[ゼムリン:言語聴覚学の解剖整理、原著第4版 Willard R. Zemlin 著 舘村卓:監訳 浮田弘美 山田弘幸 p. 90]

弛緩圧 Relaxation pressure

君たちは、肺‐胸部複合体が吸気時に拡張するにつれて、受動的な呼気力が反発力を生み、その反発力は系全体を平衡状態に戻す傾向があることを知っている。肺‐胸部複合体が、強制呼気時に圧縮されると、反発力がまた生じて、系は拡張して平衡状態になる。しかしながら、この場合には肺胞内圧は陰圧となり、気流は肺に向かう。完全に受動的な力によって発生する圧力、それが陽圧(大気より高い圧)であろうが陰圧(大気より低い圧)であろうが、弛緩圧(訳者(舘村)注:経肺圧、肺内圧と呼ぶ場合もある)と呼んでいる。

復元力の大きさは、単純な実験で直接測定できる。柔らかい管とマウスピースとが連結された水圧計だけを用意すればよい。安静時排気量のとき、呼吸器系は平衡状態にあり、ガス交換は起こらない。肺胞内圧は大気圧と同じであり、圧力計は「0」圧力を示す。安静時レベルで、健常者の肺は、肺活量の約38%の空気量を含む。被験者が、安静時レベルより少し多い空気を吸って、マウスピースを口にくわえたまま完全にくつろぐと(むずかしい作業でもあるが)、圧力計内の水中に行って口からの呼気流は抑えられ、そして肺‐胸部―圧力計を1つの単位とする系は閉鎖系になる。
この状況下で、わずかに陽圧となった肺胞内圧が、圧力計に記録される。肺活量計を用いて、安静時の肺活量との比較のために吸気量と呼気量とが注意深く計測されるなら、排気量と弛緩圧との関係を視覚的に示すことができる。

弛緩圧曲線 Relaxation-pressure curve

図2-27
弛緩圧曲線.肺‐胸部複合体と肺内での気量によって
生成される受動的な圧の間の関係を示す.

弛緩圧曲線を図2-76に示す。被験者間での比較ができるよう、肺気量は肺活量に対するパーセントで表している。肺胞内圧(圧力計で計測)は、cmH2Oで表されている。もちろん、圧のかかった空気は仕事をすることができ、発話のための動力源であるのは、この圧縮された空気である。

図2-76を見るとき、中央付近の範囲での肺気量では、肺気量と弛緩圧の間には比較的線形関係がみられるが、肺気量の両端では非線形関係となるなることに注意する。この非線形性は、伸展性と圧縮性の限界が接近しつつあり、そして呼吸器官を構成する身体構造がいっそうの歪みに抵抗し始めていることを示す。中央付近の範囲では、弛緩圧は肺活量1%につき約0.5㎝H2Oの割合で変化する。しかし、肺気量の2つの両端の領域では、肺気量の変化に対して、もっと急激に弛緩圧が変化する。

弛緩圧曲線は、全呼吸器系によって生成される圧を表すが、その曲線は肺と胸壁によって発生する弛緩圧に分解される(Agostoni and Kead, 1964 : Konno and Mead, 1968)。図2-77において、肺と胸壁の弛緩圧は、図中の胸の絵の中の矢印で描かれる。

図2-77
構成部分のもつ力の弛緩圧曲線への寄与、胸壁の安静時容量は肺活量の55%であり、
たとえ肺活量が0%になっても、安静時肺活量には達しない。
最大呼出努力で排気した後でさえ、肺は一定量、伸展される。
このことが、残気容量を説明する。
(Agostoni and Mead. 1964 による)

力の大きさは一定の比率で示されていないが、弛緩圧はベクトル状に示されている。左側の点線は、胸壁弛緩圧曲線をあらわす。胸壁の安静時肺気量は、肺活量の55%くらいである。右側の点線は、肺の弛緩圧曲線を表す。肺活量0%の時点でさえ、肺の弛緩圧曲線は安静時肺気量には達しない点に注意してほしい。これは、最大呼気努力の後でさえ、肺は一定量の進展力を受けていることを意味する。君たちは、すでに、これで残気量が説明できるのを知った。

肺気量の影響  55%肺気量より大きい肺気量では、肺と胸郭の両方が内側に引かれ、その結果、双方とも弛緩圧の効果に貢献する。55%肺活量より小さい量では、胸郭は外に向かってひかれ、一方肺は内側に引かれる。中央辺りでの肺気量では、肺気量の変化に伴う弛緩圧への変化への寄与の程度は、肺と胸壁でほとんど同程度である。肺気量の両極で起こる高い容量では肺のせいであり、低い容量では胸壁のせいであると考えられる。前掲での弛緩圧曲線も、38%肺活量より高い肺気量では、吸気性の過程が活性化し、努力性の筋活動を必要ととするが、呼気力は受動的である。38%肺活量より低い肺気量では、呼気性の過程が活性化し、努力性の筋活動を必要とするが、吸気力は受動的となる。

弛緩曲線の意味  弛緩曲線の意味は、わかりやすい、例えば、安静時肺気量より上で、弛緩曲線と0軸との間の領域は、吸気筋が弾性の抵抗力に打ち勝つために出さねばいけない力を表す。一方では、安静時肺気量以下の領域は、強制的呼出の努力時に呼気筋によって発揮されなければいけない力を表す。換言すれば、これらの領域は、肺、胸郭、胸壁の合成弾性力を表している。弛緩圧曲線の意味は、Rahn et al. (1946), Campbell (1958). Agostini and  Mead (1964) らにより、さらに詳細に考察されている。