以下の伝記的メモは、Dr. Th. Baker によって、ナーバの”Practical Method of Vocalization for Bass, or Baritone” の巻頭に書かれたものです。山本隆則:訳。

ガエターノ・ナーバは、1802年5月16日にミラノで生まれ、1875年3月31日にそこで死にました。
彼の父、当時非常に人気のあった楽器フランス・ギターの奏者であり作曲家であったアントニオ・ナーバは、音楽の基本を彼に教えました。彼の次の教師は作曲家フランチェスコ・ポリーニでした;そして、1817年から1824年まで彼はミラノ音楽学校に入学しまし、オルランディ、レイ、PiantanidaとFrdericiの指導に従って歌唱、ハーモニーと作曲の勉強を続けました。卒業後、彼は専門的なキャリアを、生まれた都市の個人的な声楽レッスンをすることから始めました。成功は約束されました;彼の名前はすぐに大きくなり、好意的に知られようになりました、そして、1837年に、彼は音楽学校でソルフェージュの教授の任命を受け入れ、そして、11年後に合唱歌唱とハーモニーの教授職(彼が死亡するまで、保持した地位)へ出世しました。

彼の広がるうわさによって、多くの個人的な生徒が彼の指導を受けました、彼らの間で突出した人が、偉大な英国のバリトン、チャールズ・サントレイです、彼のロンドン・デビューは1857年にさかのぼります、そして、彼はいつもナーバの教育の才能に向けて感銘を与える証言をしました。彼の下で、サントリーは2年間勉強し、そして、彼はさらに、発声メソッドの卓越は、彼のイタリア人の師匠から受けた指導のおかげであると公言するのをはばかりませんでした。

ナーバは、数多くの優れた総合的なエクササイズ(それは発声訓練の全ての分野をカバーします)を書き、声の開発から最も難しい装飾的なパッセージの演奏まで着実に生徒を導きました。
彼のソルフェージュとヴォーカリーゼは、別々に考案されて、声の各々の個人的な種別のために書かれた特別な利点があります。それらの効果は、声のより弱い部分を強化することと、異なる声区をブレンドすることによって、一貫して音の完全な均一化を生みだすことです。さらに、それらは初見演奏能力を向上させ、明確で楽な発音を強化して、フレージングの幅広い優雅なスタイルを発達させます。
それらはヨーロッパやアメリカで、ほとんどの重要な音楽楽派と音楽学校で用いられました; 故 J. B.ウェルチ(その人も又ナーバの生徒でした)は、主として大英帝国でそれらの大衆化に寄与しました。
声のエクササイズの他に、ナーバは、いくつかのミサ曲と他の多くの教会-音楽、そして数多くの歌曲、ピアノフォルテのための作品を出版し;また、「Metodo pratico di vocalizzazione」を、「現代版の英語のための発声の実際的なメソッド」として出版しました;また、それはライプツィヒでドイツ語に翻訳されました」。

Th. Baker.