよその振動数のうちのある上音が生み出され、同時にその襟の形は結果的に空気のスペースにたいして形を変える;或いは、その襟が正しく形づけられるならば、その中の空気は、それを響かせるために喉頭振動の十分な強さを供給する「2800」の振動数で振動する。Russellは、喉頭蓋の機能に大きな重要性があると考え、さらに、ウィスバーグ軟骨は、我々が考えているよりもっと重要であるかもしれないとほのめかす。
325 たくさんの複雑な要素があるので、毎秒2000サイクルの共鳴にこの空洞をうまく一致させる方法を言うことはむつかしい。同じように全般的な部位の中にも、ほかの空洞が存在する。Russellは、valleculla(喉頭蓋谷)と呼ばれる図3-10 喉頭蓋と舌舌と喉頭蓋の間の空間にも注意を喚起している。上記で述べられたのと同じ状態がこの空洞にも当てはまるだろう。喉頭の襟と甲状軟骨の間にあるpyriform sinuses (洋ナシ型洞)として知られている空間もまたその資格がある。Eijkman は、口峡柱と咽頭の後ろの間のスペースが”2800″共鳴に合致すると示唆している。これは容易に鼻音性に関係づけられる; これは、多くの歌手達が、”2800″は、「音を鼻に置く」ことによって得られると考えている理由の説明になるかもしれない。私はさらに”twang”に関するPagetのアイデアに非常に強く印象付けられる。(411)
326 いずれにせよ、「声を共鳴させること」と一般的に言われるものが実際に、「2800」を獲得することである、そして、これは完全に、正しい共鳴であるのと同じくらい正しい振動の事でもある。また、たとえ実際に共鳴であるとしても、それは意識下のいくつかの小さな腔に於いて、主に耳で間接的にコントロールされるだけである。しかしながら、それがある音で現れ、他の音では現れないので、我々はそれに対して無関心でいるわけにはいかない。そして、どんなに間接的であろうとも、それを生み出すであろうあらゆる手段は教えられなければならない。喉頭蓋が関係する限り舌はそれに影響を与えるだろう、何故なら、2つの動きが緊密に関連するためだ。これは、舌のさまざまなエクササイズが、なぜ「共鳴」或いは「ring」のために使われるかの理由を説明するだろう。後者は、この音質のためにより良い言葉である。頭腔がそれに関係すると言う考えは、ただ想像上のものか、比喩的であるかだけである。[Vennard, Singing  p. 89-90]