息を吸うときに作動する筋肉。歌唱中の呼吸で最も重要な吸気筋は、外肋間筋である。と言うとかならず反論があります。いや、最も重要な吸気筋は横隔膜筋であると。
横隔膜は、日常の呼吸に於いては最も重要な吸気筋であるのは間違いありません。横隔膜の機能が無ければ、睡眠も日常生活も出来ません。それは、横隔膜が無意識ても働く不随筋だからです。さらに、横隔膜のすごいところは、意識的にも機能させることが出来ます。このように様々なものから影響を受けやすい性質は、生命維持にとってとても大事なことなのです。たとえば、標高の高い山に登って空気がじょじょに薄くなると、それを意識する前に自律神経の命令によって呼吸数を多くしているのです。ミュージカルを勉強している学生達は、踊りの試験よりも歌の試験の方が余計に上がってしまうのは、その辺に原因があるのかもしれません。
声は、息を吐くとき、つまり呼気時に出ます。だからといって、呼気筋だけで息を吐きながら声を出すと当然のことに息はすぐに無くなるだけではなく、そのように大量の息の流れが声門を通り抜けると、声帯は息の流れによって閉鎖させることが困難になります。その結果、声は気息性の声になるか、反対に過剰な力で力んだ声になるかです。
それを防ぐために、発声中に呼気筋と同時に吸気筋も働いていなければなりません。さらに、呼気筋と吸気筋をそれぞれ独自にコントロールしなければ喉頭音源である、声帯振動に最もふさわしい圧力(声帯下圧)を供給することが出来ません。この時に使われる呼気筋と吸気筋は、内肋間筋(呼気筋)と外肋間筋(吸気筋)ですが、歌い手の感覚としては、胸部の内側と外側の緊張としてかなりはっきりと感じ取れます。
吸気筋を最も簡単に感じる方法は、声門を閉じて息を吸おうと吸おうと努力すれば良いのです。勿論、いくら息を吸おうとしても声門が閉じているので息は入ってきません、だからこそ、吸気筋に負荷がかかりその存在が感じられるのです。
反対に、声門を閉じて息を吐こうと努力すると、やはり呼気筋をたやすく感じととれるでしょう。この場合腹筋にもかなりの緊張が見られますが腹筋は呼気筋に属すので当然のことと言えます。
最も効率のよい声の出し方とは、最少の息で、最大の効果を出すことであり、教授法に於ける最も基本的な常識です。
今日まで、発声に関する膨大な数の著書があり、それと同じぐらいの意見の不一致がありますが、この点に関してはほとんど一致しています。呼吸法のテクニックもこの概念に基づいて築かれています。
これは、昔から教師達が言う、「息を吸うように声を出しなさい。」 「声を出しながら胸を開きなさい。」等のアドバイスと一致します。
もし、この時の吸気筋が横隔膜であればどうでしょうか?横隔膜は吸気時に自ら下がり、呼気時に腹筋によって上げられます。つまり、発声時には横隔膜は緊張を解除して上昇するのが普通ですが、そのまま緊張し続けてできる限り上昇を遅らせ、息の排出を抑制する技術です。この腹式呼吸が、1855年にフランスのマンデルによって提唱された呼吸法で、現在ではベリー・アウトと呼ばれるものと同じものです。ドイツ楽派に多く見られるStauprinzipは、これをもっと極端にしたものです。