[W. Shakespeare:The Art of Singing]

Faulty Production  p.30
間違った発声

 

音の純度と開いた喉を目指している生徒が遭遇する障害は、一般的に4つの見出しに分類され、ここでは、その回避策に注目していこう。

1.   喉音の歌唱(Throaty Singing)。-「アー」を保持しようとするとき、喉と舌が硬くなりその結果ゆがんだ「アー」になってしまたならば、その音は 「喉声(throaty)」と言われる。しかし、これはlawという言葉を歌おうとしたときに出る純粋なawではない。lawという言葉は舌を少し後ろに引く必要があるが、硬さを伴うことはない。(22ページ参照

2. 前方歌唱(Frontal Singing)。― 胸声の高音だけでなく、声帯のすぐ上の喉を締め付けて歌う場合にもこのような誤った音が生まれる。この歪みが、前頭骨の振動感覚を伴って、bawling(わめき)やhooting(鳴り)という声をもたらす。女性の声の高音は、堅く出すと一般的にはこの性質を帯びている。歌手は額の振動感覚で、リスナーは音色の暗さや陰鬱な特徴によって、それを感じ取ることができる。このようにして作られたahは、erやoo、eu(フランス語のceuxのように)などに歪められます。この音質を我々はフロンタルと呼ぶだろう。(22ページ参照。)
カセドラル・アルトのファルセット、つまりバスやバリトンが女々しいヘッド・レジスターを利用しようとすることは、この好ましくない発声方法を意図せずに利用している例としてよく知られている。

3. 鼻声歌唱(Nasal Singing)。― ahがahngやawngと聞こえるのは、軟口蓋、鼻腔、鼻孔が収縮によって起る。これは鼻声歌唱と呼ばれるもので、いわば「a」に「ng」の音を加えたものであり、フランス語での特定の音を自由自在に歌うのとは全く異なるものである。(22ページ参照。)

4. 色がない歌唱(Colorless Singing)― 最後に考えなければならないのは、動物の鳴き声のような愚かな音を出すタイプである。唇の角が引っ張られて後ろに下がったり、下唇や舌、顎が全体的に硬くなったりすることが原因である。イタリア語ではvoce bianca、フランス語ではvoix blencheと呼ばれ、英語では “colorless” or “white” voice(白い声)と訳されることもある。時には、頭の悪い人の発声に似ていて、歌手の顔は意味不明の笑みを浮かべている。(22ページ参照。)

上述した4つの喉の空間の歪みは、音色の美しさに対する誤解や、大きな声で歌うときの声の配置(placing)の誤解から生じるものである。このような4つの歪んだ方法をウイスパーの「アー」でだすことによって、生徒は喉の形の違いを見極めるだろう、また、これらの誤った方法で息を誤ってコントロールすることがどのように起きるかも理解することができる。【訳注;ウイスパーとは、音の強さや音程に関係なく、純粋に母音の形だけで音を出す行為である。それゆえ、母音の形が、音高や音の強さによって影響を受けることに気づくことができるので大変有効な方法である。】

師匠たちが「声は額で響くのが正しい」と考えたり、「声はすべて鼻の問題だ」と言ったりしたとは、筆者には信じられない。マンチーニは、これらの歪みのうちで最も好ましくないのは鼻声歌唱であり、さらにこれは芸術的ではないし、本当の意味で芸術的な効果をもたらすこともできないと云う。

学ぶべき大きな教訓は、正しく配置(placing)された筋肉を使って歌うことであり、上記のような誤った方法に助けを求めることではない。

要約。
―豊かな音で「アー」と歌うことができるとき、喉は大きく開かれ、その最大限の能力を増大するように感じる。これをベースに少しずつ、声の範囲内のすべての音をフルトーンで歌えるようにしていかねばならない。

母音の音質は、舌の後ろと上の空間の自由度と、舌自体の自由度に由来する。

この自由度を高めるために、昔の師匠たちは、生徒が「アー」を歌う前に舌を素早く動かすことを求めていので、舌の本体を自由に動かせるという理由から、子音のlがこの目的に最も適していると考えられた。この突然の舌の動きは、全くためらいがなく、音のアタックの基礎となり、「アー」の自由さと豊かさは、その大胆さと自発性にかかっていることが分かった。

 

2022/02/11 訳:山本隆則