喉頭図喉頭蓋とは、文字通り喉頭のふたである。人間の首には、気管と食道の2本の管が通っています。気管は軟骨で囲まれたほぼ円形の形をしていますが、食道は前後に押しつぶされた自転車のチューブのような形をしています。食物や液体が入ってくれば、それを正しく食道に導き、気管に入らないようにするのが喉頭蓋の働きです。
また、喉頭蓋は発声に於いても重要な働きがありますが、いろいろな著者によって無視されたり意見が分かれたりしています。過去から現在の流れの中でこの気管がどのように考えられてきたのか、出来るだけ多くの著作を通して細かく検討してみたいとおもいます。

Richard Millerは、The Structure of Singingの,第11章 Vowel Modification in Singingで、母音を修正するためのカバーリングに言及しています。

しばしば、歌唱教師は『開放性』が全てのよい歌唱を特徴付けると思い込んでいる。その時、実際には、喉頭蓋の低下は『カバーする動き』の一部であるかもしれない。しかしカバーリングに対する喉頭蓋の寄与についての広範囲にわたる研究はまだ成されていません。しかしながら、光ファイバーでの観察では、Ω型喉頭蓋(いわゆる、幼児の喉頭蓋”infantile”epiglottis 【注】石井末之助、声のしくみ、p.55の17図参照。)の場合、特に成人男性では、voce coperta (“covered voice”)を楽に行うことができないことがわかった。…Ω型喉頭蓋の形を示す低い声の男性には、満足のいく方法で高音域を上手く処理することが出来ない人がいるようだ。最終的な結論に達するまでまだ多くの課題が残されている。[Miller, 1996 p.151]

ここで分かることは、明らかにカヴァーリングのテクニックと喉頭蓋の動きには関係があると言うことです。ミラーが、カヴァーリングに於いて、喉頭蓋をさげると推測する一方で、LuchsingerとArnold(1965、103ページ)は、カヴァーされた歌唱において、下げられた喉頭の位置に関するR. Schilling(1925)による証言を報告しています。「さらに、カヴァーされた歌唱の本質は、喉頭蓋[ uɯで見られる]の上昇、そして、舌根と喉頭蓋の間の空間を広げることからなることが明らかとなった。」 と、正反対のことを言っています。

Sundbergは、喉頭蓋とそれを含む喉頭管と発声の関係について、非常に重要、且つ多くの見解を記述している。

発声周波数が上昇すると、喉頭蓋と披裂軟骨の距離も増加する。… 一方、発声周波数が低い場合、喉頭管の入り口は、一般的に、実際にかなり狭くなる。… 発声周波数を下げるのにどの筋肉が関与しているかは、実は依然としてはっきりと分かっていない … 外側甲状披裂筋(甲状筋層ともよばれる)が、発声周波数を下げる機能を持っていると考えられているが、まだ明らかになっていない。外側甲状披裂筋は、声帯と並行に、より外側を走行している。そして上向きに延びているので、収縮すると喉頭管の入り口を狭める。それ故、外側甲状披裂筋は、発声周波数を低くすると言うことが正しければ、喉頭管の入り口が狭まることが低いピッチでの発声と関連していることが説明できる。[榊原:訳、17-18]

 

喉頭蓋を下ろすには、2つの方法があります。一つは舌の奥で押し下げる(母音を作るときには無意識に)、そしてもう一つは、上記の外側甲状披裂筋による下降です。ガルシアは、喉頭蓋を下げるときに舌で押し下げると、喉声になると言っています。また、教えの経験上言えることは、「お」母音で音階を歌うときに、特に初心者に於いて、音程の上昇に伴い「お」母音が「あ」母音に、やがて「え」母音に、と変化する傾向がよくみられます。音程の上昇と共に喉頭が上がり喉が詰まる現象はしばしば指摘されることですが、スンドベリも指摘するように、喉頭蓋も喉の上昇と共に開いてしまうことはあまり知られていません。

5人のプロ歌手を使った1989年のビデオ喉頭鏡検査研究は、「弱い、静かな発声の間、披裂喉頭蓋開口部は広がり、喉頭蓋は上がる。声の強さが増すとき、披裂喉頭蓋開口部は狭くなり、喉頭蓋は声門上の開口部の上におりる。」ことを発見した。[Doscher, 1994, 141]

解剖生理学的見解として、[R. Zemlin, Speech and Hearing Science.  1981/1968 p. 135] から引用しておきます。

喉頭蓋の機能
喉頭蓋は、人間の痕跡的な組織として、そして、生命の下等形態に於ける重要な生物学的機能をともなった組織として、しばしばみなされる。それは、人間にとって重要な器官でない。
Negus(1949)は、彼のクラシックな著作で、すべての哺乳類が喉頭蓋を持っていて、特に鋭い嗅覚をもつ動物でそれがよく発達している点に注目した。図3-11において、喉頭蓋がどのように軟口蓋に向けられるかに注意しなさい。
特に動物が食べているとき、下等動物の喉頭蓋の機能が口の腔を気道の残りから分離することであると、Negausは考えた。吸われた空気は、もちろん、鼻の腔を通って、嗅覚器官を通過しなければならない。このように、口にある食物のにおいは吸われた空気の臭いと混ざることがなくなり、さらに口が開かれているとき、動物は最大の嗅覚を持つことになる。
人間において、おそらく突然変異または退化の結果として、喉頭蓋の形は、著しく変化して、喉頭蓋と軟口蓋の間に埋められた隔たりができた。
人間の喉頭蓋は、嚥下の間、食物が喉頭に入ることを防止する際の機能としばしば言われる。しかしながら、この保護、バルブ状の動きが生じる正確なメカニズムは、いくつかの意見があります。
ごく簡単な説明は、喉頭蓋が落し戸の類いとして動くということである。そして、食物の塊が食道への通路を滑り落ちる間、反射作用によって喉頭の入口の上を素早くふたをする。喉頭蓋の下降は、披裂喉頭蓋ヒダの範囲内で、筋肉線維の収縮によってもたらされる。
別の少し複雑な見解は、舌が、嚥下を始める際に、喉頭蓋を背にして押して、それと同時に食べ物の塊を咽頭に持ち込むというものである。喉頭蓋の活動は、そのとき全く受動的であるとみなされる。実際、嚥下の間、ただ邪魔になるので、それは押しのけられる。防護活動はそれでも主張されているが、舌根はその遂行に対して実際に責任がある。
喉頭蓋は、スピーチの生成に、ほとんど何の寄与もしないと述べても差し支えはない。しかしながら、それは喉頭腔のサイズと形を変えることによって喉頭音を修正するかもしれない。撮影された被検者が発声の音程が変るときに、1人以上の実験者が、喉頭の高速度撮影の撮影中に、喉頭蓋の後方表面の凹面の変化を目撃したことは興味深い。いろいろなピッチで発声している間、喉頭蓋の形を変更するために、披裂喉頭蓋筋肉線維(それは喉頭蓋の側面の縁に付着する)は、能動的に収縮するかのように思われる。そのうえ、喉頭蓋のポジションは、ピッチの上昇とともに、次第に前方向に移動する。かなり低いピッチでは、それは事実上喉頭への入口をおおって内側を見ることが非常に困難になる。しかしながら、ピッチが上がるにつれて、喉頭蓋は声帯の全景が見えるように「道を空ける」。