芸大のオペラ科での我が恩師、ニコラ・ルッチ先生は生徒達に対して、「アッポージャ!」と「シャベッテ!」を言い続けました。特に、アッポッジャ-レは、日本人のオペラ歌手に最も不足しているテクニックであると嘆いておられたのを覚えています。
[Stark, Bel Canto ]
教育的観点から、呼吸法と呼吸管理に関する複雑さは、歌の生徒を助けると言うよりもむしろまごつかせる。これの解決策として、昔の教師は、複雑な機能を、たやすく理解させ、シンプルなイメージを持つように比喩的な言葉に代えました。そこから生み出された、ブレスコントロールを考えるときに助けとなる言葉が、appoggio である。[p.92]イタリア語の appoggiare と言う動詞は、 lean on, 「もたれる、たよる、圧力をかける、」等の意味があります。
Stark は、歌唱に於いて、この言葉は2つの適用方があると言います。第1は、歌唱中の呼気筋と吸気筋の拮抗作用を指します。これは歌手達によってしばしば、横隔膜を「下に押さえつける」感じと言われるものです。第2は、息を上に押し上げる圧力に対する、声門抵抗と、喉頭の意図的な引き下げによって、息を「押しとどめる;hold back」、或は、「せき止める;damming」喉頭の役割を指す。[p.93]発声教育学の出版物において、appoggio の概念を定着させるために最も功績があったのは、おそらくフランチェスコ・ランペルティ―でしょう。Jekyll はその用語を『声を固定すること(fixing the voice)』と翻訳しました(vii, 2, 8)そして、ランペルティ―はそれを次のように明確にしました:『アポジャータで歌うことは、低音から高音までのすべての音符が空気の柱によって作られ、そして、歌手はその上で息を控えることによって完全な抑制力を持ち、音の形成のためにどうしても必要な肺から漏れる息以上の息を通過させない』(F.Lamperti 1916, 22)。これは特別な形の声の出だし(on-set)によって達成されます、そのオンセットの中で『音は、まるで息を吸い続けているような感じで、声門のバックストロークで始められる。』彼は歌手に忠告した、『ポルタメントを実行している間の息の持続に注意しなさい。』それによって歌唱の最中での吸気筋の緊張の持続を暗示しています。同じブレス・コントロールはレガート唱法にも応用されました(F.Lamperti 1884, 13, 21; 1916, 17)。ランペルティ―は呼吸保持についてさらに詳しく述べ、以下のように言いました:『ここで、私は生徒に警告します、音を出し始めるとき、声が息にもたれるように、または、より分かりやすく言うと、空気の柱によって支えられるように、彼が(フルブレスの後)さらにより多くの息を取り入れようと想像することによって息を維持するようにと』(F. Lamperti 1884, 13, 21)。G. B. Lampertiはそれを次のように表現しました:『人はうまく歌っているとき、飲んでいるような感覚を持つ』(W.E. Brown 1957, 129)『drinking the tone (音を飲む)』というメタファーが残っていて今でも使われています。F. ランペルティ―はまた、彼の『声を固定する』説明の中で、『音は、歌手に頭の後ろの部分で反響されるようでなければならない;彼はそれらをそこで感じなければならない、音が上がるにつれて上昇し、下がると下降する』(F. Lamperti 1884, 14)と言ったとき、共鳴イメージを使用しています。要するに、ランペルティ―は、appoggioが良い歌唱の多くの属性を持つことを信じていました。彼は結論として次のように述べています:『生徒は、注意深い監督のもとで、良くアポジャータされた声で歌うことによって彼自身の声の本当の個性と能力を学ぶ;彼は、歌うべき音楽、彼の歌をエレガントにイントネーションの欠陥を治す方法を知るだろう。この中に、私の考えの中に、歌唱芸術の偉大な秘密がある』(F.Lamperti 1916, 14)。[Stark, 101]
我々の時代に近づいても、アポッジオの原理は発声教育上に於いて重要な役目を演じています。1954年の論文「Voice-Training」で、フランクリン・ケルシーは、アポッジオの重要性を繰り返し、「息の上にもたれかかる/leaning upon the breath」と述べた。彼は、声がその下にある空気の柱によりかかれるように感じられる唯一の場所がある。」と書いた。 「その場所とは、息が『息』であることをやめ、『声』になる気管のてっぺんである。」(Kelsey, 1954,p.48)
現代の声の科学は、有声のブレスコントロールの問題を、声門下圧、空気流の割合、開いた音質と閉じた音質のパーセンテイジ、喉頭の高さ、声質、レジストレーション要素、神経生理学的コントロール・システム等々の明確な測定による客観化において、いくらかの進歩を果たしてきました。このような測定は、歌手たちが訓練によるものと、多様な種類の音楽の物理的、音楽的要求双方の様々な方法におけるこれらのパラメーターを変えることが可能であることを論証してきました。しかし、appoggioの教育学的概念は、そのように多くのパラメーターや変化を含んでいるので、基本的な研究方法や客観的記述には適していません。それゆえ、appoggioという用語は、全体論的やり方で判断する歌手たちや発声教師たちの主観的洞察力により適したものとなるのです。[Stark, 119]
[William Shakespeare, The Art of Singing , THE VOICE ON THE BREATH ]
Crescentini 「歌の技巧とは、息の上の声のことだ」/The art of singing is the voice above the breath.” の言葉に、発声器官の緩みは、音が息の上で休んでいる感覚を生じさせるようでなければならない。(24)
優れた歌手は、たとえ力強く押したとしても、 息はまだ身体の中に残っているように見える。これは、息が調整されている証であることを忘れないための印である。それとは反対に、良くない音声では、息が外に向かって流失するために、喉を固くし続けることでしか防ぐことは出来ない。(26)Franziska Martienssen-Lohmann は1956年に記しています、appoggioは歌唱に於けるトータルシステム(Ganzheit:全きこと)であり、apoggioの中に、息に対する声門抵抗、呼吸筋間のバランス、そして声の共鳴が含まれているという考えを強調しました。歌唱の全体性に関する概念は、appoggio なしでは考えられない、そう:両者は同義語と言えるでしょう(Martiessen-Lohmann 1993, 31-2)
Giovanni Sbrigliaのappoggioに対応する用語は、point d’appui「胸の焦点」であった。
それらの下に、円錐形の筋肉、横隔膜がある、それは胴体を半分に分割して、肺に息を出し入れするポンピングを助ける。それは、肋骨と背骨に固定される…[あなたが歌うとき]空気は胴体から、小さな気管支チューブ(それは胸の焦点となる大きい気管支チューブになる)を通ってゆっくり押し出される、[胸の焦点は、3つの言語で言われた]the point d’appui(支柱)-支えの場所、すべてが休む場所… これは、呼吸コントロールまたは声の筋肉のコントロールが終わるところである。それはまた、大きい気管支チューブにある声帯にかかる息の量をコントロールする、それに加えて、下から正しく支えられるならば、発声器官からすべての緊張を取り除く。このポイントより上部で、筋肉の労力または緊張があってはならない。[Berton Coffin, Historical Vocal Pedagogy Classics. p. 99]