この単純で誰もが認める言葉は、案外やっかいな代物で、著者によっていろんなふうに解釈されています。まず、throat とはどこを指すのか?喉頭、咽頭、口峡峡部(口咽頭と口の間)なのか?またどのように開くのか?開く目的はなにか?また、以下の著者たちも警告しているように、喉の開けすぎによる後遺症にも気をつけなければなりません。
喉を開くという概念は、ややもすると喉を使わないで、息を豊かに流して、共鳴主体で、という方向に進みがちです。その結果、欠伸という手段がうまれます。これもまた大いなる危険を伴う手段で、欠伸を推奨する著者達の中でも、たとえば、喉の自由の感覚は、『飲む前のよう』か、『あくびののよう』でなければならない[Shakespeare、1924、14ページ](飲むことと欠伸をすることは生理的な機能としては真逆であるが、テトラツィーニも同様のことを言っている)などという但し書きをするひとが多く見受けられます。
欠伸に関しては別のところで改めて詳しく書きたいと思っていますが、喉を開きすぎて声に力がない日本人の歌手にとっては推奨できません。

H. Witherspoon, Singing  1925

歌手に喉を開けろと言ってはいけない。何故なら、そんなことはできない、彼はどこでやればいいかわからない、そして、彼はいつも部分的にしかうまくいかかないし、それをやることによって喉の緊張を招くことになる。

マルティーンセン=ローマン、歌唱芸術のすべて 1954;

[179]  開いて歌う Offen singen p.244
〈開いて歌う〉という言葉は、肯定的な特徴にも、否定的な特徴にも解することが出来る … たった一個の言葉がどれほど多くの混乱した概念を含みうるか、ということはいつもながら驚くべきことである。各人はその言葉で別の事柄を理解している。〈開いて歌う〉という言葉を聞くと ― ある人は喉の開きのことだと思って、その言葉を肯定的に解し、他の人は目に見える口の開きだと思い、第3の人は(開母音と閉母音という音声学的事実に関連して)母音を開き気味にすることを考え、第4の人はこの言葉を鼻咽喉の開きに関連づけ、第5の人はこの言葉で高めの音域における好ましくないほど明るい、平板な歌い方を指弾する。
[14]  呼吸 Atem  p.44
昔のイタリア人は簡潔な文章で、彼らの呼吸法に関する教示を書き尽くしている。とりわけ驚くべきであるのは、「良い呼吸とは喉の奥底を開くことである」という戒めである…
〈喉の奥底を開け〉 ― これは声楽家に求められる諸々の要請の第1の要点である。これは、呼吸活動と喉とは互いに邪魔をしてはならない、ということを意味する… 呼吸熱狂主義者は次の一点をあまりに簡単に忘れてしまう。それは、呼吸筋のパートナーは、良い声帯閉鎖、つまりバランスのとれた声帯閉鎖でなければならない、ということである … 確実な声帯閉鎖は、喉の開き具合と喉の構えとにきわめて密接に関連している。

D.R. Appelman, The Science of Vocal Pedagogy  1967;
The Open Throat in Singing  p.80-84

歌唱で使われる開かれた喉は、語音生成で使われるそれらの普通の位置から、口と咽頭腔の前後、左右、上下の寸法を増す結果である。後舌面と舌根の動きが、咽頭腔の形とサイズを変える役割を果すが、喉と頸部の舌骨上と舌骨下筋肉は拮抗筋としてそれらの活動を通して筋肉の懸垂の状態をつくる。そして、それは、歌唱中の任意の選択された位置で発声チューブに於いて咽頭壁を安定させ喉頭を安定する。
舌骨は、これら2つの筋肉グループが固定され、互いに反対の方向で引き合う中心環として役に立つ。このように安定した舌骨は、歌唱中の調音の間、舌の迅速で、激しい活動のための支柱を与える。舌骨と甲状軟骨が膜と筋肉によって連結されているので、喉頭はその上行・下行の動きにおいて舌骨の動きにきっちりと従う。
発声チューブ内の喉頭の正しい位置決めは、有効な発声技法の確立における主要な要素である、なぜならば、どちらの筋肉グループの支配でも、声帯の長さ、緊張、質量と弾力性に影響を及ぼして、咽頭の容積を決定するからだ。各々の喉頭位置は声の音色と性質に影響を及ぼして、その機能を決定するだろう。
歌手の課題は、最も自然な喉頭位置を選択することである。各々の声は、それ自身の寸法と、歌唱にとって矛盾しない喉頭部位置を持っている。喉頭が舌骨下筋の活動を通してあまりに低く押し下げられて、上記した均衡を保つ筋肉組織によってその位置で持続されるならば、結果として生じる大きな咽頭腔は、持続するのが難しい、暗い、非常に減衰された音を引き起こす。また、各々の音素が連結システム(the coupled system)の非常な変化のため、完全性を失う原因になる。喉頭があまりに高く維持されるならば、発された音は露骨で色がないものになる。
中声で正しく開かれた喉と喉頭位置を見いだす感覚は、あくびの初期段階のそれである。最大の筋肉の収縮でのあくびは、良い歌唱位置のためにはあまりに行き過ぎである、しかしながら、音高が上がるにつれて、広げられた喉の感覚は常に強調されなければならない。歌手と教師は、舌骨上筋と舌骨下筋グループが、決して独立した筋肉としてでなく、常にそれらの拮抗作用の構成単位として作用することを、忘れてはならない。

B.M. Doscher, The Functional unity of The Singing Voice  1994;

大抵の歌唱教師が同意すると思われる何か単一の概念があるならば、それは「開かれた喉」(『開ける』方法や、何を意味するかについては、彼らは合意に達しているというわけではない)の考えである。開かれた喉についての考えは、明らかに解釈の問題で、音質に於ける異なる美的な好みによって大いに左右される。
前方の「プレイスメント」を推奨する方法論にとって、鼻咽頭と口咽頭に於ける感覚が、開かれた喉の達成を意味する。より低い咽頭での最大のスペースを擁護する者にとって、開かれている喉は、反対の意味を持っている。

C.L. Reid, A Dictionary of Vocal Terminology  1983;
緊張力(筋肉の干渉)から自由な喉頭咽頭と口咽頭の調整… 開いたのどの発声に関する継続的な誤解の1つは、咽頭腔を広くしなければならないということである。
この視点は、「カヴァリング」の現在の人気、喉頭の低下とそれに対応する軟口蓋の上昇(すなわち、咽頭拡大)を必要とする練習によって奨励される。
しかしながら、20世紀以前には、カヴァーされた歌唱は承認された発声練習ではなかった;より小さい咽頭調整が支持された。
後者の音声生成タイプは、習得するためにより難しい技術と長い時間がかかるが、それはエネルギー節約、理想的な開いたのどの共鳴、美学とキャリアの長命の見地から、他のすべてのものにまさる。
喉の部分がすでに自由な場合を除いて、代償的な緊張を生じることなくそのような調整をすることは不可能なので、「喉を開ける」ための労力に於いて咽頭峡部を大きくする、意志的あるいは機械的な試みは極めて危険となる可能性がある。
正直なところ開かれているのどを持った共鳴調整は、極めてまれである ― プロ歌手の間でさえ。