IMG連結システムのフォルマントの由来
PagetとRussellの実験は、口と咽頭は二重の共鳴器と考えられなければならないと示唆した。
この概念(1834年にWheatstoneによって最初は複合共鳴と呼ばれた)はHelmholtzによってさらに調査された。彼は、calmの[a]母音、moreの[お ]母音、whoの[u]母音は単一共鳴からなり、hatの[ae]母音、menの[え ]母音、eatの[i]母音は、二重共鳴から成ると結論を下した。
1つは舌の後の腔で生成され、もう一方は、狭い頸のビンのように舌の中間点と硬口蓋での収縮に起因する。
1890と1930年にPagetは次のことを記録した、R.J. Lloydは、すべての母音はその調音の前部から1つの主要な共鳴を引き出し、そして、後ろ又は咽頭部分から別の共鳴を引き出すことを提唱した。
Pagetは、連結する腔の性質を決定するために二重共鳴腔の多くのモデルを作って、最終的に次のように結論を下した:
この時までに母音形成の原理は明らかになっていた、要するに、2つの共鳴腔でなければならず、各々が別々の共鳴を生成する;これらの共鳴が正しいならば、正確な形も、横断面も腔の長さも影響しない。直列に一緒につながれる2つのHelmholtz共鳴器のように、2つの腔は機能する。
1916年にD. C.ミラーは、母音のいくつかが二重の共鳴の結果であるというHelmholtzの見解を、確認した。
G. O. Russellは1928年に、母音音質の違いの生理学的な原因に関するX線撮影研究を作った。
この研究は、舌が母音を形成するための位置に動いて、咽頭と口腔が変えられることを示した。
こんな具合に、声道は、抵抗点または頸部(狭くされた部分;訳者)によってつながれる連結された共鳴器と、みなすことができる。
Dunnの記述、「各部分に均一に配布する音響上のかたまりと迎合性によって、声道は一連の円筒形の部分と考えられるかもしれない」は、口腔と咽頭腔は、それらを結ぶ通路でつながれた円筒部と比較される図75の中で示される。
声道のサイズと形の各々の変化は、音響システムの変化に相当する。
スペクトログラムは、各々の母音のための3つのフォルマントの腔共鳴を示す。
[D. Ralph Appelman, The Science of Vocal Pedagogy  p.130-131]