[ゼムリン:言語聴覚学の解剖整理、原著第4版 Willard R. Zemlin 著 建村卓:監訳 浮田弘美 山田弘幸 p. 91]
圧-容積図 (Pressure-volume diagrams)
(弛緩圧曲線とは)別の圧曲線が、能動的な吸気力と呼気力を測定することによって得られる。最大呼気圧と最大吸気圧を弛緩圧曲線と共に図示すると、全図で圧―容積図となる。図2-78では、3つの異なる状況が表されている:
- 呼吸筋群が完全に安静状態であるとき(Rp).
- 呼気筋が最大に収縮したとき(Ip).
- 呼気筋が最大に収縮したとき(Ep).
図2-78に示される圧―容積図は、Rahn らの得た資料に基づいている。圧は、mmHg 【水銀気圧計による圧力の単位で、水銀柱1㎝=水柱13.6㎝】で表されている。
図2-78
呼吸時の圧―容量曲線.
吸気圧(Ip). 弛緩圧 (Rp). 呼気圧 (Ep) は、
Rahn et al. (1946) のデータに基づく.
吸気圧曲線 inspiratory pressure curves を得るために、被験者は、最初、肺を随意的に、規定の%肺活量になるようにふくらませ、その後、スパイロメーターのチューブを通して空気を吸い込むように指示される。もちろん、システムが閉じているので、空気は肺に入ることができない。しかし、陰圧だけは発生する。構造的な見地から、吸気圧はしぼんでしまった肺の状態で最大になり、完全にふくらまされた肺では最小であるはずである。Rahn らの得た数値を、図2-78のEp で示す。
呼気圧曲線 expiratory pressure curves を得るためには、被験者は自発的に完全に肺から空気を排する。これが終了すると、肺にはわずかな空気が残るだけである。その後、被験者は、規定の%肺活量まで吸気を指示され、その後にスパイロメーターのチューブを通して最大努力で排気する。呼気圧は、ほぼ完全に空気が抜けた肺で最小であり、完全にふくらまされた肺で最大になるはずである。呼気圧曲線wp図2-78のEp で示す。
非常に低い肺胞内圧から非常に高い肺胞内圧まで発声させることができる人間の能力に対して、昔から強い関心がもたれてきたのは、どんどん未知の環境に人々を送り込んっできた科学技術の進歩と歴史的に関連があるようである。水中での航海、潜水に伴う加圧下での環境、空気の薄い高い高度を飛行する環境などは、それらの例である。例えば、大気圧の空気を吸って、上昇する水圧に胸郭がもはや打ち勝つことができなくなる前に、どれほど深く人は水中を降下することができるのか?
1907年に、Basel (Switzerland) のJacquet は、「pneumatic differentiation cabinet」を用いて、実験した。そのcabinetの中では、被験者が、その中に座って、外界と管を用いて呼吸できた。送風装置を用いてチャンバの内圧を変化させて、大気圧より低い圧にしたり高い圧にして資料を得た。内圧を変化させたときの安静状態での被験者の一回換気量を計測し、初めての弛緩圧曲線を得た。
1911年に、Bernoulli (有名な数学者の子孫)は、同じチャンバを使用して、異なる陰圧と陽圧を内部に発生させ、最大努力曲線 maximum-effort curves を、Jacuet の弛緩圧曲線と組み合わせることによって、初めての弛緩圧―容量曲線がえられた。
その後、1919年に Fritz Rohrer (スイスの生理学者で医師)は、初期のJaquet とBernoulli の研究では明らかにならなかった、弛緩圧―最大努力曲線 relaxation and maximum-effort pressure curves を得た。しかしながら、彼の実験方法は特異的であった。その理由は、彼が様々な圧力での肺容量よりも、むしろさまざまな肺容量での圧力を計測したためである。しかし、Fenn and Rahn (1964) が指摘するように、Rohrer の洗練された呼吸運動力学についての高度な分析は、追試されるねべき重要な基本事項をほとんど何も残さないほどであったけれども、彼の仕事は生理学の教科書には決して記述されることはなかった。結果として、過去の研究に関する知識を持たずに、すべての圧―容量に関する問題は、第二次世界大戦の間に再び研究されるようになったのだ!
しかし、今回は、人が口腔を飛んだり、水中深く潜ったり、そして地球の重力場から自由に宇宙へ飛び出すことを夢見ていたので、これらの研究は受け入れられたのであった。
肺胞内の要求 しばしば日常生活では、受動的に生成される内圧を上回る肺胞内圧が必要とされることがある。加えて、肺気量の広い領域を超えて、陽圧の肺胞内圧が、ある種のスピーチや歌唱作業では必要である。喉頭と発声についての次章では、君たちは、発話機構が必要とする気圧はまったく適切なものであるということを知る。例えば、声帯振動を維持するために要求される肺胞内圧の最小値は3㎝H2O 程度であるが、特定の子音の産生、大声での発話、歌唱には、15~20㎝H2Oほどの圧が必要である。
図2-78 の圧―容量曲線図が示唆するのは、呼吸器系は実際には、必要に応じてかなり高い肺胞内圧を発生させることができるということである。咳または強いくしゃみをするときのように、最大努力性呼気の際に、肺胞内圧は200cmH2O の高さまで上昇し、爆発的に開放された空気は毎時120~160km の速度で、上気道を通って口から放出される! 最大努力性吸気の際、肺胞内圧はー150㎝H2Oになることがある。これは、突然の横隔膜の収縮活動である「しゃっくり」のときに生じる。しゃっくりは、吸気時に声帯ヒダが唐突に瞬間的に閉鎖することによって吸気が中断される激しい活動である。
圧―容量曲線図の意味 圧―容量曲線図の興味深い意味の1つは、吸気圧曲線と呼気圧曲線を検討することで見ることができる。いかなる肺気量であっても発生させうる最大吸気圧や最大呼気圧は、弛緩圧と筋力の算術的合計になることである。最大呼気圧は、完全に膨らまされた肺からの弛緩圧と筋力の合併効果である。驚くほど高い呼気圧を、非常に低い肺活量で発声させることもできる。肺活量のわずか10%まで膨らまされた肺では、40mmHg(55cmH2O)以上の圧を発生させることができるが、ここでは、筋性の努力は、一部分が胸郭が外側へ戻ろうとする傾向に打ち勝つために費やされ、また一部分が肺胞内圧の上昇のために費やされる。
安静時レベルでは、呼気圧は完全に筋肉の努力に依存している。その理由は、弛緩圧は安静時の肺容量ではゼロであるためである。換言すれば、呼気圧曲線では、安静時より大きな肺容量では、弛緩圧と筋圧の両方とも正の符号を有するが、一方、筋力が陽圧になる安静時レベル以下での弛緩圧と筋力は相互に拮抗的である。
吸気圧曲線にとっては、これらは相反的である。安静的レベル以上の肺容量では、筋力が負の符号で、弛緩圧は正の符号である。安静時レベル以下の肺容量では、弛緩圧と筋力の両方が負の符号になる。
このような関係が示すのは、呼吸器官は多様なシステムであり、ほとんど無制限に陽圧と陰圧の力の組み合わせが、非常に広い肺気量の範囲全体で肺胞内圧を正確に調節していることである。
吸気力と呼気力は同時に発生するので、呼吸筋の寄与の様相について正確に詳細に調べることは、特定の肺胞内圧について十分に説明するためには必要である。特定の肺気量での肺胞内圧は、弛緩圧によって説明できるように思えるが、実際には拮抗する吸気筋力と呼気筋力の結果であり、弛緩圧の力ではまったくない。
私たちは、実際の気流は起っていないような相対的に静止した条件の下での肺胞内圧の生成について話してきた。発話行動に呼吸の力学を適応するためには、君たちは運動している状態を考えなければならない。さらにものごとをむつかしくするのは、音声言語器官内部での気流に対する抵抗が、構音、ピッチと声の強さの抑揚、ストレスの置き場、最終的に言語上の因子のせいで常時変化している条件の下で、特定の肺胞内圧が非常に正確に維持されなければならないことを説明する必要がある。私たちが望むことができる最高のものは、せいぜい問題の複雑さを直観的に認識することである。君たちは、音声生成システムの一部だけを見ることで、発話機構の複雑さを理解しようとするのは危険であることも理解し始めているだろう。