[Lilli Lehmann, HOW TO SING 1902/1993 Dover edition] p.122

 

My Own Practice in Singing
私自身の歌の練習

この書を閉じる前に、私は読者の心の目の前で再びすべてを伝えたいと思います。私自身は、どのように呼吸するか、明確に発音するか、そして、歌うかを伝えたいと思います。

How Do I Breathe?
私は、どのように呼吸するか?

腹圧と胸圧は、肺の下部が固定された息を含んでいるのと同じように、その襞(声帯)が停滞した空気を含んでいる 一対のふいご( bellows)と比較するのがより良いかもしれません。自動呼吸(automatic respiration)、すなわち肺の弾性運動【Witherspoon p.55のthe breath of life、Hixon, Zemlin, taidal volume】を介して、この最下層にある息は、その後、第二の移動する息の層へと移動し、これが次に不活発な層の上にいきます。たとえ自動的な吸気と呼気だとしても、上の呼吸層は下の呼吸層の協力を強要して、落ち着きのない波のような動きを生じます。我々は、いくらかの改善策をすることなくそのような落ち着きのない状態で歌うことはできません。そのため、私たちは、この不安を抑えるために、発話器官と歌唱器官を、このように互いに配置しなければならないのです。だからこそ、言葉と音のフォームが配置される前に、言葉と音が聞こえるようになる前に、すべての動きを止めて休止(pause)をしなければならないのです。この休止は体ですべての落ち着きのなさを静めるのに役立ち、実際、すべての落ち着きのなさは、アタック(起声)ごとに絶えず静められなければなりません、そして、それは、主に息を減少させることによってなされます。これは、実際に、絶え間なく音をコントロールすることになります。

すでに言ったように、私たちは絶えず吸ったり吐いたりしていますが、休止の準備形を作り、話したり歌ったりするための一時休止の間だけ、この呼吸を停止します。それは、それらの筋肉と発話器官、歌唱器官が確実に調整されると、意志力のコントロールですぐに停止します。したがって、歌い始める前に深い息(deep breath)を取ることは許されません、芸術的に話したり歌ったりするときは、たくさん息が肺の中に入りすぎるからです。私たちは、歩いたり走ったりするときには、余分な息を取り除くことができますが、芸術的に話したり歌ったりするときには、決してそうではありません

腹部と胸部の間に、ふいごを、幅広い方を前に、とがった方を後ろにして平らに置いていると考えなさい ―上の取っ手を喉頭の高さに、下の取っ手を横隔膜の高さに合わせます、その両方の柄は反対方向に動き、背中の方へふいごの空気を押し出し、喉頭を通って背中の方へ流れ、ここから、舌と口蓋によってその目的地まで導かれます。

私はすぐに腹部を中に引き【ベリー・イン】、肋骨下部によって支えられている胸を上昇させ、まさにこれから説明しようとする口の開きにします、そして、横隔膜の上向きの接触(contact)【ベリー・イン、】をした瞬間に、少し余計な息は出ていきます。【アタックの準備のためには過剰な息の量は邪魔になる】残りの息は素早く静止して、音と言葉が始まるときに命を吹き返します。鼻孔も、あらかじめ膨らんでいます【鼻腔が膨らむことと、口蓋帆ポートを開くこととは一致しない。】。それが準備のすべてですが、注意を必要とするはるかに多くのものがあります。それに、息を吐くことは、腹を使った筋肉反応以外の何物でもなく、あなたが恐怖で、「アーッ!」とか「おーっ!」と叫ぶ時のようなもので【叫び声では、腹筋反応よりも肋間での緊張が主になる(Witherspoon)】、すべての筋肉の機能は堅くなります。しかし、芸術家にとってこの硬直は、芸術的な精神的集中のための一時停止であり、私たちの体の中で働くすべての力を調整し、一つにまとめてくれる筋肉収縮のためのものなのです。

この芸術的休止の長さは、歌手のリズムの好みによる判断に任せられますが、特定の子音の前、音節の分離された音節とエンディング前、あらゆるフレーズの始めに、何度も繰り返して各々の新しい吸気でつくられます。それは芸術家に、上から下までの筋肉の緊張の弾力性と強さを確認する時間を与え、無言ではありますが、厳然と聴衆の注意を彼の企てに向けさせます。この意識的な硬化は、実際には、フォームの迅速なメカニカルな調整以外の何ものでもなく、歌唱に必要なすべてのものを含んでいます。

今や、私たちは、呼吸がどのコースを取るか、そして、言葉と音によって器官の筋肉の活動がセットされるや否や、最良の経路を準備するために何をしなければならないを見なければなりません。歌を歌うときには、すべての筋肉が協力しなければならないのと同じように、他のすべての協働的な機能について言及することなしに、声楽芸術のどのような一つの機能も説明することはできません。したがって、私は、どちらか一方を説明したいときはいつでも同じことを繰り返さなければなりません。それは正に歌手である私が何度も何度も繰り返し創造し、同じ場所に命を与えなければならないようにするのと同じです。ここでは、声楽芸術は、趣味で歌っている人たちが、ある時は機嫌よく別の時には不愛想に、好きなように歌って楽しむようなディレッタンティズムからは逸脱しています。しかし、芸術家は言葉と音のすべての器官で、彼の体で非常に複雑なフォームを作らなければならないのです。

それらは、歌の芸術の要求を満たすために、額から横隔膜までの内側のラインに沿って配置されています。吸気の動作が起こるとき、問題のポイントはこのフォームであり、我々がそれを意識し、熟達したあと、瞬時に且つ自動的にそれ自体を配置します。そのフォームは鼻、口蓋、舌、喉頭、胸部、肋骨、横隔膜、腹部の特定のポジションから成り、それらの筋肉は互いに結びついていて、緊張する筋肉と、筋肉や器官に活動性と持久力を確保するカウンターテンションの筋肉で構成されています。私たちは短い息を取りますが、胸にしまい込まれた息は停止しています。さて、その機構を作動させるためには、喉頭は非常に強く[e]を調音しなければなりません。これは、すべての筋肉を緊張させます。それは後ろに引き下ろされたあごの下で胸筋に対して調音されなければならず、それによって喉頭とその上の器官のすべてとつながります。( It must be articulated under the drawn-back chin against the chest muscles, which thereby come in contact with the larynx and all the upper organs. )この胸筋に対する喉頭‐eの調音(larynx-[e] articulation)と同時に、横隔膜と腹部がそれぞれ胸と喉頭に対して下から上に迫ります。感覚においては、[e]とそのカウンター・アタックは同じなので、喉頭によって上から下へ向かう息と、横隔膜のアタックによって下から押し上げられる息は胸筋でぶつかります。すべての発声器官で呼吸器官のすべての筋肉のすべての張筋は、今や一緒に組み合わされて、胸部で「Atemstauwerk(息のせき止め)」、または呼吸の供給部屋(chamber of breath supply)、または呼吸圧(breath pressure)となります。【本書のOf the Breath の章 p.13を参照】

調音が始まるまでは、フォームと呼吸は活動的にはなりません。言葉と音の変化のたびに、調音は器官の筋肉を慎重に緩め、再び調整されたフォームで緊張させることで器官を活動的にします。母音[e]の調音と協働する横隔膜は、喉頭にさらに強い活動力を押しつけます。このように[e]と[i]で喉頭を前に押し出すことがなければ、中空の形(hollow form)をした、鐘の舌(ぜつ)がない鐘のようなフォームにしかなりません。例えば、2つ([e]と[u])の間に喉頭を配置するであろう[e]の調音をしないで喉頭に中空の[u]が配置された場合は中空になるでしょう、たぶん多くの歌手が使う大きな音が生み出されるでしょうが、それらの声はドイツ語でOfernröhren(ストーブ・パイプ)と呼ばれるだけです。古い鉛パイプを使って誰かが口笛を吹くときのような暗くて中空の音がします。

【この段落で注意点は、[e][i]vs.[u] の関係です。キアロスクーロの矛盾を解決して音色にバランスを調整するために、レーマンは、喉頭での[e]-調音を声の明るさあるいは音の芯として、それに反する[u] を声の暗さ、深さ、豊かさを調整するツールとしています。】

喉頭は、この複雑で生き生きとしたフォームで、鐘の舌(clapper)として芸術的な仕事をします。それは、調節されたフォームで正確な場所に当たらなければなりません。このように単純なことのように見える芸術的なアタックは、その全体的な調整の中で非常に複雑なものです。 それは、すべての筋繊維が、フォームの構造と調和していなければならないように、鐘と完全に一致していなければならないからです。歌うときも話すときも、常に生きている肉体を扱わなければなりません。

手で握れそうな鐘のロープよりも、行動することははるかに難しいことです。よく訓練された耳で聞き、絶えず変化し続けるものを何度も何度も巧みにまとめていく必要があります。私たちが扱っているのは、心臓からの血液の循環によって、筋肉、静脈、動脈、神経が絶え間なく生命を供給されている生きた器官です。これらの機能はすべては、芸術家の繊細に訓練された耳と語感(stylistic intuition(独、Stilgefühl))によってコントロールされます。

さて、さらにフォームについて:息継ぎで息を吸い込むとすぐに、あごがゆるやかに下に落ちて喉の近くで後方へ押し戻されるため、咽頭が収縮【contract:ここでの咽頭の収縮は、垂直面ではなく水平面で狭くなることをいっています】して、舌の後ろは喉から離れて高く上昇するようになり、口峡柱の奥の壁に到達するまでになります。我々は、[y]-音を調音することによってすぐにこの感覚を身につけることができます。それから、舌の両側は上の臼歯にしっかり付いているでしょう。この顎と舌の調整は、可能な限り保持しなければならないし、発音によって変化した場合は、常に更新しなければなりません。それは、すべてのフォームのリラックスの後に、すべての息継ぎの前に発生しなければなりません。

鼻孔は、強く膨らんでいます。目の下の頬骨まで届くこの膨らみをもたらす筋肉は、高く引き上げられ、鼻の後ろで鼻橋に広く配置されています。それらは、軟口蓋の尖端と口峡柱とがつながれており、【口峡柱を構成する筋肉は前後に2本あり、前の筋肉である口蓋舌筋は、正しくレーマンの言う通り下の奥の両側から軟口蓋に通じています。】幅広い抵抗のない堅固な壁の拮抗作用の感覚を引き起こします。軟口蓋は、鼻孔が同じようにしようとするとすぐに上昇して広がります。これは、鼻の上に幅広いサドルの感じをもたらします。その時、後ろに向かって強く緊張し、反脹筋によって前面に押し出されたこの筋肉群は、それらと戦い続け、抵抗するために他のすべての筋肉と結びつきます。

【この段落は、非常に重要なことを述べていますが、非常に誤解を生む部分でもあります。ここでの鼻腔の膨らみは、鼻腔を膨らませるというより、口腔を上から押し下げると解釈した方がよいと思われます。少なくともマスクや頭部共鳴を狙って鼻腔に大量の息を流すことは決してないように注意しなければなりません。鼻孔を開くことと、口蓋帆ポート(鼻咽頭への出入り口)を開けることを混同しないように注意しなければなりません。】

ダンスや体操と同じように、すべての声楽芸術は、筋肉の緊張と反緊張に依存しています。障害は、体と心に特有のものです。全身の筋肉、顔、喉、耳のすべての筋肉を集結的な関係にしなければなりません。実際の作業が始まる前に、私は、顔面の筋肉と咽頭筋を耳の方へ引き上げているように感じます。私はすべての音を、そこから音の高さに導きます。

歌唱中は、それまで収縮していた腹筋は緩みます。息は呼吸圧からの胸の筋肉によって保持され、胸の中に残り続けます。喉頭蓋はまだ閉じたままで【The epiglottis is still closedが本文ですが、喉頭蓋を文字通り閉じると嚥下の状態になるので息ができません。次の章で、『喉頭蓋を完全に持ち上げ』という機銃つがあるので、ここでは、平静時の位置で少し喉頭にかぶっていると解釈していいと思います。】;鼻孔は広く上へ引っ張られ、それらに向かって軟口蓋は前方へサドルのように押されます。すべての思考は、言葉の調音と音の生成に集中していますが、何よりも、両方に必要な[e]‐ポジションに集中しています。降ろされたあごとノドから距離を取り口腔に横たわる舌は、語と音の形成中の、喉頭が下・上・後ろ・前に動くのを可能にします。フォームの接点のすべてのポイントで、すなわち喉頭からくる上からのもの、そして横隔膜からきて胸筋に向かう下からのもの、そして、サドルで直接鼻孔の調整と出会う口蓋上において、アタックは喉頭-[e]アタックと同時に行われなければなりません。これは、フォーム内の垂直線上で集中化を果たす一つの小さなポイントで、その土台は横隔膜と胸筋であり、その背の高い、鼻、口蓋と舌の調整であり;調音中の精力的なポジションは、常に、前方へ、そして、下に押し出し、 胸筋と、横隔膜から上昇する息が互いに戦い、そして、呼吸の供給部屋を作ります。声帯を過労から守ることで、声帯が弾力的に働くことを教え、器官のすべての協働的な緊張をマスターします。言葉と音のあらゆる変化はフォームをいとも簡単に危険にさらしてしまうので、すべては何度も何度もこの垂直線上に置かれなければなりません。【上の図を参照】

アタックの際に、喉頭は、下から上に移動する[e]-アタックによって、上から下へ移動する[e]-アタックを支える横隔膜【横隔膜は上に押し上げる機能はないので、腹筋の力のこと】に最もエネルギッシュな協力者を見つけます、 すなわち、両側からのアタックが同時に強く準備されたフォームで実行されます;同時に、呼吸は、下に向かう[e]、と、上に向かう横隔膜から導かれる。アタックは、横隔膜から胸筋、さらに喉頭まで様々な強さでもたらされ、それによって、 非常に異なる効果を生み出し、それが調音と解釈のアクセントとして使われることがあります。

横隔膜の協力を確認すること、それは特に各々の音の色、それぞれの音符、各々の言葉、各々の表現の土台とかんがえられ、そして、呼吸圧を作り出すものとして、レガートのオクターブ跳躍をレガートで練習するのがいいでしょう。決して大き過ぎるアクセントをつけないで、基の音に上へ向かってアタックをするとき、喉頭が[e]を強く調音して、まるで音階を逆に下降していくように横隔膜(ベルの形を下で閉じる)まで動かなければならない ;その一方で、舌‐フォームと口蓋-フォームの[yi]で、それぞれの音を別々にアタックすることなく、全音階を素早く上がります。ある音程から別の音程に移る途中で、音階を滑らせるように歌うように、明瞭に調音された[eyi]は、対抗運動によって息の通り道全体を輪郭づけなければなりません。同時に、文字と伝達フォーム(propagating form)を変えることなく、喉頭はただしっかりと[eyi]を維持するだけです 。

一音ごとの動きが聴こえ、それゆえ設定されなければならない標準的な音階を歌う場合、横隔膜のつながりについての基本的な原理は、上向きに動く音型の最初の音では、オクターブ跳躍の場合と、横隔膜をあまり広げないという例外を除いて、変わりません。しかし、それは一音ごとに適した音質とフォームを保持しているのに対し、跳躍練習では、息の通り道は輪郭を描く(markiert)だけで、ポジションは一つしか作られず、音ごとに配置されたり、発音されたりしてはいけません。跳躍のための配置(placement)の感じは平らな帯のようで、標準的な音階では、あごや喉頭が震えることなく、一粒ずつがしっかり結び付けられた真珠玉のように感じます。喉頭は常に横隔膜、鼻腔、口蓋の位置と密接な関係を保っています。また、これらの横隔膜効果(運弓法(Bogenfuhrung)術と同様の)は、1つの音を別の音に結びつけるために特に有益で、受け継がれてきた古典的、また、装飾の多い歌の中で用いられるでしょう。それらは俗に言うポルタメントと混同してはなりません。それはよく使われますが、悪趣味なだけで効果的ではありません。

息の支えを確保する上での喉頭と横隔膜の反作用については、以下のように説明することができます。喉頭は、[e]-テンションによって息を胸筋と呼吸圧に向かって下に押し下げ、横隔膜はそれに反撃して息を上に押し上げ【横隔膜の筋肉は下げる能力しかなく、息を押し上げる舌からの力は腹筋によります。】、その両方が胸の支えのポイントで合流します(Stauwerk、ダム)。この高度に保持された呼吸の抑制から、非常に少量のコントロールされた息が、再びそれをコントロールする気管と喉頭を通って間接的な方法でダムから流れ出します。舌の後ろを上向きに流れ、それを頭の空洞に導く、感じられない息のこの微小な部分は、実際に胸の中の呼吸を支えるポイントに向かって、喉頭の下向きと前向きの調音によって作られる音階の音の高さに向かっての運動を起こします。

このような跳躍エクササイズを行うことで、喉頭と横隔膜の反作用を簡単に知ることができます。これらのアタック(それらが激しく喉頭と接触するときは声門打撃(glottis stroke)とも呼ばれる)は、表現上の要求に応じて、あらゆる強さの度合で生成されることがあります 。それらは常に存在していなければならず、決して欠けることはありませんが、非常に慎重に作られなければなりません、同様に趣味良く適用されなければなりません、すなわち非常にたくみに。

喉頭の調整母音-[e]で文字の調音が起こり、胸筋越しに横隔膜と腹部へと下降し、これらから再び喉頭に向かって上向きに同時にアタックする瞬間、音調、音符、と調音のための永久運動(perpetuum mobile、ラテン語)である実際の仕事が始まります。

身体や芯のない音は、結果的に空の音であり、その音の完全な価値を表すことはなく、すべての音は完全な音について考えることであることを付け加えておきます。

p.128

The Work of the Organs and Muscles While Singing and Articulating
歌唱、調音中の器官と筋肉の仕事

息継ぎ、休止、アタックの後で最も重要なポイントは、[e]による歯切れのよいyi(clear-cut yi )の即座の調音形成であり、それは喉頭蓋を完全に持ち上げて、それらが同時に調音形成されるとき、舌、口蓋と喉頭を結びつけます。yiは後ろを高くすることによって、[e]の配置(e-placement)を変化させることで、前で下向きの傾斜で[e]を調音形成することができるようになります。それはまた、すべての文字、言葉、音を互いに結びつけ、この高さの後方配置(backward placement)は、鼻と口蓋を明確な位置(definite placement)に持ってきて、それらを一種のサドルにし、そこからすべての音と言葉が吊り下げられ、響き続けています。口腔は、更に引き締められます。垂れ下がったあごは、急に引き戻され、この圧縮された「yi」によって再び上あごに近づき、静止した息は再び減少し、 音は強くなるどころか逆に弱くなります。

横隔膜は押し上げられるのではなく、音の支えとして静かに保持するだけです、そして息を注意深く少なくすることでしなやかにすることができます。腹部は再び引き込まれるので、息は依然としてはっきりと胸部に保持することができます。そして、[eyi]の複合エネルギーを、喉頭、胸筋、横隔膜、口蓋、鼻、舌、そしてそれぞれの張力と反張力に割り当てます。

上体のこの広く分枝され、非常に圧縮された筋肉の働きは、私の場合は完全に耳に集中しています。ここで私は、バイオリンの弦がだんだん高く調律されていくときと全く同じように、頭、顔、首のすべての筋肉を引き締めます。これらの筋肉をより糸のように一緒に保持し、言わば、耳に掛けてそこから あらゆる方向にそれらを導くことができます。

口腔内の形は舌と口蓋によって極限まで引き締められており、発話はほぼ不可能です。私は、e‐プレイスメントがyiによって変わって、[e]、[e]、[yi](最初のeと最後のyiが高く、真ん中のeが低くなっていてUじの形に並んでいる)のように見えると繰り返します。喉頭は、その[e]がしっかりとつり下がっている舌によって後方に持ち上げられた喉頭は、今や、その[e]を前方に下向きに押しやらなければなりません。その時の感覚は、頭から腹部に向かって垂直に配置されていることです。このように垂直に調整することで、他の方法では幅広にされたeが、広くなりすぎることもなく、音が詰まって喉声になったり、フラットすることもありません。

膨らんだ鼻孔は、すでに述べたように、口蓋と鼻が大きく前方にサドルのような位置を取ることを可能にして、また、上から口腔を収縮させます。口の空洞は今やすべての器官でふさがれるので、 息がほとんど通り抜けないように思えます。このように逆流する息【吸気のことか?】をさえぎり、口から流れ出るのを防ぎ、とても狭い空間のために、必要不可欠な量の息しか排出しません。後ろの方は喉頭からのスペースがあるので、文字や音程が変わったときに自由に操作できるようになっています。同様に、喉頭から解放された舌は、口腔中で締め付けられているように思えますが、訓練された耳が望む共鳴空洞に後方に流れる息を導くために、舌の先端と後ろを自由に使用することができます。したがって、我々は特に口の奥の部分における舌の位置に注意しなければなりません。

(編集中)舌の先端は(多くの怠惰な舌がやるように上の歯にくっつけてはなりません、舌の裏を硬くして先端を使い物にならなくします)、発声中に最も繊細な仕事をますが、歌手は舌の後部に主な注意を向けなければなりません。そこはしなやかなエネルギーに満ちていますが、しかし非常に困難な先端の仕事に参加しなければならず、通常は対抗運動に反応しなければなりません。この微妙な働きをするために-繰り返す-舌はノドから離れて持ち上げられてなければなりません。これは、息継ぎが行われたときに、顎が下がって後ろへ押し戻され、口が開いたときに起こります。
高くすることで、それは喉頭を自由にさせ、口腔を収縮させます。
舌の後ろで閉じ込められ、流れる息は、頭の共鳴腔に向かってその役目を果たす前に、口から抜け出すことができません。曲の終わりまでは、それはi-配置による口から漏れることはありませんが、ゆっくり、ソフトに減少する過程で、腹部は完全にリラックスします。しかし、スピーチとトーンフォームはしばらくの間維持されなければならない。 歌手が舌と口蓋の狭窄を心の中で維持している限り、後に流れる息はすべて響き続け、聴き手に音を示唆(suggestive)するものでなければなりません。広い空間に音が響いてから消えていくまでに時間がかかることを忘れてはいけません。すべての音節の終わりに、一文字ごとに、安定した減少の制御のもとに、安定した狭いフォームに流れる息は、次の一文字へと優しく導かれていく。常に音色の形に合わせて調整しなければならない横隔膜の基礎の作動力は、常に音色機構のマスターであり続けなければならない喉頭調音の差動力を超えてはならない。喉頭と横隔膜の2つの対極は、それらのカウンター攻撃で展開し、非常な強さは、調音と調整を介して2つの対抗勢力によって間断なく互いに対して能動的であり続けなければなりません。
しかし、強力でありながら、常に喉頭の柔軟で弾力性のある調音は、横隔膜の力の成果のための計器でなければなりません。いろいろな程度で伸縮性を持たせてもいいが、決して緩めてはいけない。筋肉で演じることができるような、いつもしなやかな音は、それだけで表現可能です。魂のこもった歌唱は、心によって鼓舞された筋肉を使う歌い手の演奏に他なりません。

呼吸器のメカニズムは、短い吸入のまさにその瞬間に呼吸の奇跡を実行します – 息継ぎ(breath-jerk)- たとえば、歌唱前と途中で、かろうじてわかるブレスをとることで息が不足することはありません。言葉と音は、リズムで調音され歌われます。口は話し始める前にすぐに再び開かれます、腹部は、多くの言葉を急速に話すときに各言葉の最後の子音でリラックスしていなければならないので、すぐに引き込まれ、次のイントネーションが十分になるまで、それが多くの措置が残っている胸に息を持ち上げます。記憶は音のフォームと語のフォームを設定し、そして、新たな吸気を取らないで歌い続けます。何度も何度も、同じ奇跡が起こります。フォームをそのように緊密に収縮させることによって、呼吸は決して不必要に失われることはありませが、iの口から気づかないうちに逃げてしまいます。

私が述べたこれらの小さいが非常に重要な準備は、全く十分なものであり、呼吸法のテクニックで常に偉大な務めを果たします、ところが、胸の膨らみ【inflation of the chest ; pancostal breathing のことか?】と直接的な息の圧力によって作られた音色は、すべての声、すべての調和のとれた響き、すべての魂のこもった表現を台無しにします。

後ろに引かれた顔面筋のマスク・フォームと、反緊張が上向きと下向きに到達するそれらのフォームは、調音形成することによって、喉頭が鐘の舌(ぜつ)のように動作する強力な形態を構成します。
私にとっては、お互いに強く連携して筋肉を緊張させると、鉄のように強く感じます。発声器官のすべての筋肉(これらは非常に大きな緊張感と結びついて、融通性のある感情的な作品を演奏して、反響する浮遊感のある雰囲気を持つフォームをめぐらします)は、弾力性を持っていなければならないので、調音をする際に色をつけようと思っただけで拡大したり収縮したりすることが可能で、その能力は熟練した指揮者の意志に左右されるような強い形になっています。器官の上下の調整と、それらの連続的な相互作用により、歌手は自分の作品を細部に至るまで美しく指揮することを可能にします。それは、言葉から言葉へ、音色から音色へ、少なくされた息で、声色を継続的に調音しながら、柔らかくゆっくりと伝播していく結合フォームです。これらは徐々に、結合して、混ざって、深まって、高まって、暗くなる、ベールで覆われるように、明るくなり、強くなり、弱くなり、電飾をほどこしたように、カバーして、言葉と音を開放し、強さと繊細さを、最少の息の圧力なしで、単に調節された形と形の範囲内の巧みで柔軟な調音操作だけで実行します。

p.131

“Markieren”
「マルキーレン(独)」

歌う準備をする間、腹部を引き寄せ、口を開け、胸筋で残りの息を保持するなどの短い呼吸について述べたことは、すべて “マルキーレン “に当てはまります。”マルキーレン “とは、最も完璧な歌唱、つまり、eyi と yieuに基づく器官が互いに最も完璧に調整されていることに他なりません。吐く息の量がほとんどなく、フォームの変化ができるだけ避けられ、胸と横隔膜の緊張がより狭く保たれ、調音操作がより穏やかに、よりレガートに進まなければならないという点だけが異なります。音と言葉は、お互いに容易でソフトに流れなければなりませんが、それでも理解しやすくなければなりません。声門、腹筋、横隔膜のアタック、またはその他の強さや表現のアクセントはありません。「マルキーレン」では、音は弱くなりますが、身体を維持し、横隔膜との結びつきを維持します。このように、ずっと続くフレーズは、調音のために支障がない限り1ブレスで歌われるかもしれません。例を引用すること:私は、「トリスタンとイゾルデ」の愛の二重唱から以下のフレーズを完全に1ブレスで歌いました:

“Nie wieder Erwachens, endlos hold bewusster Wunsch,”
(”二度と目覚めない、意識的な欲望を無限に抱き続ける”)

これは、骨の折れる1幕、2幕を歌った後に1ブレスで歌うのが非常に難しいフレーズです。

【】内と太字強調はすべて山本による。

 

2020/06/12 訳:山本隆則