大きな喉 [Vennard, Singing p.98-100]
360 歌手達は口の調整に関して意見が異なる、しかし、大部分は開いた喉については意見は一致する。音が締めつけられた喉で生成されるならば、口がそれを満足のいく声にすることはありえないだろう。咽頭の壁を形づくる3つの大きな筋肉がある。それらは、上、又は上部収縮筋、中、又は中部収縮筋、そして、下、又は下部収縮筋として知られている。それらの名前から推測されることは、それらの機能が、のみこむときにできるだけ小さな喉を作ることで食物を食道の中に押し込むことのようにおもわれる。それゆえに、大きな喉が欲しいならばこれらの筋肉をリラックスさせなければならない。大部分の初心者にとって良い音声を獲得することは、喉のすべてが、「そのままにしておく」感覚を伴うことであり、そして、これは教師の大多数が弛緩を説く理由であると私は確信している。その考えに反対する好戦的な少数派がいるが、彼らは単に同じことに対して異なるアプローチを持っているに過ぎない、すなわち、できるだけ開かれた咽頭を獲得すること。
361 ….体の中の食物の進行は、蠕動として知られている蠕虫状の動きによる。消化管は、縦方向と円をなす筋線維を持つ長いチューブで、それの連続した波状の収縮によって食物という塊が奥に入ってゆく。 …. 循環筋または括約筋の1番最初のものは、口の開口部である、口輪筋(orbicularis oris)。食物が頬(頬筋;きょうきん)の間にあるとき、これらの筋肉や、舌とあごの動きによって咀嚼される。我々は母音と子音を作るためにもこれらの筋肉を使う、しかし、それらが主にスピーチのための器官でなく、噛むための器官であることを覚えて置くことは良いことである。
362 頬筋(buccinator) は、両側の上下のあごの間を歯の後ろまで伸びて、翼突下顎縫線(pterygomandibular raphe)と呼ばれる靭帯に付着する。上部の収縮筋は、上下のあごと同様に、この縫線に付着し、後部に円形に続く、そこで、両側面が、中央咽頭縫線(median pharyngeal raphe)と呼ばれる別の継ぎ目で結びつく。これは、背骨の直前の咽頭結節(pharyngeal tubercle)と呼ばれる点で頭蓋骨からつるされている長い腱である。それは下にほとんど食道まで伸びる、そして、収縮筋の3つのすべてのペアはそれに付着する。
363 食物が噛まれたあと、舌は上がって、上で言及した縦方向の筋肉のいくつかによって後ろに引かれる。そして、それは循環筋と共に働く。それらの多くは喉頭外筋である。食物はこのように口腔咽頭に押し込まれる。そして、それは上の収縮筋に囲まれる。軟口蓋は鼻に食べ物が行くことを防ぐ、そして、上の収縮筋がしっかり締まると食物は下に飲み込まれる。
364 中部収縮筋は、舌骨の大角と茎突舌骨靱帯の下の部分から起こる。首の骨の両側に頭蓋骨の底から、両耳の間の顎骨のすぐ後に茎状突起(styloid process)と呼ばれるかなり鋭い骨突起がある。いくつかの重要な筋肉が、これらの突起(より縦方向の筋肉)ならびに、今言及された靭帯から伸びている。その両側にあるものは、舌骨の小角に付着する。中部収縮筋(環状筋である)は、舌骨から起始して、咽頭縫線に付着する。その線維は扇形に広がっているので、縫線上のその付着点は舌骨の角の起始点よりずっと広い、そして、後部の上の先端は上部の収縮筋をカバーしている。下の末端は下方の収縮筋の上の部分に入る。そして、中部収縮筋が収縮するとき、その中を食べ物の塊が通過する。
365 下部収縮筋は、輪状甲状筋との関係ゆえに非常に興味深い。軟骨の斜走隆線として知られている甲状軟骨上の斜めの線の後ろの部分から起始し、そして、甲状軟骨の下角と下の縁の一部を含んでいる。下部収縮筋のこの部分は、甲状咽頭筋(thyropharyngeus muscles)と呼ばれる。図43を見れば、輪状甲状筋が同じ下部の縁で付着して、喉頭の前部の周囲に続いているのがわかるだろう。これらの2つの筋肉の線維は同じ方向に走っている、そして、確かに、甲状咽頭筋線維のいくつかは輪状甲状筋をカバーする筋膜に付着する。我々はそれらが協力すると想像してもいいし、確かにそれは事実である。輪状甲状筋は上喉頭神経の外枝によって分布される。そして、また、それの枝脈は甲状咽頭筋に達する。下部収縮筋の最下部は、輪状咽頭筋(cricopharyngeus muscle)と呼ばれる。それは容易に推測出来るように輪状軟骨から起こるからだ。すべての他の収縮筋たちのように、中央縫線でその反対側のペアに出会う。そのより低い線維は、食道の線維に混じり合う。食道の輪状線維によって連続的な蠕動波を生み出すのは、これらの収縮筋の継続的収縮である。また、さまざまな縦走筋がその過程にとっていかに重要であるかを見ることができる。食道の輪状線維の外側で、上下に走っている線維の層がある。後に(Par.376)それらについてのより詳しく述べる。
366 甲状咽頭筋が収縮するとき、それらは甲状軟骨の翼に重要な引っぱる力を及ぼす。この軟骨の骨化が進みすぎていなければ、形を変えるのに十分な柔軟性がある、特に若い歌手の場合。これは、より老年の歌手が最上音のいくつかを失う理由を説明するだろう。甲状軟骨の翼が互いにより接近させられるという多くのX線の証拠がある(図44)。これは、甲状軟骨の切込みを前に動かす効果がある(図45)。それゆえ、輪状軟骨の前部を固定することによって、輪状甲状筋と協力し、そのプレートを後方に動かす。これらの2つの筋肉の協働作用は、甲状軟骨の切込みと輪状プレートの間に可能な限りの大きい間隔と、それゆえに、声帯の縦方向の最大の張力を生みだす。
367 ZenkerとZenkerは、安静時の位置で、甲状軟骨の翼の間の空間は最も広く、歌唱時において、それが1センチメートル狭くなることを突き止めた。HussonとDijianによって、そして、LandeauとZuiliによって示された断層写真は、ただ数ミリメートルの違いしか示さなかった、しかし、彼らは安静時の位置を示さなかったので、我々は、あらゆる発声が何らかの甲状咽頭筋活動を引き起こすいくつかの事例を集めるだろう。Husson(131ページ)とLandeau(11ページ)は、胸声でそれが低音から高音まで変らないままであることを確認した。これは、胸声では、甲状披裂筋が活動的で、輪状甲状筋だけでなく、甲状咽頭筋に対抗するからかもしれない。しかしながら、ファルセットにおいて、特に低音から高音への行く際に、翼は互いに引き寄せられ接近する。(もしあったとしても甲状披裂筋の抵抗はほとんどない) Hussonは、弱い声から大きい声に行くにしたがって、互いに近づく翼を確認した。彼とLandeauは、それが喉でより高い位置にあるとき、喉頭の狭窄化を確認した。これは「カヴァリング」と関係づけられる、そして、私は母音の章であらためてそれを検討するだろう。(541-548)
368 喉頭の動きが嚥下に関係していることが、そして、輪状甲状筋の活動が収縮筋のそれと無意識に関連することが、明らかである。我々は、より高く音高を上げるほど、喉を締めつけようとする本能的な傾向があるという葛藤がある。実のところ、安定したより深い反射作用と調和して、咽頭は吸気にのみ本能的に弛緩する。喉頭の内因性筋肉組織の活動は、最初の実際に重要な共鳴体の直径を減らす筋肉と、その深さを減らすその他の筋肉との相乗効果で結びつけられている。これは、母なる自然が自発的な味方である場所でないのは明らかだ。しかしながら、人は望み通りの動作に条件反射を起こすことができる。そして、最も芸術的な技術を習得することは筋肉の独立から始まる。