[Lilli Lehmann, HOW TO SING 1902/1993 Dover edition] p.30

【アタックとは、声出し、起声を意味しますが、レーマンは、発声開始時及びその前の全体的な準備として扱っています。】

The Attack and the Vowels
アタックと母音

我々の耳は、音を知覚します。歌い手と聴き手が普通に持っている単音と云う概念は、実際には存在しません。音楽家にとって、各々独立した音は、高さ、強さと深さを与える構成要素を持っています。歌手がこの非常に重要な点を理解すれば、ただちに声楽芸術の困難を理解し、それらを克服しようとするでしょう。

The Attack
アタック(起声)

アタック(起声)において、息は、高い音調のもとで(under the tone-height)口蓋の焦点に向けられなければならない。そして、強さと深さを結合させて、発声器官の相対的な位置関係によって作られたこの強く集中したスペースで共鳴させます。

そのためには、すべての母音の機能についての知識と、歌唱に使われるすべての完全な母音に敏感に反応できるように訓練された耳が必要です。それは訓練されていない人の無秩序な発話によって習慣化した母音ではなく、歌の高貴な芸術が要求する母音です。

教師が指導の最初に生徒に純粋な音の母音を要求するとしばしば大きな誤解が生じ、実際には悪影響がなかったとしても、大きな誤解が生じます。というのは、生徒が特別恵まれていない限り、音色技術の厳密な意味での純粋母音は決して作ることができないからです。

純粋な歌の母音または言葉の母音は、語の普通の意味で決して純粋ではありません。それどころか、音のフォームが必要なのでむしろ難しくなります。さらに、声区、ピッチ、音程間隔、音節、言葉の組み合わせ、発話の仕方、音声技術などによって、さまざまな音色を採用せざるを得ないのでより複雑なものとなっています。それは20の異なるi, e, ah, uを歌うことが可能で、それらはもともとすでに混ざり合っていて、その言葉の中で純粋で明瞭に聞こえます。発声器官は、話し方や歌の技術に合わせると同時にそれ自体を調整しなければならず、最高の美しさと能力を目指して努力する人を助けなければなりません。

教師は、生徒が歌っている間に、音のフォーム、母音が他の母音の助けを借りて実際にどのように作られているかを説明することから始めなければならず、生徒が発声している間に、それぞれの音への異なる母音の協力に注意を向けなければなりません。半母音のyの助けを借りてある母音と別の母音を結合することを学ばなければなりません。その次に、2つか3つの母音を結合して、少しづつ芸術的に発音するよう教えられなければなりません。完全な音は、いくつかの母音を巧みに混合することによってのみ作られ、他方では、よく通る優れた音質は完全な音でのみ作ることことができます。いくつかの母音の形を1つに結びつける複雑なプロセスの認識の中に、真のアタックの秘密、そして、これから検討する基礎の堆積と概念があります。

発声器官の生理学的プロセスのために母音を表の形にして、これらの母音を音楽的に考えることに慣れていたならば、また、練習によって各々別の母音の働きをマスターしていれば、正しいフォームをアタックに設定することは難しいことではありません。

何をおいても、いわゆる純粋な母音ahを削除しなさい-それがすべての悪の根源であるので-更には、それが単一の音であるということを記憶から取り除きなさい。
たとえ母音の「ah」がいろいろな組み合わせで「ah」に聞こえるとしても、 それは、その音形に必要な母音の混合という基本的な特徴を持っているにもかかわらず、通常話される母音ahとの共通点は何もありません。
母音「ah」とアタックのための音表は以下のようになります。

母音i =高い音調(tone-height)、運声力(tone-carrier)、頭声。
母音e =強さ、明るさ、母音を決める場所。歌唱ラインの上。
母音u=深い音調、柔軟性、カバー、心地よさ、胸部共鳴。

これらの3つの母音を、正しい混合物に集中されると同時にアタックすることで、芸術家が必要とする母音「ah」が得られます。それらは各音声の基本のポジションを決定すると同時にアタックそのものです。そして、それは一つの母音でも、発声器官の単独の機能でもなく、1つの音声の中の3つの音があるということです。

ここでは3つの母音が互いに合流するので、それは必要に応じて変化し結合しなければなりません、そのために、狭くされたフォームを柔軟に保つための更なる別の結合媒体が必要となります。この目的のために、半母音yを使うのが最適です。舌に向かって下げられた軟口蓋に対して、舌の広い背で発音するので、その結果、内口(inner mouth)の形を閉鎖します。【訳注:図を参照】母音、子音と言葉を発音している間、y-ポジションをやめなければ 、つまり、軟口蓋から舌の後ろを完全に離さなければ、さらに、[u]を発音したり、考えたりすると、舌の中央部が歯の下に落ち、軟口蓋は鼻の方に上向きに引き寄せられ、母音の形は後続の母音のための準備状態のままになります。口蓋と舌の結合、更には口峡柱のによる後部での閉鎖は、[i]で鼻に向かって上の方へ、[u]であごに向かって下の方へ柔軟な開きを可能にします。しかし、[i]と[u]は、ゴムバンドでちょうつがいに固定されるようです。【訳注:y-ポジション=口峡柱の閉鎖ともいえます。35ページの絵に従うと中央の黒く塗りつぶされたところを口峡柱と感じているとすれば、かなり前である。】

実際にあらゆる素人によって発音されたり、生徒達が多くの教師に要求される、普通の「ah」は、ばかげています、舌は大抵、誤った習慣だけではなく、しばしば、人為的に器具で押し下げられることもあります。これは、単調でありきたりな欠陥のある歌唱になり、声そのものを傷つけてしまうことも少なくありません。

英語版から、上に横棒があるe,a,ooのそれぞれの発音はi,e,u。

母音[i]を発音する際に、鼻と頬のすべての腱と筋肉は、活発に引かれる。鼻孔と一緒に、口峡柱は広がる。

[e]で、喉頭を鼻の下により近づけます、両方の母音を連結するので、[e]と言うとき、[i]を混ぜ、[i]と言うときに[e]を積極的に混ぜ合わせます。

e‐ポジションは、すべての歌唱と発音のアタックにとって最初の主要な動作です、狭くても広くても、暗くても明るくても、強くても全体的にトーンダウンしても、どのような状況下でも、このポジションを常に維持しなければなりません。なぜなら、このポジションを通してのみ、呼吸は硬い口蓋にそのアタックを見つけることができます。[e]は、強く集中した音を与え、喉頭蓋を開きます。生徒や歌手でさえ、まったく喉頭をあるべき場所に設定しないことがよくありますが、音は強さとエネルギーに欠け、支えがなくあちこち揺れてしまいます。このような誤りは、生徒や歌い手がすべての音や語の前に[e]を精力的に設定し、その際に喉頭を直接鼻の下に、下顎の中に押し込むような感覚を持ったときにのみ、改善することができます。

喉頭を[e]に設定して第1ポジションを確保した後、私たちは、[i]の焦点を考えながら、柔軟な舌の広い後部を、舌に向かって降りてくる口蓋全体に配置します。鼻は、さらに広く開き、まるでゴムバンドで引っ張られるように、 鼻の上で振動する[i] に達します、その動きによって、喉頭はさらにより近くに自己修正します、つまり、それは舌のポジションによって[i]に向かって少し後ろに自分自身を持ち上げ、[u]の前にやや押された[e]によって前方下向きに配置されます。舌のすべての圧力は避けましょう!この第2ポジションから、[y]のちょうつがいを確かめればすぐに第3ポジションに移ります。
[u] を考えながら、私たちは下の歯の下から舌の先を素早く引き戻し、舌の下にあるすべてのものを柔軟に落とし、唇を前に押し出して、母音の[u] を発音します。[y]によって、[e]は[i]とつながれたままで、どの母音でも失われることはあり得ないし、失われてはなりません。この舌と喉頭の動きによって、軟口蓋は舌の後から離れ、鼻の方に傾くことで音をカバーします。
しかし、それにもかかわらず、舌の後ろはできるだけ高くてしなやかなy‐ポジションにあります。
このように、上げられた舌、接近しているが柔軟に保持された喉頭、自由でわずかにカヴァーされた鼻によって、2つの明るい母音が部分的に残り、それらと暗い母音を組み合わせることで完全な歌声を作ります – つまり、通常理解されている「ああ」ではない音である必須の三重母音(triple-vowel)の音です。緩やかに集中したe-formとi-formでは、上記の変化により舌の前部と口蓋の間にわずかな空間が生じ、胸部の共鳴と混ざり合った音にとって代わるスペースが生まれます。喉頭を低くすること、さらに望ましいのは、柔軟にすることで胸部共鳴がもたらされます。口の後ろの方が閉じられるy-フォームによって、音は前方へ保たれています、このような歌い方は前に歌う(singing toward the front)と言われ、声の大きさや技術によって個人差がありますが、本当に良い歌い方は一つしかありません。

三重母音の相対的な位置によって引き起こされた感覚は、鼻から口蓋、舌の後ろと舌根、喉頭、胸の肋骨、横隔膜まで伸びています。より高く歌おうとすればするだけ、我々は、e‐ラインを各々の音とアタックの中心として、よりポジティブにより柔軟に捉えなければなりません。痛みを感じたり圧迫することは許されませんが、非常に強力なエネルギーは、筋肉の緊張を維持するために必要です、 その固さにもかかわらず、バランスのとれた弾性と、さらに、演奏に加わる様々な筋肉の結びつきを保ちます。

母音[ah]については、特に、間違った使い方に慣れた舌が、どんな状況でも古い位置に戻るのではなく、常に[y]によって本来の位置に導かれていることを見なければなりません。三重母音の原則で作られた母音[ah]に取り掛かる際に、多くの時間で、[e]、または[i]、または[u]のように聞こえたとしても慌てることはありません、私たちは意識的な練習を通じて、舌はその仕事に慣れるでしょう。完全への道は他にはありません。

もし[ah]の難しさが古い習慣を放棄して三重母音を再調整するならば、[e]母音がそれによって他の音をもたらします。以前にアタックについて言ったときのように、母音の[e]を作るために、喉頭は、鼻とより密接な関係をもたらすエネルギーを伴います。鼻孔を広げることによって準備します。eをエネルギッシュに歌うと、すぐに、[e]を発音するときに喉頭蓋がエネルギッシュに開いて、喉頭の位置が硬い口蓋に息のアタックを可能にすることによって部分的に作られた固有の強さを意識するようになります。この[e]の強さは、すべての音とすべての言葉で固有でなければなりません。それを賢く使い、柔軟に配分し、フォルティッシモの中で無理をせず、の中で失わないようにすることは、それ自体が芸術であり、さらには歌の芸術の大部分を占めています。

私にとって[e]は、天秤のように自分の音の力を測るための音‐線(note-line)であり、天秤のように重さを量り、上にも下にもバランスをとっています。それはすべての音の核であり、強弱の間の結合媒体である。それは、私たちが絶えず節約しなければならない力ではあるが、また、惜しみなく、しかし賢く消費しなければならない力です。

そのため、多くの歌手は、e-ポジションのこの弾力的でエネルギッシュな強さを手放してしまい、[e]に支えられていない不連続な[i]しか残っていないために、「マルキーレン」(特定の音にアクセントをつけることで曲の輪郭を描くこと)ができません。これは、高音域の緩いヘッドトーンには適していますが、歌手が低音域で「マルキーレン」をしたい場合には不十分です。マーキングということは、発声器官の相対的な位置を壊すことでも、筋肉緊張を緩めてのぞくだけでもなく、ただ力が緩められただけで、発性器官の関係性が完全に確立されている状態で、確かに平静に歌うことである。(「私自身の歌の練習」の章でMarkierenに関する部分を見なさい。)

したがって、最も弱いピアノでは、完璧な音を出すために必要なこの力を用い、最小限の力にとどめなければなりませんが、決して完全に使い切ってはなりません。私たちはそれを弾力的に分配してもよいし、助けとなる母音や器官に拡張して増加させてもよいし、最小の力にまで減少させてもよいが、それを完全に排除することはできません。

それは、それ自身をエネルギーに変換し、それは、弾力性のある基部に影響を与え、発声器官の弾力性のある筋肉に支えられて、常に存在しなければならない;同時に、私たちが歌っていないとき、つまり、歌や役の中断中もそうです。一時停止の間に準備集中の中で再調整したこのエネルギーは、私たちの身体の中に絶えず存在していなければならず、(その効果を意識していない)聴き手にそれ自身を伝えなければならず、アーティストと聴き手の間を結びつける力とならなければなりません。

上は、川口訳、52ページ、下は、英語版、36ページ。
英語版の図はどれも印刷が濃すぎるので不鮮明なため、
日本語版も加えていますが、この絵に関しては、[y]
位置が、日本版では奥過ぎるために両方共引用しています。

我々の最も明るい母音iは、eの助けがなければ弱くて色がなくなります。両方の母音は密接に結びつけられて、互いに依存している;[i]は[e]から強さを受け取り、[e]は、[i]から軽さと高い音調を受け取ります。それらを鼻で結びつけられたゴムバンドだと考えなさい。絶え間ない変化で、密接に結ばれたそれらは、それらのコースの最初と最後で出会います。[u]はそれだけでは、歌っても話してもいけません。[u]は、[e]-ポジションなしでは、うつろで弱く聞こえるので、それを維持します。それは常に良くカヴァーされた鼻を開くiの助けを加える必要があります。

上は日本語版、下は英語版

音の完全性と声楽芸術がより別の要求をするので、今私たちは、一つの母音だけでは決して歌えないということを十分に証明しています。すべての母音の位置が、素早く行動記憶と筋肉に習慣化されるまでは、あえて技術的な技芸を語り、知識に頼ることができるようにはなりません。その後で、芸術が果たす権利を持つすべての要求が明白になったとき、我々は音楽的に訓練された耳について話すことがでます。これだけではありません。母音を混ぜることに加えてそれらを発音することを考えなければなりません、そしてそれは、語と文字ごとに必要な音色について考えるだけでなく、発音される語に最も重要な事です。

母音[o]は、すぐにフォームに必要な拡大を誇張したくなるので厄介な母音です。私たちは、拡大されたフォームを丸く保持し、カットオフして、[i,e,u]のようなすべての補助母音を他の文字よりもさらに柔軟にしなければなりません。

これのすべてを理解するためには、まずすべて(母音に色をつけることも)を誇張しなければなりません。しかし、優秀な先生方に導かれて、耳と判断力が確かなものになってくると、どれほど小さなニュアンスが音に変化を与え、その結果がいかに繊細であるかが見えてくるようになります。それらを様々な強さで、より繊細に適用すればするほど、色彩が豊かになり、芸術家の魂が表現したい音色、言葉、情感を調和させることでより高貴で生命力に満ちたものになるでしょう。

【太線強調は、山本による。】

 

2020/06/06 訳:山本隆則