1. 以下は、R. Luchsinger & G. E. Arnordo のVoice-Speech-Language p.103 からの引用である。

Open and Covered Singing (開いた歌唱とカヴァーされた歌唱)
歴史的な見解
テノールDuprezが1830年に新しいイタリア流歌唱スタイルをもたらしたとき、明るくて暗い発声(chiaroscuro)音質の意図的な使用が初めてフランスの生理学者の関心を引き起こした。開いた歌唱スタイルまたは「白い声」(それは一般的にその当時使われていた)と対照的で、この歌手は、カバーされたイントネーションの新しいテクニックを使用した。それは「voix sombree、couverte、ou en dedans」として知られている。この新しいスタイルは、歌唱テクニックのまぎれもない革命となった。1840年に、DidayとPertequinは、詳細に新しいメソッドを記述した。現在の基準によって判断すると、これらの著者の細心の記述がいくらか単純であるとしても、それらが、上行音階での開いた歌唱が喉頭の上昇と共鳴管の短縮を伴なうことを実証することができた。対照的に、カヴァーされた歌唱は深い吸気の後、低く喉頭の位置を定めることによって、特徴づけられる。1857年に、Merkel(1863を見る)は彼の基本的な著書Anthropophonikを出版した。そこにおいて、彼はその当時知られている芸術歌唱のすべての問題を論議した。彼は、カヴァーされた歌唱で喉頭の位置を低く定めることを観察したM. Garciaと意見が一致した。この共鳴管を長くすることによって、カヴァーされた歌唱は開いた歌唱より響きが豊かになる。
この問題の探究における最初の真の進歩は、Pielke(1912)の「開いた」「カヴァーされた」(または閉ざされた)母音の研究によって達成された。彼は、男性の歌手が上行音階を歌うときに、頭声に声区移行を均一にすることを観察した。声のタイプによるが、これらの変化するトーンは、d1からf1(194~330cps)にわたる。このテクニックで、母音はより暗くなる、そして、口の状態はより閉ざされたようにみえる。c1(262cps)の下では、男性歌手は完全な純度ですべての母音を歌うことができる。発声器官はその場合、主に喉頭の上昇によって、開いたポジションである。c1のこのニュートラル・ポイントより上で、純粋な母音を生成するためにカヴァリングのテクニックが必要とされる。カヴァリング・テクニックによって母音音色をより暗いタイプへ移すことは、主に喉頭を降ろすことによって達成される。
Pielkeによると、母音が、音楽的な耳に不快感を与えることなく、開いたやり方で歌われる最も高い音高は、多くの要素によって決まる。それらの中には、体のタイプ、声のタイプ、声量と生来の音質などがある。Pielkeは、これらの2つの歌唱スタイルの客観的な記述のための音響音分析(acoustical sound analysis)を用いた。ケーニッヒのフレイム・ピクチャーのデモンストレーション・メソッドを使って、カヴァーされた歌唱が弱い第2倍音を示すのに対して、開いた歌唱中には第2倍音が卓越することを観察した。反対に、カヴァーされた歌唱は、強い基音とより高い倍音の豊かなスペクトラムによって特徴づけられた。(太線強調:山本)
カヴァーされた歌唱の音声調査の次の段階として、R. Schilling(1925)は、カヴァーされた歌唱による喉頭の低い位置についてのX線の証拠を提示した。さらに、カヴァーされた歌唱の核心は、喉頭蓋の上昇と、舌喉頭蓋洞(glossoepiglottic sinus、舌根と喉頭蓋の間のスペース)を広げることからなる、と言うことがわかる。すべてのこれらの密接に関係する動向は、カヴァーされた歌唱が、広がる声門上の管のなかで増幅された共鳴に基づくことを実証する。
定義
前もって利用できる情報に基づいて、開いた歌唱とカヴァーされた歌唱の間の違いは、以下のように定められるかもしれない。「声をカヴァーすること」とは、より高いピッチ・レヴェルで母音をわずかに暗くすること、そして、歌唱での極端に明るい音質を避けることを意味する。それは声区移行を促進するのに役立ち、共鳴管を広げることと同時に、喉頭の降下によってなしとげられる。男性において、カヴァリングは、およそes1(311cps)の上の音から始まる。女性は、オクターブ現象に従って、より高い1オクターブ上でこのテクニックを使い始める。ブレス・サポート(13ページ)のセクションで説明されるように、カヴァリングのテクニックは呼気動作に見合った変化に密接に関係がある。
文化的な影響
開いた歌唱とカヴァーされた歌唱の普及は、国ごとに非常に異なる。笑いの口のポジションによるイタリアの歌唱スタイルが明るくて開いた母音を好むことはよく知られている。スペインでのフラメンコ・スタイルは、その鋭いイントネーションと母音着色の「白い」というよりはギラギラ輝く(「白くされた」)明るさで、さらにより極端である。他の極端なものは、ドイツ・ドラマティックオペラの中でカヴァーされた歌唱の意図的に暗くて厳粛なスタイルがきかれる。数時間に及ぶワーグナー・オペラのひどくドラマティックな雄弁術を駆使した技術的な難しさは、特により高いトーンの上で、母音の暗いイントネーションを必要とする。必要とされる歌唱テクニックに加えて、行われる音楽の中の心理的な要素は、たいへんな影響である。芸術的な直観力で、歌手は華やかな作品のために声音をより明るくする、一方でシリアスな作品のためにより暗いトーンを選択する。話し声と同様に、感情に相応しい表現のために歌声に色をつけるのは、その時の気分である。
誤用
人体のすべての機能による場合と同じように、カヴァリングの過度の使用は、特に男性の声で、多くの専門的な声の早すぎる衰退の原因となった。R. Schilling(1925)は、一方では、過度の開いた歌唱は、過度のカヴァリングより、声により大きな危険性があると考えた。後者(過度のカヴァリング)の場合、それはカヴァリングの誤ったテクニックまたはカヴァリングの質的にゆがめられた方法である。そして、それは母音の暗くなる量的増大と言うよりも大きく広がることが原因である。
混合フォーム
数世紀前、古典的なベルカント・スタイル時代には、カヴァーされた歌唱は、知られていなかったし、必要でもなかった。その時代の音楽と有能な多くの男性のカストラート・ソプラノは、完璧に十分な明るいベルカント・スタイルを作った。しかしながら、1850年ごろに、ドラマティックなオペラの発展は歌手のための新しい声の問題を引き起こした、そして、特にドイツのオペラ・スタイルでは、カヴァーされた歌唱の必要性が生じた。現代の歌唱指導は、カヴァリングのテクニックに重きを置かない傾向がある。Winckel(1952)は、Berlin(Nadolowitsch楽派)で、発声教師のグループの協力で、この問題を調査した。声テクニックと電気音響分析の観点から、開いた歌唱とカヴァーされた歌唱との相違に関する彼の研究から、カヴァリングの自然量が、十分にサポートされた声音の発声中に、正常な自己受容性感覚を通して自然発生的に生じると、彼は結論した:「カヴァリングのテクニックに完全に熟達した人々は、高音で完全に開いた母音を生成することはほとんどない。」開いたテクニックとカヴァーされたテクニックは、多かれ少なかれ混合フォームで生じるので、Winckelは「主に開いている」か、「主にカヴァーされている」というように、可聴現象に応じて記述するのを好む。
テクニック
開いた歌唱とカヴァーされた歌唱の聞き取れる違いを獲得するテクニックに関して、Merkel(1863)は、明るい音質によるトーンは頭を少し上昇させることでより簡単に生成されるので、下唇と耳介のより低い先端が水平のラインにあることに気づいていた。反対に、頭が喉頭の方へ少し降ろされるとき、カヴァーされた音質はより簡単に、大規模に獲得される。
Tarneaud(1946)は、これらの声質差の立証のための簡単な実験を提案した。特定のピッチで与えられた母音を持続している間に、歌手が頭をゆっくり降ろすと、音楽的な耳は直ちに母音音色が暗くなることを聞き取る。頭の低下は喉頭の降ろされた位置を促進し、入れ替わりに長くされた共鳴管内で低い発声倍音を増幅する傾向がある。Tarneaudはすぐさま、この立証実験は、舞台上でのカヴァード・スィンギングを達成するために使われることができないと強調した、なぜならば、歌手は頭を上下に動かすとは思えないからだ。その代わりに、正しいカヴァリングのテクニックは、聴覚モニタリングを通して学ばれなければならない(つまり、良い歌手を観察して、真似することを通して)。初心者は、少し頭を降ろして、音波が前方の領域に向けられると想像することによって、このテクニックを理解する助けとなる。よい場所にあって正しくカヴァーされた頭声が骨伝導によって頭共鳴を増やすので、前方の領域で起こっている自己受容性感覚は、全ての発声器官の望ましい位置決めのコントロールとして役立つだろう。このような理解によって、「高い共鳴」に音を導くと言う考えは教育学的比喩的表現であるとき、良い歌手の主観的感覚は正しい。
実験的な分析
この著者は、いろいろな歌唱スタイルと結びつけられる発声メカニズムの組織的研究を実行した。優れた声を持つ30人の歌手の合計が調査された。いろいろな声のタイプは、次のように集められた:13人のソプラノ、5人のコントラルト、6人のテノール、3つのバリトンと3人のバス。
1.ストロボスコープ検査。
同じレベルのピッチと強度の音で生成される、開いた歌唱とカヴァーされた歌唱のテクニックが比較されるとき、共鳴室の著しい変化を見ることができる。カヴァーされた歌唱で声帯がより長い傾向があるので、輪状甲状筋がより能動的であると思われる。開いた歌唱は声帯筋のより積極的な活動を必要とし、それは声帯を短くするだろう。1941年に、Tarneaudは母音音色で顕著な違いを観察した、例えば ― 長い[i]と短い[I]の間で ― 声帯はそれらの形と振動パターンで明瞭な違いを示した。我々自身の研究結果は、ピアノとフォルテの歌唱の間にあるものより、開いた歌唱とカヴァーされた歌唱の間での振動パターンのほうが違いが少ないことを示した。
2.分光分析。
開いた歌唱とカヴァーされた歌唱の研究のこのテクニックは、14人の被験者で実行された。9人の歌手に、カヴァーされた歌唱で、基音の強さの増加と、より高い倍音スペクトラムの増大が生じた。この分光学的相違は、残りの5人の歌手では目立たなかった。
1952年に、Winckelはテープ-反復手段で、分光調査を行った。彼は、ある特定の発声機能の比較研究において、他のすべての声のパラメータは、同じに保たれなければならないことを確認した。歌手は、カヴァーされた歌唱で通常およそ10フォンまで声の強度を増やす傾向がある。このような全部の声の強度の増大は、より高い倍音の増大の原因となるだろう。開いたものとカヴァーされたトーンが同じ強度レベルで比較されるとき、カヴァーされた発声で母音を暗くすることは、より低い振動数の方へ母音フォルマントの変化が確認されるだろう。その結果、基音はカバーされたイントネーションの間、強調されて現れるだろう。
異なる見解は、歌声の電気音響調査に関するそれらの研究論文で、Gemelli、SacerdoteとBellussi(1954)によって表明された。開いた歌唱とカヴァーされた歌唱が、歌唱の有害で極端な方法を意味する、それは、経験豊かな芸術家は目立つフォームまたは目立つほどには使用しない、と彼らは信じている。それらの数多くの記録は、歌唱テクニックが非の打ち所がない限り、より高い倍音が全ての発声音域を通してむしろ同程度に分配されることを実証していると思われる。カバーされた歌唱の間、高い倍音の減少が示される一方、基音が増やされると思われる、2つのケースが示される。これらの残りの不確実さからみれば、ピッチ・レベルと音圧の直接のグラフィック記録のメソッドを用いて、この問題のさらなる研究の必要性があるように思える。
3.喉頭の断層撮影法。
ページ61の上で示される断層写真は、開いた歌唱とカヴァーされた歌唱(図52ab)を比較する。甲状軟骨翼は、カヴァーされた歌唱では開いていることがわかる。放射線発声検査のセクションで述べられたように、声帯はカヴァーされた歌唱の間、より細いように見えるが、開いた歌唱ではより厚い。内因性声帯筋の収縮は、声帯の厚くて短い形の原因となる。分光写真と放射線研究結果の比較は、声質の聞き取れる変化は、分光写真パターンに対応する変化に反映されることを実証する。そして、次に共鳴している腔のサイズと形状の変化から起こる。カバーされた歌唱の3つの放射線の標示が、初期の研究者に知られていた:降ろされた喉頭の位置、喉頭蓋の上昇と舌喉頭蓋洞(glosso-epiglottic sinus)を広げること。声門上の共鳴体を典型的に広げることは、以下のさらなる放射線標示で確認される:甲状軟骨翼の開き、声帯縁が薄くなること、そして、喉頭室を広げること。Husson(1954)は、胸声と頭声は声門の高さでつくられると、述べた。我々は今では、同じことが、開いた歌唱とカバーされた歌唱の違いについても真であると付け加えるだろう。
4.側面のX線撮影。
輪状甲状筋の生理学に向けられる研究において、Arnord(1961)は、同じトーンが最初に開いたテクニックで歌われ、次にカヴァーされたテクニックで歌われたときに、典型的な違いを観察した。側面のX線撮影によって撮影されるとき、上の女性声区パッサージュの移行時のトーンのカバーされた生成は、開いた歌唱と比較して発声器官に以下のような位置変化を示す。喉頭蓋はより上昇し、直立している。舌骨角は、より直立したようにみえる。声門は、頸椎との位置関係に於いてより高いレベルである。声帯と室襞は、引き延ばされる。喉頭の前庭と喉腔は、同じ音の開いた歌唱よりかなり広い。これらの研究結果は、カヴァーされた歌唱の本質を確証する:それは、喉腔の無視できない拡張につながる(図64)。
5.呼吸記録法
1910年に、H. Gutzmann(卿)は、同程度に維持された音声の発声中の毎秒の空気の消費が、声の強度のための適切な基準を示す、息-音量測定によって示すことができた。その当時、それを別にすれば等しいトーン(同じ母音、同じピッチ、同じ強度)の開いた歌唱とカバーされた歌唱の比較に関して納得がいく結果を得ることは、難しかった。被験者はマスクの中に歌わなければならなかった。そして、それは彼の演奏から歌手の聴覚モニタリングを妨害した。現在の著者は確認することができるが、このような実験は被験者側の非常に優れた歌唱テクニックを必要とする。そして、その人は「内側の歌唱」の自己受容性感覚により一層の配慮を払う必要がある。このような目的のための息-音量カーブの評価は、一定の範囲でのみ可能である。それにもかかわらず、毎秒の息容量は、開いたトーン生成よりカバーされた歌唱で大であることは、10人の歌手から得られた数多くの呼吸気流計の記録から明らかとなった(Luchsinger、1951)。音声の空気消費は、それ自身を人間の声のいろいろな音声現象に合わせることになる。この事実は、声帯の振動質量に関してだけはでなく、共鳴する喉腔の幅に関しても真である。