[Giambattista Mancini, Practical Reflections on the Figurative Art of Singing  1774,  Translated by Pietro Buzzi 1902]

マンチーニの≪装飾の施された歌唱に関する実践的省察≫における口峡についての記述は、口蓋弓(palatine arch, arch of the palate)を含めて10回あります。また、後の著者達も口峡又は口峡柱を記述する際にマンチーニのこの書から引用しています。

以下に、すべての個所を英語版と共に書き出します。

尚、この本はアルカディア書店から渡辺東吾氏の翻訳がありますが、ここではすべて山本の翻訳です。

p.54

The lungs are not the actual organs of the voice; they merely furnish the material, the air; the real organs of the voice are:  larynx, glottis, uvula, tongue, palatine arch, hard palate and lips.

肺は実際の発声器官ではありません。肺は単に素材となる空気を供給しているだけです。実際の発声器官は、喉頭、喉頭蓋、声門、声帯、舌、口蓋弓、硬口蓋、口唇です。

P.91

It has been observed that many pupils, hearing the teacher say, “Open your mouth,” open it so widely that it looks like the door to a little oven.

多くの生徒が、先生が「口を開けて」と言うのを聞いて、小さなオーブンの扉のように見えるほど大きく口を開けてしまうことが観察されています。

But if such pupils have the misfortune to fall into the hands of an inexperienced teacher, who does not know how to correct them, they will never be able to realize that from such an exaggerated opening of the mouth the voice will be throaty, and that the “fauces” being under such strain, will in consequence, lose that flexibility which is so necessary to give the voice that clearness and facility in drawing it.

しかし、もしそのような生徒が不幸にも経験の浅い教師の手に落ちてしまったら、彼らは、そのような誇張された口の開き方から声が喉声になることや、その結果、緊張した「口峡」が、声にその明瞭さとそれを引き出す能力を与えるために必要な柔軟性を失うことに気づくことができないでしょう。

p.95-96

What is commonly called “throaty singing,” or a voice which sounds raw and suffocated, is caused because the singer does not draw or sustain the voice by the natural strength of the chest, but thinks he will obtain a good result by tightening the “fauces.”

一般的に「喉声歌唱」と呼ばれるものや、生っぽくて息苦しい声は、歌手が胸の自然な力で声を引き出したり、支えたりすることができず、「口峡」を締めることで良い結果が得られると考えているために起こります。

He is mistaken and he must keep it as a truth, that this practice not only is insufficient to correct the voice, but is harmful, for the reason that the “fauces,” as I demonstrated in Chapter III, are a part of the organs of voice.

彼は間違っています、そして、第三章で実証したように、「口峡」が発声器官の一部であるという理由から、この練習は声の矯正には不十分なだけでなく、有害であるという真実を絶えず心にとどめておかなければなりません。

The voice cannot come out natural and spontaneous, if it finds the fauces in a forced position, which impedes natural action.

口峡が、自然な活動を妨げる強制的なポジションになるならば、声は自然で自発的なものになることができない 。

If the harmony of these two parts, the mouth and the “fauces” is perfect, then the voice will be clear and harmonious.

これらの2つの部分、口と「口峡」のハーモニーが完璧であるならば、声は明瞭で調和のとれたものになるでしょう。

But if these organs act discordantly, the voice will be defective, and consequently the singing spoiled.

しかし、これらの器官が不調和に作用してしまうと、声に欠陥が生じ、その結果、歌が台無しになってしまうだろう。

p.153

Although the rules in this part of the art are very plain and ratified by the most experienced singing masters some, due to their not knowing how to support the first tone with the strength of the chest, and knowing still less about the art of graduating the breath, take the first note with unusual violence and as they are incapable of sustaining and controlling it, they think by closing the “fauces” (the lower part of the throat) that they succeed in controlling the breath and voice.

この部分のルールは非常にわかりやすく、最も経験豊富な歌の達人たちによって承認されていますが、ある人たちは、胸の強さで最初の音を支える方法を知らず、息のグラデーションの技術も知らないために、最初の音を異常なほど激しく出し、それを維持してコントロールすることができないために、「口峡」(喉の下の部分)を閉じることで、息と声をコントロールすることに成功したと考えています。

p.156-157

Even though a teacher may discover some natural tendency in a pupil for this, he must not start him in this difficult work, until the pupil has acquired the gift of a perfectly clear voice, purged of all defects and a decidedly flexible “fauces,” in order that the “arpeggios” can be performed with the required velocity.

たとえ教師が生徒の中にこのような自然な傾向を発見したとしても、生徒が完全に澄んだ声の才能を身につけ、すべての欠陥を取り除き、「アルペジオ」を必要な速さで演奏できるように、明らかに柔軟な「口峡」を身につけるまでは、この難しい作業を始めてはならない。


マンチーニの声区に関する記述

[Stark, Bel Canto p.62]

マンチーニも,トージと同じくカストラートであった。彼もトージと同様に声を2つの声区、胸声と頭声に 分けて:『声は自然の状態で通常2つの声区に分けられる、その1つは胸声と呼ばれ、他方は頭声またはファルセットと呼ばれる。私は今通常と言いました、何故なら、胸声のまま全ての音域に達することができる決して尋常ではない贈り物を自然から授かるという珍しい例があるからだ』(Mancini, 1967, 20)。

Edward Foreman は、この最後のセンテンスを、『18世紀の唯一、最も名高い発言』であると考えました(Foreman 1969, 53)。確かにその発言は、その意味に於いては曖昧です。それは歌手が上の声区を胸声区と同じように出しているか、或いは、歌手が明記されていない何らかの方法によって胸声を上手く上に向かって伸ばしているか、或いは、全く別の何かかを示しています。どの場合に於いても、マンチーニはこの問題に戻り、同じ曖昧さで言いました、『2つの声区が、1人の人間に於いて2つとも胸声区の中で結合されるのは、大変まれなケースである。この統一された結びつきは、普通、訓練による熟練によってのみ作り上げられる』(Mancini 1967, 39)

マンチーニは、声区を結びつけることがいかに難しいかを繰返し強調した。『歌唱技巧で出合う全ての困難さの中でずば抜けて大きなものは、2つの声区を結合させることであるのは疑いの余地がないが:しかし、それがどのようにすればよいのかを真剣に学ぼうとするものにとって、それを克服するのは不可能ではない』(20)。彼は、このことについて後に詳しく述べています:

歌手の卓越した技巧は、彼が胸と頭の2つの異なる声区を合わせる多少の困難さを、聴衆や批評家に気づかれないようにすることである。これは限りない改良によってのみ獲得することができる:しかし、これは単純で自然なやり方では容易に習得することはできない。器官の強さの大小によって生まれる欠陥を修正するための研究と努力が必要である。そして声をむらなく一様に響かせ、喜びに満ちたものにする操作能力と効率的使用を手に入れる。これはほんのわずかな生徒だけが達成し、ほんのわずかな教師だけが、実際的な規則、或いは、実行の仕方を理解しているにすぎない。(101-2)

マンチーニは、頭声は胸声よりも弱いので声区を結合することを助言しています;「頭声は胸から分かたれているゆえに助けを必要とする。生徒が時間を無駄にすることなく、それらを結合する助けになる確実なる方法は、最も可能なやり方で頭声を胸声と同じくらい強くするために、胸声を抑制して出しにくい頭声をより強くしていくことを定着させることを理解することである。」頭声が胸声よりも強いというありそうもない事象に於いては、そのプロセスは逆にされなければならない。いずれにせよ、マンチーニは疑いをものともせず楽観的な姿勢を崩さなかった、『2つの声区の結合が望み通りのポイントに到着しないこともあるだろう;それにもかかわらず、私は師匠と生徒にそれによって勇気を失わないように嘆願する;何故ならば、同じやり方を続けることで、幸運な成功を得るにちがいないと私は確信するからだ(40)。彼は弱い声区を強くするやり方を具体的に挙げてません。