気管引き(tracheal pull)

いわゆる気管引きは、それが呼吸と喉頭システムとの生体力学的な関連であることから、吸気動作と発声の関係に対してあり得る別の力の関連を示しているようである 。深い吸気の間、気管気管支樹は胴体の中に降ろされる(FinkとDemarest 1978;Maklin 1925)。気管軟骨間の弾力的な相互接続のため、気管の低下は、喉頭の尾側に誘導された力を引き起こす。(Shippとal. 1985; Vilkmanとal. 1996; ZenkerとGlaninger 1959; ZenkerとZenker 1960)。それゆえに、この力、すなわち、気管引きは、低い肺気量(lung volume, LV)より高い肺気量でより大きい(Zenker&Glaninger 1959)。

喉頭を上昇させる筋肉が代償的な活動をしなければ、これは、低い肺気量よりも高い肺気量で、喉頭の位置が低くなるだろう、 すなわち、声道は、低い肺気量より高い肺気量でより長くなる。声道の長さの減少は、フォルマント周波数を上昇させる。この変化がかなり大きいと、フレーズの中で知覚される音質を変えてしまうる可能性がある。その結果は明らかに、プロの歌唱においては好ましくない(SundbergとAskenfelt 1981)。

Zenker(1964)によると、気管引きは、受動的な声門の外転力と結びつけられる。この力は、発声のモードにとって重要である。低い内転力は、機能低下症の/有声ささやき声タイプの発声と結びつき、そして、内転の漸進的な増加は、連続的スケールで流れ、標準に向かって機能亢進の/押された発声に至るまで、発声モードを変えるだろう(GauffinとSundberg 1980、1989)。呼吸装置と発声の間のこの関係は、多くの調査によって確証された(Hoitとal. 1993; Iwarssonとal. 1996; Shippとal. 1985; Sundbergとal. 1989)。

気管引きが、肺気量によって変化し、発声にとって重要な意義を持つので、肺気量は発声に影響を及ぼすはずである。これは、一連の調査で確認された。このように、Milstein(1999)とIwarssonと協力者(1998b)は、発声を訓練されていない被検者で、低い肺気量より高い肺気量が、より外転させられた声門の形状と結びつくという、発声機能に対する肺気量の有意な作用を発見した 。さらに彼らは、その縦の喉頭位置(VLP)は、肺気量が減少するにつれて、上がる傾向があることを発見した(IwarssonとSundberg 1998a)。気管引きが、肺気量によって変化し、発声にとって重要な意義を持つので、肺気量は発声に影響を及ぼすはずである。気管引きのようなこれらのLV効果は生体力学因子(bio-mechanical factors)という用語で説明されるけれども、肺気量(LV)に関係がある神経学的要因は結果に寄与するものとして除外されないだろう。また、行動に関する要因が検討され、そして、呼吸装置の弾性力の肺気量に依存する変化の非代償作用に関して主に記述された。プロ歌手の発声に及ぼす肺気量の効果が調査されたとき、訓練されていない声については、ほんの少しの結果だけしか報告されなかった (Thomasson 2002)。

呼吸装置の生理は、腹壁(AW)のポジショニングが気管引きに重要であることを示唆する。腹壁の拡張は、横隔膜の低下に関連する腹部内容物の前後の動きによってもたらされなければならない。言い換えると、吸気中に広げられた腹壁は、降ろされた横隔膜のしるしであり、それゆえに、気管引きを増やすはずである。Iwarssonと協力者は、彼らの被検者に、分析される発声に先行する吸気の間に腹壁を広げるように指示した。他方、気管-気管支樹は肺の中を四方八方に扇形に広がる、そして、また、胸郭の吸気拡張が同様のやり方で気管引きに影響を及ぼすということはありえる。また、気管引きが吸気動作によって異なるかどうかは、今もなおはっきりしない。

IwarssonとSundberg(2001)は、吸気の間、腹壁を広げるか、収縮するかのどちらかを教えられた、発声未訓練被検者の縦の喉頭位置に対する、吸気腹壁の位置の効果を研究した。彼らは予想外にベリー・アウト状態が、ベリー・イン状態より高い喉頭と結びつけられることを発見した。しかしながら、それは吸気腹壁動作よりもむしろ姿勢効果に関係があるように思えた。

Belly-in or belly-out?
Effects of Inhalatory Behaviour and Lung Volume on Voice Function in Male Opera Singers
Monica Thomasson, Department of Speech, Music and Hearing, KTH, Stockholm, Sweden
Monica Thomasson、2003

ベリー・インかベリー・アウトか?
吸気動作の影響と男性オペラ歌手の発声機能での肺気量
スピーチ、音楽とヒアリング学科、KTH、ストックホルム、Sweden 2003年

 

[訳:山本隆則2019/03/16]