INTERPRETATION IN SONG

PART III

THE MELISMA・・・ p. 172

THE FINISH OF A SONG・・・ p. 176

CONSISTENCY・・・ p. 182

【訳注:メリスマ(Melisma) 一つの音節に複数の音符を当てるグレゴリオ聖歌以来の声楽技法。ここでグリーンはこの語を、歌曲の終止部における即興的・装飾的な声楽パッセージの意で用いている。前節で論じた「カデンツァ」が純粋に音楽構造上のものであるのに対し、メリスマは語義や気分と結びついた描写的機能を担うと位置づけられている。】
メリスマ、すなわち準花飾り風(装飾的な)カデンツァとも呼ぶべきものは、これとは対照的に、直接的な描写性を持つ——目前の歌詞を描写するか、あるいはその歌の気分全体を描写するかのいずれかである。これは歌手に純粋に声楽的なパッセージを与え、そこではルバートと音色を、con discrezione(節度をもって)用いることによって、語法の制約に縛られることなく感情を表現することができる。おそらくその最も偉大な例はバッハの作品の中に見出される。

 

「そして彼は外に出て、激しく泣いた」《マタイ受難曲》

『マタイ受難曲』の一節、あるいは

「そして彼は外に出て、激しく泣いた」

《聖ヨハネ受難曲》の対応する箇所

『聖ヨハネ受難曲』の対応する箇所は、より美しく、より説得力があり、より感動的だ。一方、純粋な凄まじさという点では、後者の作品にあるあの有名な一節は、その文脈と相まって、今日のいかなる作品よりもリアリズムにおいて優れている。
《マタイ受難曲》の一節〔譜例:「彼は外に出て、激しく泣いた」〕と、〔譜例:「彼は外に出て、激しく泣いた、激しく泣いた」〕《ヨハネ受難曲》の対応する一節とを比べて、いずれがより美しく、より描写的で、より心を動かすかを言い定めることは難しい。一方、純粋な激烈さという点では、後者の作品中の有名な一節が、その文脈とともに取り上げたとき、今日のいかなる作品の写実主義をも凌駕する。

173/174


《聖ヨハネ受難曲》

173/174

この三つはいずれも声楽的にきわめて難しいが、自らの特権を十分に理解した歌手によって歌われるとき、聴衆を深く動かす。第二のものは第一のものよりもおそらく難しい。より長く、また律動的な伴奏を伴うため、必然的にad libitumの自由度が低くなるからである。しかしいずれも、感情的効果をもって扱われた純粋なフレージングにかかっている。これらは世界最大の物語における最も心打たれる人間的な場面の一つを描写しており、歌手はそこに臨むにあたって十分な準備を整えていなければならない。第三のものはその描写があまりにも鮮烈であるため、おのずから演奏の扱いを決定づける。律動的なアクセントは、むち打ちのように落ちなければならない——無感覚に、容赦なく、規則正しく、いかなる変化も加えることなく。ここにこそ、まさしく、リズムはすべての拍にアクセントを担う。この一節は、身体的な扱いにおいて、一拍の何分の一たりとも停滞することなく進まなければならない。それに加えて、下降するフレーズの自然かつ描写的なディミヌエンドと、上昇するフレーズのクレッシェンドとが、目に見えるかのように明確に表現されなければならない。これには相当の余力と操作の巧みさが必要とされる。また歌手は、他の二つの場合と同様に、この一節を暗譜しておくのが得策である。そうすることで、すべての能力を演奏そのものへの集中に向けて解放することができるからである。

シューベルトの《ungeduld》(「焦慮」)の各節末に現れる短いメリスマ——あまりにも短く、高度に発展したターンに過ぎないとも言えるほどの——は、単純に気分の描写である。

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その感情は、曲名が示すとおり「焦りもどかしい」ものであり、描写的な花飾り風の一節は、あふれる気力の表現に過ぎないものとして、ほとんどルバートを加えることなく一気に弾き飛ばされる。これに対してヒューバート・パリーの《恋人の花輪》では、メリスマは各節において同一でありながら、異なる感情を表現しており、現れるたびに異なる扱いを受ける。

「私も織っている」は織るという行為の観念を伝え、

「ヘリオドーラの額のために」

「ヘリオドーラの額のために」は花輪の完成とそれをヘリオドーラに捧げることへの勝利感を伝え、

「彼女の胸へ、ああ、幸いなるかな!」

* 出来ればブレスを取らずに

「彼女の胸へ、ああ、幸いなるかな!」は、花輪が彼女の額に置かれる様を思い描き、花びらが胸元へと落ちるのを想像の中に見る歌手のあこがれの溜め息を伝える。(これらの細部にわたる表情記号は作曲家の責任によるものではない。彼は解釈を歌手に委ねたのである。)

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同じく、同じ作曲家の愉快な《コックペンの領主》においても、メリスマは順に(1)貴婦人の家系の長さ、(2)領主のとてつもない尊大さ、(3)彼女の断りのお辞儀、を描写するために用いられている。歌手はそれゆえ、描写的な音色を発揮する素晴らしい機会を与えられている。同じ作曲家のソプラノ歌曲《乙女》も参照されたい。

リートあるいは歌曲におけるメリスマは、その扱いにおいて自由であるがゆえに、終わった瞬間に元のテンポへの厳格な回帰を要求する。

THE FINISH OF A SONG
歌の終わり方

歌は、その終わり方によって台無しにされることもあれば——必ずしも成功するとは言えないまでも——完成されることもある。歌が一つの全体として歌われてきたなら、そのすべての要点はあのクライマックスへと収斂していくように思われる。そしてここにこそ、歌手の感覚的な触れ方 (sense of touch)が真に発揮されなければならない。

先にも述べたように、様式(スタイル)の巧みな音楽家はそのカデンツァだけで見分けることができる。そしていつものように、そのカデンツァは敵に取り囲まれている(過剰なルバート、安易なポルタメント、感傷的な誇張など)。大多数の歌は、下降または上昇する動きの中で終わる。終止を強調する最も一般的な方法は、ポルタメントを伴うラレンタンドである。ポルタメントは、より一般的かつ適切に「スラー」と呼ばれるが、感傷主義と安易な効果とコントラルト(歌手)の親友である。それほどに危険であり、また誤った扱いをされたときに感情を堕落させる効果があるため、ポルタメントは二つ続けて用いることは断じて許されない。これは任意の問題でも趣味の問題でもない。歌唱の法則は、二つの連続したスラーを認めないのである。コントラルトは最初のスラーに腕を回しながら、もう一つに未練の目を向け、ためらい、巡査の姿を見て取り、一人涙ながらに通り過ぎる。

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もし最初のスラーとも別れた方がよいのではないかと示唆されたなら、彼女は自殺を選ぶであろう。本人はそう信じていないが、愛してやまない《カーロ・ミオ・ベン》の終わりは、スラーなしの方が無限に力強く、すっきりとしており、結局はより効果的なのである。
スラーが、クライマックスあるいは歌の終わりに近づく身体的な印象を伝えることは確かである。そして音楽の様式や歌詞の内在的な意味が、その外的な表現形式を要求するところでは、スラーは効果的であり正当でもある。しかしスラーは本来の領域を超えて、めまいがするほど高い地位へと祀り上げられてしまったため、分別も礼儀も失ってしまった。
スラーにはその本性に根ざした卑俗さがあり、自由にさせておけばいつでも顔を出す。下降するスラーと上昇するスラーのどちらがより危険かは言い難い——コントラルトにとってはおそらく下降するスラーであろう。霧笛のような効果を発揮する余地がより大きいからである。

耳は、清潔なフレージングへの通行料として、終止音への軽い触れ、あるいは予備的な発音を要求することで、上下いずれのスラーに対してもある程度の歯止めをかけてきた。しかし両者には、最終拍の一つ前と最終拍との間に生じる場合、重要でない音符・語・音節に膨らんだ価値を与えてしまうという欠点がある。

スラーは小さなフレージングの同盟者である。一日中切れ端を売り続けてきた商人にとって、粗悪な反物を一日の終わりに売り捌くことは大仕事である。これに対して、大きなフレージングをする者は余力を十分に蓄えており、全体の大きさそのものゆえに、望むならば小さく終わることすら許される。様式の巧みな音楽家が、《魔王》を「war todt」という語の間にスラーを入れて終わらせるだろうか。あるいはそれをクライマックスとして扱うことすらするだろうか。フランツの親密な小さな傑作《ライン川の、聖なる流れに》の最後の「genau」にスラーを施して、その簡素さを汚すようなことをするだろうか。

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古いアイルランドの歌《やさしき乙女》の最終行において、「till」から「I die」へとスラーを施すだろうか。あるいは最後の「Ich grolle nicht」を下降するスラーで処理する勇気があるだろうか。いずれの場合も、フレージングが大きければ、スラーを嘘つき呼ばわりすることになる。

一方、スラーが意味を深く表現する場合もある。たとえばシューベルトの《影法師》の末尾では、スラーが

「かつての時に」

をほとんど引きずり下ろすようにして、男が両手に顔を埋める様子を描き出し、現在の悲劇とかつての悲劇とを結びつける。あるいは《詩人の恋》の最終の言葉——「Schmerz hinein(悲しみの中へ)」——では、二つの語の間のクンスト・パウゼ(技法としての休止)の後に——それまでのすべてを総括するかのように——明確なスラーが、歌手のすべての愛と苦しみを取り上げ、大きな棺の中に横たえ、棺もろともすべてをライン川の深みへと沈めていく。

シューマンの《献呈》の最後の二音はその一例を提供するが、半スラーとでも呼ぶべき種類のものがある。「bess’res」の res から「ich」への半ポルタメントは、歌全体とその感情の放棄に花を添えるための準放棄【「準放棄(quasi-abandon)」 abandon(フランス語由来)は声楽・演奏表現において「自己を委ねる、感情に身を任せる」という意味で用いられる術語。】とでも言うべきものであり、そのようなものとして許容される。しかし十のスラーのうち九つは、まぎれもない感傷主義である。

「終わり」の効果を助ける正当な手段はいくつかある。上で触れたクンスト・パウゼすなわち「芸術的」休止、最終語の語頭子音または有気音h(場合に応じて)の強調、そして反クライマックス(「大きなフレージングをする者は小さく終わることすら許される」)の適切な使用などがそれである。

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最初の二つの好例は、シューマンの《Du bist wie eine Blume.君は花のように》の終わり方にある。

「かくも清らかで美しく気高い」

導音からトニカへのスラーは忌むべきものであり、また作曲家が前者に与えた音価からしても正当化できない。それは接続詞 und に不当な目立ちを与えるばかりでなく、「hold(気高い)」という語の威厳を、その取るに足らない前の語に括りつけることで損なうことになる——まことに不名誉な貴賤結婚【訳注:身分の低い側が高い側の地位・財産を継承しない形式の婚姻】というほかない。
それはまた、hold における有気音(h)の力をも損なう。この有気音は語の気高さにとって不可欠なものである。この歌を終わらせる正しい方法は、疑いなく、und の後にわずかなクンスト・パウゼ(持続としてはほとんど感知できないほどのものだが、明確なもの)を置き、続く有気音をわずかに強調することである——両語とも pp で、完全な簡素さをもって歌われる。

(導音はその性質上、一般に重要でない拍、および同様に重要でない語ないし音節に置かれており、スラーやいかなる種類の目立ちも与えられるべきではない。ただし、フォルテへと向かう上昇するクレッシェンドの場合はこの限りでない。その際は、膨らんだ音価がトニカへの解決の力の中に吸収されてしまうからである。)

反クライマックスは、適切な場所においては、最も効果的なクライマックスとなりうる。その効果は予期されないものであるがゆえに、自明なものが決して与えることのできない戦慄をもたらす。これについて覚えておくべきことは、そのような効果は真実でなければならないということだけである。無理やり引き込まれた反クライマックスは忌むべきものである。《魔王》の最後の言葉——「war todt」——はまさにこの好例である。

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たとえそうしたくとも、この言葉からクライマックスを作ることはできない。それ以前の疾風怒濤は、力動的にははるかに大きい。この言葉を身体的なクライマックスにしようとすれば、歌手は怒鳴らなければならなくなる。しかし父は怒鳴らなかった。彼は茫然自失していたのだ。彼は語りさえしなかった。彼はただ見た。語り手が少年の死を告げる声が静かであればあるほど、そのクライマックスはより劇的となる。

次に、《詩人の恋》の《夢の中で毎夜》の最後の言葉を取り上げよう。

「Ich wache auf, und der Strauß ist fort, und’s Wort hab’ ich ver-ges-sen
私は目覚める、そして花束は消えており、その言葉を私は忘れてしまった」。

ここでは、表面上は、目覚めの絶望があたかもこれらの言葉そのものに向けて爆発するかのように思われる。しかし爆発は「ich wache auf」において始まり、「Wort」という語において終わっている。そこでやや長いクンスト・パウゼが訪れる。その間、彼は両手に頭を埋め、黙って記憶をたぐり寄せようとする。そして、ごく静かに、「hab’ ich vergessen(私は忘れてしまった)」という平明な陳述が続く——それ以前のすべてよりも、はるかに深い絶望に満ちて。

このような多くの歌において、反クライマックスは簡素さの別名に過ぎない。事実の単純な陳述、問いへの素直な答え、静かな思いの表現——これらこそがその効果において最も力強い。ウォルフォード・デイヴィスの《子供たちが遊ぶとき》の最後の言葉、そしてハロルド・ダークの《上り坂》全体を通じた問いへの答えは、簡素さの内在的な力の範例である。


【訳注:(Walford Davies, 1869–1941) ウェールズ出身のイギリスの作曲家・オルガン奏者・音楽教育者。テンプル教会オルガン奏者、後にウェールズ音楽大学教授を歴任し、BBCラジオを通じた音楽普及活動でも知られた。1934年にエルガーの後を継いでマスター・オブ・ザ・キングズ・ミュージックに就任。
《子供たちが遊ぶとき》(”When Childher plays”) デイヴィスの歌曲。Childher はアイルランド英語方言で children に相当する。アイルランド的な素朴な語り口と、その最後の言葉の持つ静かな力がグリーンの関心を引いたと考えられる。
ハロルド・ダーク(Harold Darke, 1888–1976) イギリスの作曲家・オルガン奏者。ロンドンのセント・マイケルズ・コーンヒル教会オルガン奏者を長く務めた。クリスマス・キャロル《真冬に》の編曲で特に広く知られるが、歌曲も多く残している。
《上り坂》(”Uphill”) クリスティナ・ロセッティ(Christina Rossetti, 1830–1894)の同名詩(1858年)に基づくダークの歌曲。詩は旅人と案内者の問答形式で書かれており、「この道はずっと上り坂ですか」「ええ、終わりまで」というやりとりが死と来世への道行きを暗示する。問いと答えという詩の構造そのものが、グリーンの言う「問いへの素直な答え」の形式を体現している。


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しかし音楽文献における最大の反クライマックスは、おそらく《ヨハネ受難曲》の有名な短いレチタティーヴォであろう:

「成し遂げられた。そして彼は頭を垂れ、息を引き取られた。」

歌手がこの言葉に込めうるどのような劇性や哀愁が、これらの言葉にすでに内在していないというのか。これらの言葉はバッハが書いた最も心打たれるアリアの一つに直ちに続くばかりでなく、それ自体においてすべての物事の終わり——世界最大の悲劇の終わり——なのである。

181/182

いかなる人間的解釈も、これらの言葉の心打つ簡素さに一毫一画たりとも加えることはできない。「悲しみの人、蔑まれ、人々に拒まれた者」にとって、このような簡素さこそがふさわしいと感じられる。人はこれらの言葉を飾らずに置き、ただ語る——それ以上でもそれ以下でもなく。しかしながら、もしそのような自制が強いられたものに聞こえ、あるいは真実でないように聞こえるならば、語り手は人工性に少しでも近づくような危険を冒すよりも、自らの力の及ぶ限りの感情をこめて歌う方がはるかに良い。


【人工性(artificiality) はグリーンにとって最も忌むべき演奏上の性質である。感傷主義(sentimentality)と並んで、本書の批判的語彙の中核をなす語。】


 

大多数の歌の終わり方において支配的な要素はテンポである。もし歌手が雰囲気を十分に吸収し、歩みを保ち続け、休符においても心の中で歌い続けてきたならば、雰囲気・歩み・休符はすべて最後まで一貫していなければならない。さもなければ、彼は歌を一つの全体として扱ったことにはならない。

終止に近づくにつれて歩みが遅くなりやすいとはいえ、その歩みがだらけた足取りに堕してはならない。歌の終わりは、途中に挿入されたルバートと同様、基本リズムから遠ざかれば遠ざかるほど弱くなる。クライマックスとの整合性を保ちながら、歌手が最後までそのリズムにより近く留まるほど、終わりはより力強く、様式(スタイル)はより清潔となる。
歌の扱いが大きければ大きいほど、それを終わらせるために必要な騒ぎは少なくなる。「小さな」歌の最後のフレーズは、概してリリパット人の中のガリヴァーである。

CONSISTENCY
一貫性

この一貫性の問題は、大きく捉えた歌にとって最も重要なものである。ある語や一文を描写するために、歌を一時的にその水準から引き下げたいという誘惑は圧倒的なものがある。しかし語に対する利得は、音楽に対する損失への貧しい償いに過ぎない。そして音楽こそが肝心【「The play’s the thing(芝居こそが肝心)」を踏まえた表現。】なのである。

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例は数えきれないほど挙げられるが、一つで十分である:

「願わくば、ついには悲しみなく この世よりわれらを取り去り 安らかな死によりて。そしてあなたがわれらを取り去りたまいし後、天へとわれらを来たらせたまえ、あなたはわれらの主、われらの神よ!」

これはシュルツ(1790年)の有名な《夕べの歌》最終節の冒頭である。前の二節は、晩課の賛美歌のように、ピアノで敬虔に歌われてきた。最終節では——賛美歌が歌曲として扱われる部分で——歌手は冒頭から終わりまでの着実なクレッシェンドによって、感情的に盛り上げていく。もし「einen sanften Tod(安らかな死)」という言葉への適切な強弱と音色の扱いを求める声に応えて、その水準から降りてそれらを描写しようとするならば、クレッシェンドはもはや存在しなくなり、一貫性は失われ、歌はつぎはぎだらけのものと化す。
このような過度に几帳面な描写は、その双子の姉妹である過剰な精緻化と同様、解釈にとって致命的であり、その誘惑的な魅力が顔を見せるところではどこでも、聖セナヌス【アイルランドの聖人(生没年不詳、6世紀頃)。スカッタリー島(Scattery Island)に修道院を建て、女性を一切島に近づけなかったという伝説で知られる。】の英雄的精神をもって退けられなければならない。

(ヒューバート・パリーの《恋人たちが再び出会うとき》を参照されたい。この曲では「Peace rocks the world in calm(平和が静けさの中で世界を揺り動かす)」という言葉にクレッシェンドが記されている。)

2026/05/24 訳:山本隆則